わぁ〜涼しい、思わず声が出る。ゴンドラを降りて、リフトに乗った私たち3人は顔を見合わせて笑顔になる。多忙な日々をやりくりして神奈川から友人がやってきた。最近になって山歩きと花に目覚めたという友人と一緒に幾つか山歩きをしたが、気が合う友と歩くのはいつも楽しい。
彼女が長野に来ると決まってから、さてどこへ行こうかと楽しい思案が始まった。神奈川では見ることが難しい花が咲いているところ、なかなか行けない標高の高いところ、そしてこの夏の暑さを凌げるところ・・・あれこれ考えて、今年は八方尾根を目指した。幸いお天気がよさそうだ。
ゴンドラリフト「アダム」、アルペンクワッドリフト、そしてグラードクワッドリフトを乗り継いで、一気に標高を上げる。夏草が足の下でそよいでいる。草丈が高いものが足にぶつかってくる。私たちは思わず賑やかな声をあげてあれこれと花を指さしている。
リフトを降りて、いよいよ山道を歩く。八方尾根は整備されていて、登山と言うにはおこがましい緩やかな尾根道だが、だんだん足の力が弱くなってきた私たちと、まだ山慣れしていない友人との3人にはちょうど良いコースかも知れない。「晴れ」予報を頼りにやってきたが、周囲には厚い霧が立ち込めている。だが風があり、時々見事なブルーの空が現れるので、期待を胸に歩き始める。足元にはハッポウタカネセンブリの綺麗なブルー、ミヤマダイモンジソウの白い星形、ミヤマコゴメグサの絶妙な彩り・・・私たちは大喜びしながら指さして歩いた。
コースは二手に分かれるが、私たちは岩場の稜線コースを登る。まずは八方池まで行き、ゆっくり木道コースを花見しながら帰ろうという計画。蛇紋岩の岩場は濡れると滑りやすいが、今日はガスが深くても岩は乾いている。ゴロゴロした岩を乗り越えながらどんどん登る。風に揺れるハクサンシャジンがどこまでも続いていて目を楽しませてくれる。ひと登りしたところで、目指す稜線と、その奥に不帰の嶮(かえらずのけん)の切れ落ちた絶壁が現れた。頂上付近に雲をまとっているので、険しいスカイラインはところどころしか見えないけれど、息を呑むには十分だ。谷から湧く雲は絶え間なく動いていて、断崖は見えては隠れ、隠れては現れる。
一喜一憂しながらケルンを越えて進み、ようやく下に八方池が見下ろせる稜線に到着した。幸い、雲はちょっと遠慮している。今のうちに池に行こう。
木道の階段をどんどん降りてついに八方池のほとりに立つ。さざなみが広がっているから湖面は鏡になっていない。けれど、水の戯れの向こうに険しい崖が見えているから嬉しい。途中薄墨色の霧に包まれて何も見えなくなったことを思えば、この景観はすごいと思ってしまう。
一回登って、池の対岸に回り込んでいく。ほとりには飯森神社奥社の祠が立っている。時々風が凪ぐので、池のほとりを辿って向こう側に回ってみる。逆さ不帰の嶮が見られるかも知れないと期待して。だが止んではまたやってくる風に遊ばれるように湖面のさざなみは消えなかった。
煎餅を食べながらしばらく眺めていたが、上空の雲が濃い色を帯びてきたから、帰ろうか。山の午後はいつ降り出すかわからない。
白いがれ場を登って第3ケルン2080mに挨拶。この辺りにも人が多い。ここから八方池を見下ろす。今度はいつ来ることができるか分からない、しばしお別れだ。下りは足を取られないように注意しながらゆっくり歩く。途中から木道コースに入る。こちら側には大きく聳える五竜岳、鹿島槍ヶ岳が見えるはずなのだが、あいにく今日は一日雲に覆われている。五竜遠見尾根の下の方から少しずつ霧が晴れてきたが、山頂部は見えない。
私たちは足元のさまざまな花を見ては歓声をあげ、撮影をし、ゆっくりのんびり降っていく。木道は湿原と沢に沿っているので、花が豊かだ。
「あ、ここにも」「これは何」「さっき見たね」などと顔を見合わせながら、見つけた花を指差す。はっきり名前が分かるものの方が少ないくらいだけれど、帰ってから撮った写真を図鑑と見比べるのも楽しい時間だ。
そして八方尾根には時々コース脇に花の名札が立っているので、うろ覚えの花の名前を確かめることもできる。
花を調べていると細かい分類に突き当たり、素人にはなかなか分からないものも多くなる。オトギリソウの仲間も見分けがつかない花、今回は「シナノオトギリ」の名札を見つけたので、目をくっつけるようにして見たが、それでもはっきり分からない。図鑑による「葉の縁の黒点」というのが、なかなか難しい。比べて、葉柄がある里山のウツボグサとほとんど葉柄が無いタテヤマウツボグサは、違いがはっきりしていて分かりやすい。友と顔を見合わせ、首を捻りながら今日の山を楽しむ。
たくさんの花に会い、涼しい山の空気を堪能して、私たちは下界へ向かった。
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