白馬大雪渓の登山ルートが通行止めになった。過去に数回しかないこと。この夏の異常な暑さでさしもの雪も溶けたらしい。昔、大雪渓ルートから白馬岳に登った時(※1)は霧が濃く、展望があまり良くなかった。今度は白馬大池からのコースを登りたいと思っていたが、当時は父を残して泊まりの山の計画をするのが難しかった。長野に引っ越した年の秋、下見と称して白馬乗鞍岳まで日帰りで行ってきた。
栂池までロープウェイとゴンドラリフトを利用しての登山だから、かなり楽ちんコースだ。スキーでも乗ったゴンドラリフト『ノア』に乗車、一気に高く登るより山の奥へ横に移動するような感じがするゴンドラだ。さらにロープウェイに乗り換えて栂池自然園の入り口まで行く。ビジターセンターから右に入っていくと登山道になる。家を7時前に出てきて、歩き始めたのは9時だった。
白馬乗鞍岳は長野から向かって行くと白馬連峰が右にだんだん高度を落として行く、その最後の出っ張りになる。山頂は広大で遠くからでもそのピークがわかりにくい姿だが、懐に有名な栂池自然園を抱え、中腹には天狗原の広がりを抱え、豊かな山岳風景を楽しめる。
この夏(2023年)息子たち家族と岩岳に登った。道々眺める白馬連山の大展望を楽しみながら近づく。雄大な白馬の山々と南に連なる五竜岳や鹿島槍ヶ岳を車の窓から見て、孫は「あれは北アルプス?」と、どんどん近づく岩の壁に大喜びだった。綺麗に晴れた時のアルプスはまさに絶景だ。山頂に着いたときは山頂部が雲に覆われて中腹しか見えなくなっていたが、目の前に迫る山肌に歓喜の声。
岩岳の山頂は、マウンテンリゾートという名の観光地になっていて、以前私たちが登った時(※2)よりも様々な施設が増え、家族連れがたくさん訪れる場所になっていた。孫はマウンテンバイクを楽しむことができたので大喜びだったが、私はクロベの巨木たちはどんな気持ちかなぁなどと、要らぬことを考えていた。
さて、森の中を登っていく。幸い好天なので、山々が近い。白馬三山はすぐそこ。途中の展望の良いところで朝ごはんを食べる。少し色づき始めた木々の向こうに三千メートルの山を背負い、何とも豪華なダイニングだ。食べているのはおにぎりだけだけれど。
さらにゆっくり登って、天狗原に着いたのは10時40分、少し休憩だ。お花畑の中の気持ち良い空間。木道を歩いて行くと、散らばる池塘の草紅葉が陽をうけてキラキラ光っている。
天狗原は高層湿原で、周りに見える木はアオモリトドマツが多いそうだが、樹高は低い。雪のせいか、地形のせいか、矮小化しているのだという。山の斜面が見通せるのはそのせいか、開かれた空間が気持ち良い。
天狗原を過ぎると岩の道を登る。急な斜面にはまだ雪が残っている。もう少しで新しい雪が降るだろう。溶けずに残っているのは万年雪と呼ぶのか。私たちは雪渓の脇のお花畑に腰を下ろして、しばしの涼風を楽しんだ。
山の秋は早い、花は結実期に入ったものが多く、コバイケイソウやマルバダケブキなどの大型の花も茶色く実をつけている。それでもハクサンフウロのピンク、オオハナウドの白、ミヤマダイコンソウの黄色と、まだ彩りを感じさせてくれる花もある。ミヤマリンドウは小さいけれど鮮やかなブルーに、オヤマリンドウは淡い青紫に、それぞれの場所で咲いている。
今年(2023年)は猛暑で、大雪渓のコースが通行できなくなったというから、斜面に少し残っている白馬乗鞍岳の雪渓は溶けてしまっているかもしれない。
余談になるが、あれから10年の歳月が経つ。『温暖化』などと言われて久しい私たちの生活そのものが地球に及ぼしていることを見せられている気がする。自分の生活スタイルの見直しが必然と思えてくる。
さて、登るにつれ、岩が大きくなっていくようだ。大きな岩の積み重なりの道をゆっくり登っていく。私たちよりさらに年輩の夫婦が歩いている。時々休んではまた一足一足進む。一人が遅れると、先方が腰を下ろしてゆっくり待ち、「今日は大池の小屋まで着ければ良いのでなんとか頑張れるでしょう」と、にっこり。幾つになっても自分たちの力に応じた山の楽しみを見つける姿がほのぼのと気持ちよかった。
彼らに挨拶して、私たちは先へ進む。小屋泊まりではなく、今日のうちに帰る予定だから・・・という理由と、まだ彼らよりはいくらか体力があるから、かな。
大きな岩だらけの道をガツガツと登っていくと広い白馬乗鞍岳の山頂に飛び出す、12時20分。広くてどこがピークかわからないくらいだ。遠くにケルンが見えて、その奥に小蓮華山、そしてさらにその向こうに白馬の山々が見えている。
この広い山頂に雪が積もり、曇って遠望が効かないとなれば方向がわからなくなりそうだ。大きなケルンは、そういう時の道標の役を果たしているのだろう。
広い山頂をあっちへこっちへ歩いてみる。北から東へ、そして南から西へ。体の向きを変えながら展望を楽しむ。 山頂からは白馬大池が見えない。少し先へ進むと、下に白馬大池が広がっている。ここがいい、大池を見下ろしながらゆっくりお昼を食べよう。
大池のほとりには赤い屋根の山小屋が見えている。いつかあの小屋に泊まって白馬岳に登りたいなぁと話しながらおにぎりを頬張る。
嬉しいことに空は真っ青な秋晴れ、ずっとここにいたいくらいだ。だが、ロープウェイを利用した楽ちん登山には、最終便までに降りなければならないという約束がある。
名残惜しいが、重い腰を上げてそろそろ行こうか。
岩ゴロの斜面を下って、天狗原まで降りてきた時は午後2時。湿原の彩りを眺めながらことさらゆっくり天狗原を歩く。そして一気に栂池の登山口まで降りる。降りは思ったより早く、3時少し過ぎには栂池のビジターセンターに着いた。
ちょっと疲れた体にご褒美と、ソフトクリームを食べてからロープウェイに乗った。帰り道で日々の買い物を済ませ、家に着いたのは6時ちょっと過ぎ。思ったより早く着いて、夕食のテーブルには山の話に花が咲いた。