白馬と言えば後立山連峰の雄大な山なみを思い出すのは私。栂池、八方、五竜・・・といったスキー場をイメージするのは夫。確かにスキー場の方が一般的かもしれない。白馬岩岳は栂池高原と八方尾根の間にあるスキー場として知られている。
この白馬岩岳のゴンドラリフトが夏も営業していると知ったのは最近だった。山麓や山頂周辺に色鮮やかな百合園が広がっていて、夏の観光スポットになっているらしい。
私たちが岩茸山(白馬岩岳スキー場のある山の名前は岩茸山!)に行ってみようと思ったのは、百合もさることながら、山頂に広がるブナの森と、ネズコの森を歩いてみたかったから。
森の中を歩くことが好きな私は、白馬岩岳のパンフレットに『ねずこの森自然探勝路』というところがあると知り、行ってみたいと思ったのだが、実はネズコがどんな木か知らなかった。漠然と針葉樹の仲間だなぁというほどのイメージだったから、行ってみて驚いた。これは一見の価値がある。
ネズコは別名クロベとも言い、ヒノキ科の日本特産の樹木。成長が非常に遅く、材として使われるのは樹齢200年以上のものと言うから、長寿の樹木だ。ブナやミズナラと混交するそうで、歩いた森はまさしく混交林だった。
夏の百合のシーズンに合わせてゴンドラリフトが動く。私たちは広い駐車場に車を停めて、ゴンドラリフトのチケットを買った。山麓の百合園は満開。色とりどりの大輪の百合を眼下に眺めてゴンドラは一気に登っていく。8分で山頂駅に到着。山頂にも百合園が広がっているが、こちらの花はまだチラホラとしか開いていない。人で溢れていないのが嬉しい。
まずはブナ林を歩きながら、岩茸山頂の三角点にあいさつ。ブナの森の心地よさは言葉にするのが難しい。周りの空気が違って感じられる。ただそこにいるだけで、幸せになる。
ゆっくり歩いて、北アルプス展望台と紹介してあるところに立つ。
残念ながら上空の薄雲がフワフワと揺れながらスカイラインに遊んでいる。かろうじて中腹は見えている。猿倉から白馬尻、その上に白馬大雪渓の下の方が見える。雄大な景色を楽しみにきたので、残念。雲はゆっくり動いているので、時々スカイラインが顔を出すが、なかなか晴れない。
私たちは先に進み、『ねずこの森自然探勝路』に向かった。展望台から見えた森は、広葉樹の葉の間に針葉樹の梢が重なっていたので、あれがネズコの木だろうと思ったが、もっと純林なのかと想像していたので、「違うかな」とも思っていた。混交するという知識は森の半ばの看板で知った。
森の中はブナやミズナラ、ホオノキなどが大きく茂っていて、とても気持ちが良い。足元には純白のツルアリドオシが光をばらまいたように咲き競っている。そして間には点々と赤い実もついていて賑やかだ。
「ネズコの森と言うけれど、ブナが多いね。ネズコはどの木かな」と話しながら歩く。私たちも知っているブナやミズナラ、コシアブラなどには名札がつけてあるが、『ネズコ』の名札はまだ無い。
道は緩やかに下っていく。ツルアリドオシが道の両側を案内するように続いているが、チゴユリやマイズルソウ、ユキザサなどは花が終わって実をつけている。雪も多いのだろう、ギンリョウソウが塊になって落ち葉を持ち上げている。でも、ギンリョウソウはもうおしまいらしく、黒ずんで倒れかかっているものも多い。
足元の花ばかり見て歩いていたら、目の前に空間があり、目を上げたら太い木がそびえていた。これが『ねずこ』!幹から何本もの根を下ろしたような不思議な形、思わず見上げて息をついた。
そこから間もなく、四阿に着く。四阿の脇に『ねずこの兄弟』という矢印があったので、脇に入ってみた。そこには確かに、3兄弟。すごいねぇと、3兄弟にあいさつして回る。一つの株らしきところから、何本もの幹を垂直に空に向かって立ち上げ、また何本もの太い根を大地に降ろしている。南国に育つと言うマングローブの根を思い描いた。写真で見ただけなのではあるが・・・。
3兄弟と別れて、さらに下ると探勝コースの折り返し点に着く。ここからの帰り道には『ねずこの巨木』というのがあるらしい。「もうすでに、何本もの巨木にびっくりしてきたのだけど、まだあるんだね」。
冬の降雪の多さを思わせる、地面を這うような変形した木々が多い。途中で水平になってから再び空を目指す『ウマブナ』などという木もある。私たちは木々を眺めながら、森の中をゆっくり登っていく。ササも多くなってきて、花が咲いている。ササの花はとても珍しく、40年〜60年に1回咲くのだそうだが、山の中でよく見る気がする。ササは一面に広がっていることが多く、順番に咲いているのかなぁ。
ブナの葉の間を通る風を心地よく受け、緩やかな上り坂を歩く。足元のシャクジョウソウやギンリョウソウを見つけながら行くので、つい目線が下になる。先に行く夫が、「あ」と何か息をのんだ様子に目をあげると、そこに『物の怪』がいた。ブナやホウノキの白っぽく霞んだ色のベールの向こうに巨大な赤茶色の壁!
正直に言うと、私は一瞬震えた。息をのんでもう一度よく見ると、『物の怪』は巨大な木の幹。これが『ねずこの巨木』。本当に大きい。
夫は一回りして、「木というよりオブジェだね」などと感心している。私たちはただただ圧倒されて、しばらく隣に立っていた。
帰り道では初めて見るジガバチソウに出会い、私はまたもや興奮して写真を撮る。花は終盤に入って萎れかかっていたが、図鑑で見ていた花が手に触れるようにそこに咲いているのを見つけるのはとても嬉しい。
森には見たことのない花ばかりでなく、芸術作品のような虫や実にも会い、満足の森歩きだった。
ゴンドラ山頂駅のレストランでユリネの天ぷらと蕎麦を食べたあと、山麓の百合園を散策した。ゲレンデいっぱいに広がる百合は、森の中の散策路にも咲いていて明るい。百合の香りの中を一回りして帰路に着いた。