西から梅雨が近づいてくる。梅雨の季節には山の花が美しいと思うが、雨の中を歩くのはあまり気持ちよくない。やはり晴れ間を見つけて出かけることになる。週末に用事があって、翌週は雨マークの天気予報だったので金曜日に出かけたい。けれど、金曜日も朝の予定があるため、山歩きは難しそうだ。笹ヶ峰の高原歩きはどうだろう・・・ということで、朝の予定を済まし、9時半頃出発した。
飯綱高原の東から国道18号線に入り、そのまま妙高まで北上する。18号線から左に折れ、杉の原スキー場方面に登って行く。さらに笹ヶ峰方面に進むと大型の工事車両が走っている。しばらく後ろについて走っていたが、「ちょっと飽きた」と言って、ちょうど目についた駐車場に停めた。
森の中の小さな駐車場。入り口には杉野沢おおほり湿原と書いてあるが、聞いたことがない。「どうする?行ってみる?」「そりゃ、湿原と聞いたら行くしかないでしょう」と、わけの分からない会話をしながら靴を履き替え、森の奥に進んだ。ちょうど霧が濃くなってきて、深山の雰囲気だ。チゴユリの咲く森の中を進むと大きな沢に突き当たり、沢沿いに緩やかに登って行く。沢にはタニウツギがかぶさるように赤く咲いている。反対の崖にはイワカガミの葉がびっしりついている。残念ながら花は終わり、枯れた花穂が沢山立っている。
流れの音を聞きながらしばらく歩くと目の前が開けた。一面の草の海。乾き始めた湿原だ。端の方には流れが残っているのか、ミズバショウやリュウキンカが名残の花をつけている。クリンソウの赤が華やかだ。
手前の流れに添うように木道があるが、傾いていて滑る。おっかなびっくり奥へ進んでみる。ツンツン芽吹いているのはヨシだろうか、湿原はこうやって乾いていくのだなと思わせられる。そんな草の足元に白い花がポツポツ見える。輝くような白い花穂だ。紫の細い線を飾りにつけて緑の中に隠れるように咲いている。ノビネチドリがちょうど花の季節を迎えていた。
前日の雨とこの濃霧で、草はたっぷり露を抱いている。私たちはスパッツを履いてこなかったので、ズボンの裾がかなり濡れてきた。木道も途中で草の中に消えているので戻ることにしたが、木道の傾いた板のところで夫がツルッと滑った。隣にいた私があわてて腕を引っぱって、尻餅をつかなくて済んだが、叢についた手は泥だらけになってしまった。
急いで車に戻り靴を履き替えたが、周辺の霧はどんどん濃くなっていた。5m先も見えないくらいだ。予定通り笹ヶ峰に向かって走り始めたがドキドキ道中になってしまった。
車のライトを点けて、霧の中をゆっくり登る。登り詰めて平坦になる頃に道路工事現場が現れた。工事車両はここまで来ていたのか・・・。そしてこの辺りまで来るとようやく霧が晴れて来た。幕を開けるように霧が薄れていく。左に牧場の牛が沢山見えてくる。大きなトチノキが満開に花を持ち上げているのがレースのような薄霧の向こうにみごとだ。
牧場の脇を進むと一気に青空が広がった。霧が晴れてどこまでも気持ちよい緑、青の空間。
左に折れて夢見平に行くか、まっすぐ進んで火打山の登山道に行くか・・・少し迷って、まっすぐ行ってみることにした。どちらも昔歩いた道だ。妙高、火打に登ったのは夏。夢見平を歩いたのは5月でまだ雪が沢山残っていた。ほとんど雪の上を歩いたっけ。雪解けのわずかな流れの中にミズバショウが小さく芽吹き、入り口の雪解けが進んでいるところにはキクザキイチゲやカタクリがみごとに咲いていたのが今でもくっきりと思い出せる。
今日は久しぶりに登山道を歩いてみよう。朝が遅かったし、途中寄り道もしたし、もうすぐお昼だ。我が家特製のミョウガ味噌漬け入りおにぎりを持ってきたので、行ける所まで行って、気持ちよいところでおにぎりを食べてこようという、のんびり計画。
登山道に入るとすぐシラネアオイがあった。もう花を散らし始めている。ごめんなさいと言うかのように花びらを垂れて、足元には数枚ピンクの花びらを散らしている。ちょっと遅かったかな。でもまだ咲いているものも見つけて、私は大喜び。
写真を撮ろうとしたら、夫が「カメラを忘れた!」と言う。車の中に置いてきたらしいが、私のカメラがあるからいいねと先へ進む。
道はきれいに木道が整備され、滑り止めもきっちり取り付けてあるので歩きやすい。「こんなだったっけ?」「いやぁ、木道はこんなにきれいになっていなかったと思うよ」と、話しながら行くが、二人とも道の様子までしっかり覚えている訳ではないのだ。
数種類のスミレが道の脇をどこまでも飾っているのが嬉しい。そして、ツバメオモトの純白の花を見つけた。ずいぶん久しぶりに会う、大好きな花だ。
ブナの巨木を見上げたり、花の写真を撮ったりしながら歩き、黒沢の出会いに到着。ここを下ると黒沢川、黒沢橋を渡って対岸の登りに取り付くと、あとは十二曲がりを登っていく登山道だ。黒沢川にはまだ雪がたくさん残っているので、今日はここまでにしようと話す。頭上にムラサキヤシオが咲く崖の上でおにぎりを食べることにした。
国土地理院の地図で見ると、標高は1670mを越えたあたりだろうか。黒沢橋に降りる崖の上にはオオイワカガミが濃いピンクの花を沢山つけている。残雪と花を眺めながら、道端に座っておにぎりをぱくつく。お天気もよい、至福の時だ。
またいつか火打山に登りたいけれど、今日はそろそろ引き返そう。終始歩きやすい木道に助けられて足取りも軽い。
ところが、車に戻ってみたらカメラが無い!
どこまで持っていたかという、夫の記憶もあやふや・・・。おおほり湿原で、「ズボンが濡れたから帰ろう」と言った辺りまでは持っていた、駐車場で落としたのだろうか・・・。いずれにしてもここには無いのだから、戻ってみよう。
おおほり湿原の駐車場まで戻り、キョロキョロしながらふたたび湿原まで歩く。無い!ない!湿原の中もゆっくり歩くが見つからない。諦めて帰ろうか・・・。
朝転びそうになった木道の板のところで「滑りやすいから気をつけて」と言う間もなく、スッテンと尻餅をついた夫が、「あった・・・」と、カメラをぶら下げて立ち上がった。カメラは草の中に隠れていた。転んで目線が変わったから見つけられたみたい。奇跡のように戻ってきたカメラを持って、帰路に着く。
スキーに来ると必ずと言っていいほど立ち寄った池の平のランドマークに寄って帰ることにした。高速を降りてすぐの池の平スキー場は、私たちの大好きなスキー場、一体何度通ったことだろう。懐かしい思い出は美味しいお土産と共にあり・・・かな。