我が家の玄関から歩き始め(往生寺ルート)、日帰りで楽しんでくることができる数少ない山の一つ、葛(かつら)山、しばらく登っていない。
秋晴れの一日、気になっていた裏側からのルートで登ってみようかと、車で出かけた。夫が調べたところによると、芋井地区からの登山道を整備して、植樹なども行ったそうだ。
国道406号線を頼朝山トンネルの前で左折、長野戸隠道路に入り、静松寺の前を通り過ぎて芋井地区に向かう。鑪(たたら)という珍しい地区名を見て、芋井郵便局方面に入っていくと、駐車場はあった。日曜日で、善光寺周辺は渋滞が始まっていたけれど、この広い駐車場には我が家の車だけ。
葛山にはいくつかの登山ルートがある。家の玄関から歩き始めるルートは、往生寺から観音山を越え、荒れた山道をたどり、崩れてしまったような笹の急斜面をトラバースしてようやく葛山の中腹の小広い道に出て、そこから稜線を辿る(からまつ歩道)コース(※1)。
車を使わずに済むこのコースが一番お気に入りなのだが、道はかなり荒れている。この荒れていた道が、2019年10月の大型台風の豪雨でどうなったか・・・確かめるまでもなくさらに崩れただろうと思うとつい足が向かなくなってしまっていた。一度は確認しに登ってみたいのだが、さて季節はいつが良いだろう。春には小さな花が道を彩ってくれるのだが。
一般的には南斜面の中腹にある静松寺から真っ直ぐ登っていくコースが知られているようだ。頼朝山との分岐から登る道(かつら歩道)と、墓地の上を通って頼朝コースと合流する道があり、どちらも歩きやすい道だ。私たちは12月後半に歩いたので、ほとんど枯れ木の森になっていた。寺の後ろの斜面に広がる針葉樹の森一面に大きなシダが茂っていて、そこだけ緑の世界が広がっているのが印象的だった。
葛山に初めて登ったのも秋。戸隠へ向かうバードラインの途中に車をおき、農家の間をテクテク歩いて登山道に入った。登山口のそばにいた大きなネコと、道脇の狸のタメ糞が記憶に残っている。城跡らしい平らな場をいくつか越すと山頂まではすぐだった(※2)。
今日は初めてのコース、気持ちが弾む。昨日までの雨のせいか、道はぬかるんでいる。駐車場の脇から登り始めると、里の道といった感じの平らな道に出る、いつか通ったような懐かしい道。紅葉が始まっている森は空気まで軽くなっているようだ。木漏れ日が眩しい。
足元には落ち葉だけでなく、木の実もたくさん落ちている。小動物や、鳥のご飯になるのだろうか。
木々の梢は遠いけれど、葉が落ちるこの季節には色鮮やかな実を見つけるのも楽しい。谷の向こうにタラノキの穂がきれいな薄紫の霞のように見える。枝いっぱいのマユミの実は空が薄紅に染まったようだ。
ぬかるんだ道を一登りすると、大きなカエデが枝を張っている平坦な場所に出た。志賀方面の山が見える。カエデは真紅に黄色に、緑に茶色にと、一本の木に様々な色のグラデーションを繰り広げている。見上げて思わずため息をつく。カエデの下に立てば、志賀の山々が見渡せる。
絶景に別れを告げて後はわずか一息で、山頂だった。あれ、こっちに出るのか。考えていた道ではなく、初めて登った時と同じところに飛び出した。広い頂上で一息つき、目の前の旭山、富士の塔山、陣場平山と目を転じていくと、その向こうに雪化粧をしている北アルプスが見える。以前、その方向に降りて行った人がいたので、今日はその道に出るかと思っていた。あの道はどこへ続いているのだろう。
30分もかからずあっけなく山頂に着いたので、頼朝山まで足を伸ばしてくることにした。このコースは、山頂から大木の根の上を滑るように降りる。以前は太いロープが張ってあったけれど、今は無い。根に切り込みが入れられて足場が作ってある。
滑らないように気をつけて根っこを伝って降りると、あとは落ち葉の積もった道を真っ直ぐ下っていく。たくさんの人が歩いたと思われるえぐれた山道の脇にはオケラやセンボンヤリの実が揺れている。暑さが厳しかったためか、今年のキノコは遅かったけれど、今は様々なキノコが顔を出している。
しばらく下ると、登山道の真ん中で立ち止まった夫が、これは何だと振り向いて言う。道の真ん中に大きな白いキノコが倒れている。誰かが折ったものか、雨風で倒れたものか、初めて見る。ふと見ると脇の木の根本に同じキノコが生えていた。 「前から見たいと言っていた、網のキノコじゃない」
「キヌガサタケね。似ているけれど、もっと網模様になっているはず」
「でも似ているね、このキノコ初めて見たね」
新しい出会いがあると嬉しくなってくる。それが花でも虫でもキノコでも。
「今日の山歩きは、これが目玉かな」
「面白い形だね。何と言うキノコかな」
全身ミニスプーンでカットしたような模様のキノコは、後で調べたらスッポンタケというらしい。
一気に駆け下りて頼朝山へ向かう。静松寺への分岐からはわずかな上りで山頂だ。頼朝山でおやつを食べながら善光寺平を見下ろして、来た道を登り返す。アキノキリンソウやノコンギクなどがわずかに咲き残っている山道を歩いていると、また変な形のものを発見した。 「これ、粘菌?」
「キノコじゃないみたい。粘菌だろうね」
丸い団子のような粘菌と、白い膜のような粘菌はよく見るけれど、イソギンチャクのような形のそれは初めて見た。
変形菌と言われる粘菌はまだわからないことが多いらしいが、見つけるたびにびっくりする。
ただ、キノコなのか、粘菌なのかわからないことも多いので、まだまだ里山歩きの楽しみは無限大と言えるかもしれない。
同じ道(かつら歩道)をひたすら登り返す。往生時から登るコース(からまつ歩道)は起伏があって、森の姿も変化するから面白い。少し頑張って遠回りして、向こうを登ればよかったねと言うのは後になって気がつく。ひたすら登って、再び葛山の山頂に着く。
展望を楽しんでいたら、奥の方から熊鈴の音がする。誰か登ってくるようだ。どこへ続くかわからない道からだ。期待して見ていると男性が一人登ってきた。
「この道はどこへ続いているのですか」と聞くと、
「途中まで行って引き返してきたのでわかりません。鉄塔のところまで行ったんですけれどね」との答え。残念。
前に登った時、降りていく女性の後を追って、私も途中まで行ってみた。男性も同じことをしたらしい。この道を探索するのは次回のお楽しみにして、私たちは下ることにした。初めて登ったときの道との分岐点をしっかり見つけようねと言いながら歩いているうちに、この道はどうやら前にも歩いた気になってきた。
もう駐車場に下りる直前に、直進は大峰山へ続くという道標が立っているではないか。懐かしい感じがした筈だ。この道をまっすぐ行けば、以前登った登山口はすぐだ。
「この道はいつかきた道・・・」私たちは新しい道を歩くつもりで、初めて登ったときの道を再び辿っていた。駐車場からすぐ登山道に入れたけれど、ね。
(※2 山歩き・花の旅14 葛山、頼朝山)