89「マーライオンにご挨拶」シンガポール
  2019年7月21日〜26日

目次
始まりは
成田に前泊
前日は成田まで
シンガポールまでの空の旅
到着、シンガポール
レッスンの後、開会式
コンクール当日!
コンクール
表彰式の前にレッスン
マーライオンにご挨拶
エキシビションで大会すべて終了
ユニバーサル・スタジオ・シンガポール
さよならシンガポール


始まりは


始まりはやっぱり電話だった(※)。受話器の向こうで、嬉しいような、困ったような孫の声。
「海外のコンクールに出てみないかって」
「どこなの?」
「シンガポールだって」

それであなたはどうしたいの?と聞けば、
「行きたい」との返事。

※「広大な大地の国の、一点で」

孫の話によれば、何回かレッスンを見てもらった先生が中心になって、数人の子供たちを連れて行くらしい。参加本人と、付添人とでかかる費用が異なるとのアナウンスがあったそうだ。

コンクールとはいうけれど、当地で初めての試みで、ワークショップも受けられるという。『VANDA INTERNATIONAL ARTS FESTIVAL』という大会名とのこと、聞いてももちろんわからない。世界で初めての大会なのだから。

1

会期は7月22日から24日までの3日間。(写真1)日本からは前日に出発、終了の翌日向こうを出て帰ることになる。

じじバカ、ばばバカの私たちは孫がステップアップできるならと、応援する。

「シンガポールなら、ママが付き添いできるんじゃない?」と聞くと、やはり仕事と下の子の世話があるから難しいという。

結局私が一緒に行くことになった。


もう中学生だから一人でもいいのかなと思ったが、参加してみてわかった。中心になって引率してくださる先生のスクールの子どもたち数人と、あとは2人。孫と、同じく中学3年という子が個人で参加。同じスクールの生徒たちはみんな知り合い、もう一人の参加者は指導者が付き添っている。孫だけがその中で一人だから、ホテルのツインの部屋に泊まるのに付き添いがいた方が良かった。

母親には「高校生になってチャンスがあったら、その時は一人で行くのよ」と釘を刺されたようだが、今回は私が頼りない付き添いとなった。



成田に前泊


出発の予定は7月21日の夜ということだったが、航空券が取れず、午前中の便に変更になった。

その日に私は上野でのバレエ鑑賞券を取っていた。何ヶ月も前に予約し、楽しみにしていたので残念だったが仕方ない。その日は自分一人で観に行こうと、1枚だけの予約だったので、今回は夫に代わりに行ってもらうことにした。

航空券が取れたと連絡があり、午前出発となった。う〜ん、長野を朝出ては間に合わないかもしれない。成田に前日泊まることにした方が安心だ。

その時ふと思った。それなら前日の同じ演目のバレエを見てから成田に行けば良いと。調べたら、まだチケットはあった。同じバレエを、夫と違う日に観るなんて残念だけれど・・・。後で感想を話し合うのも面白いかもしれない。

東京文化会館でバレエを観て、上野からの京成電鉄で行くことになる。スカイライナーの時刻表を調べて、計画を立てる。東京からの成田エクスプレスは慣れているが、上野からは初めてだ。しかも一人で。少し不安もある。けれど、新しいことはいつも楽しいものだ。


シンガポールは観光で有名なところ、旅行保険を申し込みに行った窓口の係員には「いいですね〜、シンガポールはとてもいいところですよ」などと羨ましがられた。けれど、水道水は飲まないほうがいいから、水を持っていくようになどというアドバイスも聞こえてきて、私は孫の好きなお茶と自分用の水のペットボトルをスーツケースに積み込んだ。

今回はコンクールに参加なので、そのための衣装も持っていかなくてはならない。孫の荷物は重くはないかもしれないけれどかさばる。衣装だけではなく髪飾りや化粧道具も必要だからだ。

私の方は数日分の身の回り品だけなので、飲み物やおやつなどは私が用意することにしたのだ。



前日は成田まで


夫と留守の間の打ち合わせをし、バレエのチケットも新幹線のチケットも用意し、いよいよシンガポールへの旅だ。

上野で楽しみだったバレエ鑑賞、シンガポール用の荷物を詰め込んだスーツケースをクロークに預けて席に着く。せっかくの鑑賞タイムだからあまりいろいろなことを考えないようにして、バレエを楽しむ。終了後はスーツケースを引きずって京成上野駅まで歩く。

2

思っていたより早く駅に到着、成田までの切符を買って乗り込む。(写真2)

自動券売機があって次の電車の指定席が買えた。ところが指定席のみの販売なので、何回か見直すがやはり乗車券と合わせて買う項目が見当たらない。次の電車はもうすぐ発車なので、焦りながら通りかかった駅員さんに聞く。端っこにある乗車券用の券売機を教えてもらってなんとか購入、大急ぎでホームに向かう。


初めてのところ、そして気が焦っているときなどは普段より視野が狭くなるものだ。よくわかっているつもりだが、それでもやはり視野が狭くなってしまう。席について、おもわず笑ってしまう。

外はもう真っ暗なので、車内では文庫本を読んで過ごす。今回は孫のレッスンの間など待ち時間が多いと考えて何冊かの本を持ってきた。

成田までは思っていたより早かった。夕食を調達し、ホテルの送迎バスに乗り込むとホッとした。



シンガポールまでの空の旅


出発の朝、第1ターミナルで孫と待ち合わせる。弟のお楽しみの催しがあるそうで、父親はそちらに同行とのこと。成田には母親と母方のおばあちゃんがお見送りに来てくれている。

お世話になるバレエのショウ先生は、数人の生徒たちを連れて成田に向かっているから、私たちは先に搭乗手続きをしてよいとの連絡があった。航空券を見ると、座席が離れている。孫はショウ先生のグループと合わせて搭乗券を取ってあり、付き添いの私は一人の手続き扱いになっているようだ。並び席に変えられないかと、航空会社の係りの人に調べてもらったが、空席が少なく難しいとのこと。非常口の前の席なら並び席があるそうだが、そこには英語の指示語がある程度わかる人という条件があるとのこと。「それなら大丈夫、私よりこの子の方が英語は得意です」と話したら、なんと15歳以上というもう一つの条件があるという。15歳の誕生日まであと数日なのですが・・・と言ってもそこはだめ。

結局、とりあえず予定されていた席の券をもらい、後のグループの人と見合わせて交換できそうならしてもらおうということになった。


しばらく待つと、グループの他の人たちが到着、それぞれ航空券の手配をした。孫が中国に留学した時にお世話になったC先生が私の席と変わってくださり、私は孫と並んで乗れることになった。


3

4

心配そうに付き添っていた、ママとおばあちゃんに挨拶して出国ゲートに向かう。審査を終え、セキュリティチェックをすませると、エスカレーターで搭乗ゲートのフロアに向かう。ガラス越しに見送りの人たちが手を振る。私たちも手を振って、エスカレーターに乗った。(写真3)

長い通路を歩きながら窓の外の飛行機に目を向ける。あの飛行機に乗るんだよ。中国に飛んだ時より長い時間だね。などと話しながら搭乗ゲートに向かった。(写真4)


出国審査の後、登場まで少し時間があったので、何か食べようかと食べ物屋さんを探した。たくさんはいらないけれど、少しつまみたいと言う孫のお好みでフライドポテトを買おうとマクドナルドに並んだ。

行列ができていたので私はびっくりしたのだが、孫はすまし顔。並んでいる人は国際色豊かだ。そして、ようやくカウンターにたどり着いたら、なんとポテトの販売は昼頃とのこと。結局何も買わずにさよならしてしまった。

空港の中には様々な店が入っていることに気がついた。私と夫だけの旅の時には待合席にどっかりと座り込んでいる時間が長いからか、空港の構内にどんな店が入っているかなどほとんど知らなかった。

若者と行動していると、いつもと違う目線で動くので、面白い。ちょっぴり疲れたりもするけれど。


5

時間がきて搭乗。毛布をかけたり、狭い機内の席周りを整えたりする。機内はかなり冷えている。孫は少し風邪気味とのことなので、暖かく過ごせるようにアドバイスするが、薄い長袖しか持ってきていなかったので、私のスカーフもかけて少しでも暖かく過ごせるようにする。

乗務員さんにお願いすればもう1枚毛布も貸してもらえるが、それほど寒くはないというので様子を見る。(写真5)


機内に落ち着いてエンジンがかかったけれど、飛行機はなかなか動き出さない。離陸予定時間が過ぎていく。

初めは荷物を片付けたり、座席周辺を整えたり、モニター操作を試みたりしてざわざわしていた機内も、席に落ち着いて離陸を待つ体制になっている。


機内はいつもの安全のための機内設備の説明などが進んでいる。

そのほかのアナウンスは英語でもよくわからない。本日は満席のためお待たせしていますというようなアナウンスが流れるばかり。

6

この時、私たちもまだかまだかと待っていたが、後で聞くと、ママとおばあちゃんも空港ビルの屋上から見送りをしようと思って、待っていたのだそうだ。いつまで待っても動かない飛行機を見てどうしたのだろうと思っていたとのこと。

でも、中にいても答えはなく、同じようになかなか動かないねと話していたのだ。(写真6)

予定時間を1時間20分も遅れて、それでも無事離陸した。ジャンボ機だからか、滑走路をひた走って、いつまでも飛び上がらないのではないかと思う頃、ふわりと浮く。

見ていた母親がビデオを撮っていたが、それを見ると、なんだかゆっくり走っているように見えてしまう。これで飛ぶのかなと思うくらい走ってようやく機首が上がる。(Video)

■ 成田空港は大渋滞。やっと飛び立った。 ■

7

昼のフライトだったので、外は明るい。けれど、ジャンボ機の中央の並び席だったので、窓外の景色は遠い。時折立って、窓の外を見にいく。飛び立ってすぐスナック菓子とお茶をいただいた。それからしばらく飛んで、機内が落ち着いた頃機内食が出る。あまり食欲がなさそうな孫も、物珍しさに少し食べる。そして嬉しいことに、デザートはバニラアイスが出た。(写真7)

機内は異常に寒い。何回か飛行機の旅をしているが、一番寒いかもしれない。シンガポールは南の国というイメージがあるが、南の人は気温が低いところが好きなのだろうか・・・などと、1ヶ月前に訪ねたドーハの冷房の強さを思い出した。

少し食べて、孫は眠り始めた。前日までの疲れが出たのだろう。機内温度の低さが気になったが、とりあえず毛布とスカーフにくるまってなんとかしのいでいる。

■ 成田からシンガポールへ 7時間弱の飛行 ■

二つの空港の位置関係を示すもので、実際の航路は複雑です。


成田からシンガポールまで、私はモニターを眺めながら「あ、今、那覇の上を通っているんだ」「台湾とフィリピンの間を飛ぶんだな」などと、一人頷きながら航路を見ている。

8

孫とは反対の隣に座っている今回の大会に参加する女の子は、高校2年生とのこと。今回が初めての海外旅行。秋に修学旅行でオーストラリアにいく予定だから、事前の良い経験になると、女の子の向こう隣の席のショウ先生とうなずき合っている。

7時間弱の飛行時間、私はモニターを見たり、本を読んだり、時折立って小さな窓から外の千切れ雲を眺めたりして過ごす。ドーハまでの12時間を思えば、シンガポールまでは短いくらいに感じる。(写真8)



到着、シンガポール シンガポール国旗


9

順調に飛び、予定通りシンガポールについた。飛行機を降り、通路のところで、今回の旅の仲間が集合(写真9)。これからは、道先案内の C先生と、スクールのショウ先生が頼り。シンガポールは英語の国だけれど、これから行くところはチャイナエリア、ほとんどは中国語らしい。中国人のC先生はもちろん、ショウ先生も中国語は堪能らしいから安心だ。

建物の通路で、顔あわせをしていると、C先生が「あ、荷物忘れた」と言う。飛行機の上の棚にお土産用の荷物を入れた袋を置いてきたらしい。

今ならまだ間に合う、と、私とショウ先生が降りたばかりの飛行機に向かって走る。C先生は私と席を代わってくださったので、私はその場所を知っている。搭乗口で乗務員に「忘れ物です」と叫び、機内に走り込む。何人かの怪訝な顔の乗務員に走りながら説明する。ようやく席に着き、上の棚を開けると、入っていた。紙袋一つ。C先生は「二つ忘れた」と言っていたけれど・・・。どうやら紙袋の中に二つだったらしい。

乗務員にお礼を言いながら、今度は出口に向かって歩く。息が上がっている呼吸を整えながら、みんなが待っているところへ戻る。初めからなかなかドキドキの旅を予感させられる出来事だ。


10

無事入国審査を終え、ゲートを出ると、そこには今回の大会関係者が出迎えていた。そして、驚いたことにテレビカメラと、記録カメラの二人のカメラマンも並んでいる。まずは大会参加者の子どもたちが用意してあった『歓迎』の看板を持って写真を撮る。(写真10)

それから、今度は全員が並んで、テレビカメラに向かって手を振りながら何か話せと言われる。なんの用意もないのだから、いきなり話せと言われても・・・。「シンガポールに着きました!」と大きな声で言うことになって、みんな手を振りながら「シンガポールに・・・」、でも顔が引きつっていたみたいでNG。ニコニコしてできるだけ大きく手を振って言うように言われ、なんだか訳がわからないうちに撮影は終わった。

ハッと気がついたのはカメラマンが帰ってから、ねぇ、あれはなんの撮影だったの?呑気な一行だ。


11

シンガポール空港は観光国の玄関にあたるところ。広々としていて、いたるところに花が飾ってある。歩いていて気持ち良い空間だ。(写真11)

それでも7時間弱の飛行はやはり疲れる。しかも機内がとても寒かったので、みんな疲れが顔に出ているような気がする。私たちはスーツケースを持って歩きながら、早くホテルに行って体を伸ばしたいと内心思っていた。


12

バスでホテルまでと聞いていたが、案内されたのは、ライトバンのような車。みんなのスーツケースも座席の間に押し込んで出発。(写真12)

しばらくはまだ夕方の太陽が海岸線を照らしていた。ビュンビュン飛ばす車の流れは速く、そして車もいっぱいだ。道路脇には濃い赤や黄色の花が一面に咲いているが、あっという間に通り過ぎていく。


13

大木の並木が続いている。そしていかにも南国というイメージの巨大なシダの仲間も見えてくる。すごいスピードで走る車の窓からワァワァ言いながら見ている。(写真13)

大木の枝に大きなシダのような葉がたくさん寄生しているのを見つけた時は孫と顔を見合わせた。どれがその木の葉なのかわからないくらい茂っている。


かなり走ってホテルに着く頃、辺りは暗くなっていた。まず部屋の鍵を受け取り、荷物を置きにいく。

あれ?ホテルは『AMARA』と、立派な石に書いてあるけれど、日本を発つときの書類には1日目は違うホテルの名前が書いてあり、『AMARA』は2日目からとなっていたような・・・。短い滞在期間中にホテルが変わるのは嫌だなと思っていたから、初めからここでいいのなら嬉しいけれど。

日本の留守番家族は1日目でホテルは変わると思っているだろう。(写真14)


14

最初のアナウンスでは、この後夕食。バスでレストランへ行くということだったが、この日はC先生が打ち合わせに出るということで、私たちは自由に近隣で食べてよいということになった。

ショウ先生が近隣の説明をしてくれたので、孫と歩いてみることにした。

ホテルの前の大きな道路を挟んで、向かいは地元のお店が並んでいる。そこで当地の名物でも探そうかと、呑気に歩き始めた。明日は午後の開会式に出れば良いからと、気楽に散策気分。

暗くなっても車はけっこう走っている。日本で読んだガイドブックには、横断歩道以外のところを渡るとかなり厳しい罰則があると書いてあったので、私たちは遠回りをして信号を探して道を渡った。暗い道を歩いていると、賑やかな呼び声がするけれど、どうやらもう終りの準備をしているらしい。

そのうち何やら異様な匂いがしてきた。何かが腐っているような、そこにいるのが嫌になるような・・・、これまでに経験したことがない匂い。孫も「早く行こう」と早足で進む。けれど、界隈にはこの匂いが充満しているので、歩いてもなかなか抜け出せない。しばらく歩いて、麺屋さんを見つけたけれど、まだ微かに匂いが残っていて、ここに入る気になれない。

この匂いの正体はどうやら、ドリアン。果物の王様とか言われていて、最近日本のスーパーでも丸のままを見ることがある。ここら辺のお店では、道路脇の台いっぱいに積んである。お客さんが脇に立って、どうやら食べているらしい。だから、臭うんだ。

15

おばちゃんが「どう、美味しいよ」という風に笑いかけるが、走るように過ぎて、ホテルの隣のビルに向かう。ショッピングセンター風のこのビルには日本語がたくさん見える。日本で展開している大手店の集まっているビルみたいだ。北海道のパン屋さんや、大盛りカレー屋さん、ハンバーガー屋さん、孫の好きなコーヒー店、ドンドンドンキなどという看板もある。そして、沼津の寿司屋さんも見つけた。(写真15)

嬉しくなってビルの中をぐるぐる回ったが、結局、この日はハンバーガー屋さんで食べることにした。


夕食を食べてホテルに戻ると、明日の午前のワークショップに参加するかという問い合わせがあった。翌日のワークショプは、中国舞踊だったので、孫は参加しないつもりだったが、他の生徒たちが参加するというので、どうするかとの問いだった。バレエのワークショップはコンクール直後などの時間に設定されていて、確かに忙しい。2回受けられるというワークショップの一回目を明日の午前に受けておくのはいいかもしれない。孫は明日受けると答え、レッスンの部屋の説明を聞いてから休むことにした。

日本の母親にも連絡をし、スマホで撮った写真を送ってからお風呂に入る。広いバスルームにはバスタブと、シャワー室が両方ついていて豪華だった。

忙しい1日だったが、ようやくベッドに入ることができそうだ。


レッスンの後、開会式 シンガポール国旗


シンガポールのホテルで目覚める。朝の6時、まだ暗い。時差は1時間だけれど、西に位置するこの国では、日本より日の出日の入りが後ろにずれ込んでいるような気がする。7月の日本は、朝5時にはもう明るい。が、ここシンガポールでは、7時頃になるとようやく空が明るくなってくる。

ホテルの向かいのビルは私たちの部屋より低いところが屋上になっている。朝早くに男性が紙コップを持って現れ、何かを飲みながらゆっくり体を動かしている。

泊まりだった人が仕事明けでのんびりしているのだろうか、早出勤務の人が仕事前の一杯を楽しんでいるのだろうか。

16

下の道路を見下ろすと、少しずつ人が集ってきてビルの中に飲み込まれていく。出勤らしいが、みんな紙コップの飲み物のようなものを持ってゆらゆらという感じでのんびりビルの中に消えていくのがおかしい。お国柄なのだろうか。


目を覚ました孫はベッドの上で体を伸ばし、ストレッチをする。バーレッスンはできないから、せめて全身を伸ばしておかないとすぐレッスンに参加できない。(写真16)

17


朝食はホテルのレストランでバイキング形式。まず、全体を見て回る。どこに何があるか、食べられそうなものがあるか・・・。大きな形の面白いパンや、中国系らしい何種類かの麺などを覗き込んでいたが、あまりお気に入りはなかったみたいだ。母親と約束してきたという野菜は、私も食べたいと思っていたが、ほとんど種類がなかった。ちょうど品切れになっていたのかもしれない。それでも小さなパンやオレンジジュースなどをよそってテーブルにつく。このあとレッスンがあるから、食べておかないと。(写真17)


18

午前のレッスンはホテル内の1室で行われるので、時間前に孫を送っていく。終了したら部屋に戻るので、それまで私は待ち時間となる。始まる前にレッスンの部屋を覗いてみる。このワークショップはバレエではなく、中国舞踊、部屋の真ん中で話をしているのが先生だろうか。生徒は孫より大きい子も、かなり小さな小学生のような子もいる。

時間になったので、「じゃ、頑張ってね」と声をかけ、私は部屋を後にした。(写真18)


さて、待ち時間は2時間弱、どこへ行こうかな。まだ1日目なので、観察日としよう。まずは近所の公園を歩き、ホテルの近くの地下鉄のタンジョンパガー駅まで行ってみることにした。シンガポールのガイドブックに載っている地図を頼りに歩き始める。

19

ホテルのエントランスには南国らしい赤い花が植え込まれていて、小さな池の水に囲まれてホテルのマークが立っている。昨夜孫と一緒に見た風景だが、明るい中で見ると、一段と綺麗だ。

ホテルの前の広い通りはタンジョンパガーロード、そこを少し歩くと広い花畑になる。ここは公園らしい。奥行きのある公園には、テーブルが置かれ、人々が休んでいる。私もしばらく座って、地図を眺めたり、周囲の風景を撮影したりする。高いビルの外壁一面に緑が巻きついている。赤い壁に緑の葉がとても個性的で遠くからでも見つけることができる。(写真19、20)

20

植え込みの花も様々な種類があるので、覗き込んでは撮影しながら、駅に向かった。 駅の周りは人の動きが賑やかだ。これから仕事に行く人たちだろうか、サッサッと軽やかに迷いなく動いていく。地下鉄なので、エスカレーターで降りていくと改札口がある。改札口の周辺はお店もあり広い。みんな足取り軽く歩いていて、ぼんやり動いているのはどうやら私だけみたいだ。

21


それでも観察、観察と一帯を歩いてみる。チケット売り場や、朝ごはんを食べているらしい軽食コーナーもある。券売機はわかりやすい表示で、時間さえあればここから観光地の往復もできそうだ。

そして、いいなぁと思ったのは充電コーナー、目立つところにわかりやすい台が置いてあった。とはいうものの、充電には時間がかかると思うけれどね。(写真21)


22

ゆっくりキョロキョロ駅のあたりをうろついてから、再び外に出て今度は違う道を通ってホテルに向かう。道の脇に広がる花畑はまた違う花が咲いていて嬉しい。昨日、空港からの道で見つけた木の幹に寄生するシダ類のような葉もあった。(写真22)


公園のテーブルで休んだり、駅を見学したり、花の写真を撮ったりしているうちに、孫のレッスン終了予定時間になった。

私はホテルに戻り、部屋で孫を待つ。

孫は上気した顔で帰ってきた。バレエのレッスンではないから少し勝手が違ったようだが、体を動かすことは気持ちが良いようで、楽しそうだ。


マリーナ〜チャイナタウン概略図

午後からは、会場で開会式が行われるので、みんなで移動する。ホテルの前からバスが出る。急いで支度をしてホテルのロビーへ行くと、昨日とは違う大型のバスがやってきた。今回のイベントが行われる会場は、距離にすれば近いところにあるらしいけれど、バスで行くと一方通行もあって遠回り。

ロビーでは今回のもう一人の参加者とその指導者の女性が到着していて、初めましての挨拶をする。子どもたちはどこかのコンクールで会っているようだが、こんなに身近に過ごすのは初めてだからちゃんと挨拶しあっている。彼女はアメリカから直行したとかで、昨日の便には間に合わなかったそう。夜遅くにシンガポール空港に到着したと言っていた。みんなでバスに乗り、他の参加団体も合わせて出発。


会場は中国文化のエリアになるらしい。その名も『SINGAPORE CHINESE CULTURAL CENTRE』。今回の大会はこのセンターの9階と10階のホールで行われる。ビルに入るとすぐエレベーターで9階へ。

23

エレベーターを出るとそこには真っ赤な生花がずらりと立っていた。日本で言えばお祝いの花輪みたいだけど、その原色の華やかな色にはハッとさせられる。赤や黄色の四角い筒の上に活けられた生花もごっつく派手だ。奥には今回の大会の名前を大きくデザインした黒いボードがある。壁一面のボードには大会関係者のサインが金色のペンでたくさん記されていた。C先生も手を引っ張られて、そこにサインをした。

色々な人がその前で記念撮影をしていたので、今回の日本からの参加者たちも並んでパチリ。そして、私と孫もそこで1枚撮ってもらった。(写真23)


私たちを見つけると、待っていたC先生が早速子供達を連れてお弁当を取りに行く。今回の大会ではお昼ご飯は毎日お弁当が出るということになっていた。

9階からエスカレーターを上がって10階フロアーに行く。そこのベンチは少し空いていたので、みんなでお弁当を食べることにした。中華風のお弁当にはペットボトルの水が1本ずつついている。毎回水がもらえるなら、日本から持ってきた水は余っちゃうかも・・・。ホテルの部屋にも人数分置いてあったことを思い出し、私は苦笑い。

24

中華風のお弁当は独特な匂いがしている。日本のみんなはちょっと複雑な顔をしながら食べている。量が多いということもあってか、みんな残していた。(写真24)


お弁当の後はいよいよ開会式。ホールに入ると、お祝いらしい挨拶から始まる。司会の女性はチャイナ服をアレンジしたようなドレスで登場し、彼女が大きな声で名前を呼ぶと偉い人たちが次々壇上に上がり挨拶をしていく。そして最後に大きなドラが登場し、関係者一同壇上に並んでカウントダウン、「ゴーン」というドラの音に拍手が沸き起こる。(写真23左下)

このカウントダウンも、それからもちろん挨拶の言葉も全くわからなかった。一応英語通訳の人も壇上にマイクを持って現れたのだけれど、声が小さいのと、とても簡潔に訳してしまっていることとで、みんなおんなじことを言っているように聞こえてしまった。

孫も「ちょっとは違うことを言う人がいないのかな〜」などと言っていた。

このあと参加者と指導者には楽屋への出入りに必要なネームプレートと、大会名がデザインされたTシャツが配られた。


25

開会式が終わると今日の予定は終了。けれど、明日は午前からコンクールが始まる。日本からやってきてまだバーレッスンもやっていない。このまま体を動かさないでバリエーションをいきなり踊るのは無理と、C先生がレッスン室を借りてくださった。

そこではコンテンポラリーの男女が難しいリフトの練習をしていたが、端の方を使って良いとのことだった。孫たちはシューズを履いてのびのびと体を動かし始めた。(写真25)


26

会場からバスが出るから、それに乗れば夕食会場に連れて行ってくれるとのことだったが、私たちは早めに食べて明日に備えたいので、ホテルまで歩いて帰ることにした。みんなでおしゃべりをしながら近道を行くと、ホテルまでは15分くらいで着くことがわかった。途中たくさんの花が咲いていて、気持ち良い道を行く。(写真26)


27

ホテルに着いて、また隣の日本ビルに行き、ぐるりと歩き回った後、日本料理のお店を見つけたので、そこで食べることにした。シンガポールでトンカツを食べられるとは思わなかった。(写真27)


コンクール当日! シンガポール国旗


いよいよ、今日はコンクール。孫は「ドン・キホーテ」2幕のドルシネア姫のヴァリエーションを踊る予定だ。ところが、この日は朝ホテルの自分の部屋でストレッチも、基本のバーレッスンも、お化粧も全部済ませて来いとのことだった。会場には楽屋はあるけれど、そこでは衣装を着るだけ。

私は、日常でもお化粧というものをしたことがなく、孫のお手伝いにはならない。もちろん体のトレーニングは私がやっても意味がない。孫が髪の毛をまとめ、お化粧をするのを横目で見ながら、時計の針を睨んでいるだけ。タイムキーパーというのが私の仕事。ところが、これがなかなか難しい。

28

暗いうちに起きて、朝ごはんを食べ、それから髪の毛をまとめる。一筋の乱れも気になるらしい孫と時間が気になる私とで息が合わない。

それから体を伸ばす、ストレッチ。これはちゃんとやっておかないと踊れない。怪我の元にもなる。と言ってもホテルの狭い部屋では手足の大きな動きは難しい。

時間はどんどん過ぎていく。それでもそこまでは「あと何分ですよ」などと言って済ませていたけれど、お化粧が始まったら時間は飛ぶように過ぎていく。こだわりのアイラインはなかなか決まらない。(写真28)


あとで、中国の踊りの人たちを見ると、近くで見れば結構いい加減なんだけれど、そこは孫の気合とは異なるらしく、孫は何回もやり直している。

29

私は内心焦っているけれども、やはり本人が「よし」と頷けないと踊りにも響くだろうという思いもあるので、待つ。(写真29)


ようやく全て出来上がってロビーに降りていくと、誰もいない。珍しくバスが早く来てみんなもう乗っている。私たちは飛び込みで乗り、バスは会場に向かった。

この日の朝は土砂降り、バスに乗れてよかった。


コンクール シンガポール国旗


会場に着くとすぐ子どもたちは楽屋に向かった。衣装の準備や、髪飾りなどをつける。

私はホールの中を行ったり来たり落ち着かない。しかし、何も動かないでいきなり大丈夫だろうかと思っていたら、子どもたちが出てきた。昨日借りたレッスン室で少し動くらしい。良かった。

そしてここなら私も見ていることができる。しばらく自分の動きを確認していた子どもたちは楽屋と往復している。そのうちにC先生もやってきて孫の踊りを見てくれたが、アラベスク(※)がうまくいかないらしい。確かに軸がずれる気がする。くるくる回ったり、ピョンと跳んだりした後にピタッと止めるポーズは、まっすぐの軸で立つのが難しそうだ。

※片足で立つバレエの基本のポーズ


一度部屋を出ていたC先生が戻ってこられた時、孫は楽屋に戻っていた。C先生が、まだそこに残っていた子に「呼んできて、もう一回練習するから」と言われたが、その時はもう開会まで10分もない。時間がない。諦めて楽屋に戻られた。


時間になってまずは場当たりが行われる。日本から来た参加者が一人ずつ場当たりをする。残念ながら私は会場に入ることができない。入ることができるのは参加者本人と指導者、あとは大会関係者。モニターを見るだけか・・・と思っていたら、モニターの画像も消されてしまった。ホールの後ろのフロアに立っていると、画像のないモニターから中の音だけが響いてくる。

演技順なのか、名前を呼ばれて舞台に出てくる様子が手に取るようにわかる。孫の番になって名前が呼ばれ、ヴァリエーションの音楽の出だしが流れる。その時、あ、と思った。

前に踊った仲間は指導の先生がついているから細かい指示がマイクで送られる。注意すべきことが本番前の最後の指導として響く。ところが指導者がいない孫のときは静かなのだ。

でもそのうち他の子どもの先生が声をかけてくれるようになった。審査員の位置を伝え、目線の持ち方、呼吸の仕方などを言ってくれている。聞いていた私は嬉しくて、そして孫が不憫で思わず涙が出そうになってしまった。


別の話になるが、孫を小さい時から指導してくださった先生、スクールの代表者でもあったのだが、その先生が春に亡くなられた。ちょうど孫が中国へ留学中に入院され、帰国の後、報告を兼ねてお見舞いに行くつもりだったが、この春のインフルエンザの猛威で、面会禁止になっていて、お会いできないままに亡くなってしまわれた。

心臓の手術もされて、時々入院されたり、休まれたりはあったけれど、いつも明るくお元気そうだっただけに残念だ。そのあと、スクールはまだ落ち着かない様子で、孫もきちんと見ていただく指導者がないまま今回のシンガポールコンクールになったのだ。


C先生やショウ先生が気にかけてくださって、おかげでこのような経験もさせてもらえるが、細かい継続的な指導までは望めない。それぞれご自分の生徒さんがいるのだから・・・。


さて、会場の外でやきもきしている私とは関係なく場当たりは進んで、いよいよ本番の開場となった。

30

真ん中の見やすい席について開始を待つ。今回のコンクールはどのような流れになっているのかがわかりにくい。例えば、今日の午前の部は民族舞踊の間にバレエのノンプロ部門中高生かと思われる子ども、そして今度はとても小さい子どもというふうに、色々な部門の参加者が混ざっている。最前列に並んだ審査員は大変なのではないかと思うが・・・。民舞は中国、インドネシアなど聞き取れるものもあるが、中国の中でも地方によって異なるらしい演技はどういうものなのかさっぱりわからない。ただ、心を平らかにして舞台を楽しむしかない。

今回孫はドルシネア姫になったのだけれど、これまでで一番うまく姫らしく踊れたような気がする。見ている私は、きちんとした指導者を見つけられるといいなぁと強く思った。(写真30)


孫と日本からの子どもたちが終わって休憩になったので、私も休憩と、ホールを出た。するとC先生が待っていて、「よかったよ」「アラベスクも大丈夫だったね」とニコニコ。
「ここでちゃんと踊れるんだから力があるんだよ」と、褒めてくださる。

そして「おばあちゃん、楽屋へ行ってみよう」と、連れて行ってくださった。


楽屋の入り口と言っても、実は誰もチェックしているわけではないが、C先生は自分のネームカードを私の首にかけてくださって、こっちこっちと歩いていく。C先生本人は顔パス。歩いていればみんなが声をかけてくる。人気者なのだ。

31

廊下を進むと、孫の前に踊ったもう一人の日本からの参加者が指導の先生と一緒に写真を撮っているところだった。

C先生は私を楽屋まで案内すると、また忙しそうに行ってしまった。

孫は衣装を脱いだところだったけれど、「写真を撮っておこうよ」と言うと、もう一回着て廊下に出る。(写真31)


32

日本で心配している家族に送ろうと、カメラで撮ったりスマホで撮ったりしてから片付けを始めた。(写真32)


コンクールは午後の部もあるけれど、終わった子どもたちはホテルで行われるワークショップに参加することにして、歩いてホテルに帰った。会場でもらったお弁当を持って帰り、ホテルの部屋で食べた。


食後、孫がワークショップに参加している間に私は絵葉書を探して街を歩くことにした。昨日の待ち時間、ホテルのフロントに聞いたら隣のビルの百円ショップみたいなお店にあるのではないかと言われたのだが、そこにはもちろん観光客用の絵葉書はなかった。その時、「フロントには切手はあるよ」と言っていたので、今日はまずフロントで切手を買い、それから街を歩こうと思った。

フロントには昨日と違う年配のおじさんが立っていた。切手はありますかと聞いたら、60セントと言うので、大きなハガキ用の1ドルのをくださいと言うと、ハガキはみんな60セントだよと言う。「でも昨日ここで教えてもらったんですが・・・」と首をかしげる。おじさんも「昨日?ここで?」と首をかしげる。

私がハガキも欲しいのだと話すと、おじさんは私をホテルのエントランスに案内し、指差しながら、切手も絵葉書もあそこに行けばあるよと道を教えてくれた。「道路を渡ってすぐの道を入っていくと右の角にあるよ」と。


余談だけれど、ホテルの脇の駐車場出口のところは、隣のショッピングビルの入り口にも重なっていて、そこにはガードマンが立っている。そこに横断歩道はないのだけれど、人々がたくさん道路を渡っている。私と孫は『横断歩道のないところを渡ると高い罰金が・・・』などという記事を読んでいたので、ずっと遠回りをして信号のところまで行って渡っていた。

ところがホテルのおじさんは、その「ガードマンのいるところを渡って」と教えてくれた。見ていると、みんな当たり前に渡っているのだ。


けれどその時は、時間があったのと、やはり何かあっては困るという思いで、私は遠回りをした。そして裏道を歩いてさらに大きく回り道をしてやっとおじさんが言っていた角のところに到達した。そこはなんとポストオフィスだった。

そこで切手を買い、出るとすぐ様々なお店が並んでいるエリア。薬局の外にカード用のスタンドがあり、綺麗な絵葉書がたくさんあった。何枚か購入、ホテルに戻って日本の家族にハガキを書いた。


ハガキを書いていると、ショウ先生から連絡があり、今日はホテルから夕食のバスを出すというから行きませんかという。1回くらいは大会主催者推薦の地元の料理を味わうのもいいだろうと参加することにした。

レッスンを終えて孫が帰ってきたので、その旨を伝えていると再び連絡が入り、この後のコンテンポラリーのレッスンにも参加して良いとの申し出があったとのこと。孫は疲れていたようだけれど、このようなチャンスは再びないかもしれないので、また部屋を出て行った。


33

またまた時間ができた私は、さっき切手を買ったポストオフィスにハガキを投函しに行った。帰りに孫が喜びそうな絵ハガキを何枚か買ってきた。(写真33)


二つもレッスンを受けたので、孫はクタクタだったけれど、一回くらいはレストランに行ってみようと励まし、ホテルの前からバスに乗った。案内してくれるのは大会の係員、中国語で案内する女性。孫は中国に数ヶ月留学していたので、所々理解できるらしく私に訳してくれた。


34

バスはシンガポールの町の中を走っていく。夕暮れが迫ってきた町の中は木や花がたくさん飾られていて、南国色溢れる町づくり。(写真34)

バスはそんな色彩豊かな町の中を随分走ってようやくレストランについた。ホテルのレストランのようだ。案内の女性は集合時間を告げ、自分も奥のテーブルに食べに行ってしまった。のんびりゆっくりしているほどの時間はない。

私たちは入り口近くのテーブルに席を取り、それぞれ食べ物を取ってくる。なんという香料を使っているのか、独特の香りが漂っている。デザートはとても甘かった。(写真35)

35

麺を自分で茹でてお好みをトッピングして食べるものを、珍しいからとよそった孫は少し辛めの味だけどまぁいけると笑う。おかゆのようなご飯、野菜炒めも日本の味とはちょっと違うね。イメージしていた中国料理ともちょっと違う。これがシンガポール風なのかな。

デザートにはみんな興味津々。向こうにアイスがあると並んでみたが、大きなボックスの中のアイスはとても硬いと、みんなが真剣に掘っているのをみて諦めた。カラフルな色の甘いお菓子も並んでいたが、どんな味かは冒険!すこ〜しずつ味見をする。みんなで交換したりしながら、忙しい夕食タイムは賑やかに過ぎていった。

36


帰りは違う道を通っているようだった。暗くなった道の脇にはライトアップされた風景が続き、大きな木の葉が揺らぐ様子はなんだか海の中を走っているような幻想的な景色だった。(写真36)


表彰式の前にレッスン シンガポール国旗


37

翌日は午後から表彰式、ホテルで朝食を食べながら、「午前はゆっくり散歩をして、絵葉書やお土産でも買おうね」と話していたが、またまた予定が変わった。

午前中に予定されているバレエのワークショップはC先生の後輩が指導するクラスだから、みんな受けるようにと連絡が来た。場所はホテルの部屋だという。ホテル内なら移動に時間がかからないからゆっくり食べようと朝食に行く。

38

朝食バイキングは野菜もたくさんあった(写真37)ので、今日は野菜もしっかり食べようと話す。ところが食べていたら、レッスンは会場の方で行われるという連絡。予定がコロコロ変わる。


支度をした孫と一緒に会場のビルに出かける。私はまた待ち時間たっぷりだと思い、ビルの窓から見える海岸線を眺めていた。窓からは青い海と空、そして工事中の海岸が見下ろせる。(写真38)


39

素晴らしい景色を眺めていたら。レッスンの生徒たちがロビーに出てきた。子どもたちだけではなくプロのダンサーもいるようだ。受講者が多すぎて部屋に入りきれないので、ロビーでレッスンするとのこと。嬉しいことに私もレッスンの様子を見ることができた。見学者は他にもいて、みんなカメラで撮影しているので、私も少し撮影した。けれど、人が多すぎて思うように孫の様子を撮影することはできない。最後の方でようやく少し撮ることができた。これからの参考になれば良いが。(写真39)


レッスンは二つのグループに分かれて、まずはプロの大人の人たち、それから孫と同じような中学生高校生くらいの子どもたち。後半になってアダージョなどの動きのレッスンになったら、さらに小さい子どもたちは別のグループになっていった。バレエの動きに慣れていない様子だったから、民族舞踊などの参加者なのだろうか。

床は絨毯、廊下風のロビーなので細長く、鏡ももちろん無く、環境は最悪だと思うけれど、指導者の動きがとても綺麗で、参加者が熱心に動いていて気持ち良いレッスンだった。


レッスンの後は、午後の表彰・閉会式まで時間があった。ここでお昼を食べるならしばらく待ってお弁当をもらうのだけれど、子どもたちはホテルに戻りたいと言う。お弁当を断り、みんなそれぞれ一旦ホテルに帰ることにした。

孫は途中にあるハンバーガー屋さんでお昼を買おうと楽しそうだ。ホテルの往復は数回違う道を通ったりしていたが、ハンバーガー屋さんは昨日歩いた道の、ホテルに近いところにあった。

お店を見つけ入っていくと、注文は全て機械で行う方式。機会を見ながら注文をしようとするが、孫が思い描いていたメニューが見つからない。とても少ないメニュー数だ。近くの店員さんが、私たちが困っているのを見て説明に来てくれたが、やはりメニュー数はわずかしかない。孫と二人で「〇〇バーガーとかはないのかな・・・」と言うと、店員さんが「今はブレックファーストメニュー。それは11時からです」と言う。

40

思わず時計を見たら10:57。みんなで笑い出してしまった。「ここに座って待っていてね」と、近くのテーブルに案内され、待つほどのこともなく、「大丈夫ですよ」と、今度は券売機に案内された。

お目当てのハンバーガーとポテトなどを購入、ホテルの部屋で食べようと急ぐ。(写真40)

41

そうそうこのホテルのエレベーターは6機あるが、どれも天井が鏡になっている。面白いので天井を仰ぎ見る自分たちの姿を撮ってから部屋に戻った。(写真41)


今日は大会最終日、午後は表彰式と閉会式がある。日本を出る時には、表彰式用の服も用意するようにというアナウンスがあったが、最初に配られた大会デザインのTシャツを着てくるようにという連絡があった。大会関係者はブラック、参加者の年齢が高い子供はブルー、小さい子供はピンクが配られていた。孫はもらった日にパジャマにして寝たので、「え〜っ、あれを着ていくの?聞いていなかったよ」と、焦りながらも大笑い。


42

43

私たちはホテルの部屋でお昼を食べ、少しのんびりしてから再び歩いて会場に向かう。道々の花を見たり、人を怖がらない鳥に声をかけたりしながら行く。(写真42)


会場の前でゆっくり見るとおしゃれな前庭があったので、そこで記念撮影をした。(写真43)


エレベーターで会場まで登っていく。C先生は関係者と忙しそうに話しているが、私たちを手招きして紹介してくださる。審査員だという男性は孫に「とても良かったよ」と声をかけてくださったので、なんだか嬉しい。

大分待たされてようやく開場、私たちはC先生に促されてホールの中央に座った。ところが、C先生は引っ張りだこ、今回の大会の主催者に引っ張られて前の席に連れて行かれてしまった。主催者はC先生の後輩なのだという。明るいC先生にはお友達が多いようだ。


今回の大会の審査もまた一風変わっていて、ダンスの種類毎には審査をしない。全ての演目をごちゃまぜにして選ぶようだ。言葉の壁もあって、なかなか様子がつかめない。孫は『The Excellence Performance Award』という賞をいただいた。なんだかよくわからないけれど、C先生が後で「良かったね。10人くらいしかもらえなかったでしょう」と話していたので、そうなんだと思った。(写真44)


44

45

46

表彰式の後は、関係者の挨拶、そしてその後はみんなで舞台の上に上がって賑やかに拍手をしてそれをビデオカメラが写すというお祭り騒ぎだった。

私も舞台に乗って、手を振ったりおめでとう気分で司会者の言うセリフを言ったりしていたが、C先生がそんな私を撮っていた。(写真45)


そういえば、第1回の開催だったということもあってか、レッスンの様子も、ロビーの様子も、いつもたくさんカメラが追いかけていた。


面白いのは、孫が表彰式でもらった赤い筒のようなものは後で回収された。中は空っぽだったらしい。もちろん、解散前にはで本物の表彰状がもらえたのだけれど。(写真46)


マーライオンにご挨拶 シンガポール国旗


大会のメニューが終了し、あとは夜のエキシビションだけとなった。

時間が少しある。今回の参加者に付き添ってきた保護者と、数人の子供たちと一緒に初めて少し観光をしようということになった。保護者は、大会の間も何箇所か観光してみて、地下鉄が便利だと話していたけれど、数時間の間にパッと移動してくるにはタクシーがいいだろうと言うことになった。

タクシーはホテルの前から出ているから、2台に分乗して、まずはマリーナ・ベイ・サンズを目指す。タクシーの運転手には、目的地の他に「前の車と仲間だから同じところに行ってね」と伝える。陽気な運転手さんで「オーケイ、仲間ね」と、元気だ。そしてしっかりくっついてマリーナ・ベイ・サンズの展望デッキ登り口がある駐車場につけてくれた。


さて、展望デッキに登るにはどうすれば良いか・・・みんなで頭を突き合わせてあっちへ行ったりこっちへ来たり・・・。ようやく入り口を見つけ、券売機があるのを発見。でも、カウンターもあったので、私たちはカウンターに行き、カードでチケットを購入した。1列に並んでエレベーターへ。乗る前に、グループごとに並ばせられて、何をするのかと思ったら、カメラマンがいて「ハイチーズ」。手際がいい。なんだかよくわからないうちにみんなで一緒の写真を撮られていた。


エレベーターで一気に登る。57階、速い。到着したのはサンズ・スカイパーク展望デッキ。地上200メートル、すごい大展望だ。

みんな思わず「わぁ〜」と叫んでいる。

47

48

49

はるか目の下には、真っ白いアート・サイエンス・ミュージアムが見おろせる。大輪の花が開いているようだ。(写真47)

展望デッキを回っていくと、海の向こうには孫が乗ってみたいと言っていた巨大な観覧車シンガポール・フライヤーが見えている(写真48)。青い海原には色とりどりのヨットが浮かび、ガーデンズ・バイ・ザ・ベイと呼ばれるエリアは足元だ。

50

よくぞここまで人口の不思議な建物を並べたものだと感心してしまう。大きなキノコの化け物のようなスーパーツリー・グローブ(写真49)、白い貝殻が置いてあるようなフラワー・ドーム(写真50)、それぞれに工夫が凝らしてあるようだが、ここから見ると小さなおもちゃ箱のようだ。

こんなにたくさんのおもちゃが並んでいるのだから、シンガポールが人気なのも頷ける。


いつまでも眺めていたい景色だ。朝は雨が降っていたけれど、嬉しいことに今は太陽が輝いている。自分たちの登っているビルの影が下の森に写っているのを見て、また一段と歓声が湧き上がる。

降りる前にゆっくりデッキを一巡りして、みんなで互いに写真を撮り合う。


51

そういえば、孫は黒いロングスカートで少しお姉さんに見える。

表彰式用にとスカートを持ってきたのだが、表彰式には大会のロゴのTシャツを着ることになってしまった。

母親が若い頃のスカートを借りてきたそうで、一回も着ないのはもったいないと、ホテルで着替えてきた。

私も孫のドレスに合わせて黒のブラウスを着た。だから二人とも、普段よりはちょっぴりドレスアップしている。(写真51)


展望デッキを降りるエレベーターで再び大地を踏むと、目の前に写真が並んでいる。展望デッキに登るエレベーターに乗るときに撮った写真だ。日本の観光地でも見かけるが、こういう写真は高価なことが多い。

52

展望デッキの写真も高かった。けれど、『また次』は無いかもしれないから買うことにした。写真を買うと、綺麗な袋の中にマグネットとキーホルダーも入れてくれたので、孫は喜んでいた。(写真52)


夕食をどこで食べようかと相談しながらマリーナ・ベイ・サンズのビルの中を歩いてみたが、おしゃれなホテルと小さな高級ショップが少しあるだけ。お土産ショップは、商品は少しだけれど、おしゃれな品揃えなので、子どもたちは楽しそうに見ている。

気に入ったお土産を少し買って、再びタクシーでマーライオン公園に行くことにした。今度の運転手さんも元気で「オーケー」と走り出したが、信号で2台のタクシーの間にどんどん車が入ってきて、前の車と離れてしまった。それでも行き先は同じだから・・・と呑気に考えていたが、思ったより差がついたようで、仲間たちを結構待たせてしまったみたいだ。


マーライオン公園からは、海を挟んでさっき登ってきたマリーナ・ベイ・サンズの3つのビルが見える。スマートなアート・サイエンス・ミュージアムも白い花のように見えている。青い海を中央に、全体の眺めがブルーと白の醸し出す上品なイメージにまとまっていてとても美しいと思った。今日は青空と流れるような白い雲も趣を添えている。

ここから見る展望デッキはまさに空中に飛び出している。あんなところに居たんだね、下から見ると怖いねと、賑やかだ。みんなでしばらく展望デッキはあそこだと指差してからマーライオンに向かうことにした。


シンガポールには申し訳ないけれど、世界三大がっかりの観光名所の一つがマーライオンだと聞いたことがある。残りはデンマークの人魚姫とベルギーの小便小僧だそうだ。どこにも行ってみたことがないので比べることもできないが、マーライオンはなかなか見ごたえがあって、「どうしてがっかりなのかなぁ」などと思った。大きさも思っていたよりずっと立派だったし、何よりその純白のライオンが周囲の風景によくマッチしている。観光客もたくさん集まっていた。そしていいなぁと思うのは、カメラを向けて撮影にいそしんでいる観光客(私たちもそうだが)ばかりでなく、マーライオンの足元の階段に腰掛けてのんびり海を眺めて談笑する人たちがたくさんいたこと。せかせかと見て帰るだけの場所ではなく、ここで楽しい時間を過ごすことができる場所というのがいい。

『マーライオンに行ったらやらなければ!』というお約束のお仕事(?)がある。え?それは、マーライオンが出している豊富な水を飲むこと・・・。と言っても実際に口で飲むのではなく、飲んでいるかのように写真を撮ることなのだ。観光用のガイドブックには必ずと言っていいほどそういうトリック写真が載っている。

53


早速孫もやってみた。私がシャッターを押す係、けれどこれが意外に難しい。写しては画面を覗き込み、首を振る。上を向いた口の角度が微妙に違うらしい。一緒に来たお友達もみんなやっている。そして、いろいろな国からの観光客らしい人たちも挑戦している。

何回か試してみてようやくうまくいった。(写真53)


54

ホッとして、マーライオンの後ろを周り、今度は正面から見える桟橋に行ってみる。ここでもトリック写真に挑戦、今度は水を手で受ける。これはすぐ撮ることができたので、のんびり景色を堪能する。

こちら側には桟橋を埋めるほどの人がいてこれには驚いた。私たちは人にぶつからないように再びマーライオンの後ろ側を通り、人の少ない場所を探して記念撮影をしてから、夕食のお店を探すことにした。(写真54)

観光客に囲まれたマーライオンの後ろの公園に入ると、ここにもマーライオンが立っていた。背中合わせに2頭のマーライオンが立っている。大きなシンボルの方は8.6mの高さだそうだが、後ろの小さな方は2m。それでも花に囲まれて水を出している。(写真55)

55


さて、マーライオンの脇を通ってお店探し。マリーナ・ベイの海岸沿いにはずらりとお店が並んでいる。屋外にテーブルが並んで、広々とした景色を眺めながら食事ができるレストランもある。まだ時間が少し早かったので、どこも空いていた。けれど、立派なレストランは値段も高い。

中をのぞきながら歩いて、ちょっと庶民的なレストランを見つけた。入り口には7色のケーキもあった。このレインボーケーキはシンガポールの名物ケーキらしい。食べてみたいと思って入ったが、食事の後はお腹がいっぱいで食べられなくなってしまった。

中はテーブルがくっつくように並んでいて、たくさんの人が食事をしている。おしゃれなレストランとは大違い。この日私たちは総勢6人、一番奥のテーブルで、外の美しい風景を見ながら食べた。

56

写真付きの大判のメニューを見て注文する。お店のウェートレスは、何度もやってきてまだかと催促するが、子どもたちはカラフルな写真を見てあっちにしようかこっちにしようかと迷っている。こういうところでは、迷うのも楽しみの一つ。私と孫は冒険なしのパスタ、小学生と高校生の二人は石釜焼きご飯のようなものを注文した。混んでいるからか、ずいぶん待たされたが、にぎやかにおしゃべりしていたので気にならない。

お料理は美味しかった。小学生が頼んだ石釜ご飯はピリ辛だったようで、「辛い。辛い」と口を覆っている。みんなに「食べてみな。本当に辛いから」と誘い、みんな一口ずついただいた。確かに辛い。ところが孫は「大丈夫」と言って、少し分けてもらって食べた。(写真56)

57

私はパスタの量が多すぎたので、小学生に食べてもらった。みんなで分け合って食べ、最後は小学生が「頑張る」と言いながら、きれいに食べるのをみて大笑い。


外はいつの間にか夕日になっていた。(写真57)


エキシビションで大会すべて終了 シンガポール国旗


夕日を受けて輝くマリーナ・ベイ・サンズを眺めながら、海辺の遊歩道を歩き、タクシー乗り場に向かう。

夕方からのエキシビションを観るために、大会会場に行くのだ。ちょうど夕方の散策時間になったのか、タクシー乗り場には長い列ができていた。タクシー乗り場はロータリー形式になっているのだが、駐車スペースはなく1列で回ってくるだけ。そしてそこにはタクシーだけでなく、一般車も入ってくる。止まった車からたくさんの人が降りてきたり、荷物を出したりしている。何台もの一般車の間にようやくタクシーが来るという状態だから、タクシー待ちの列はちっとも進まない。ジリジリと進んでいってようやく乗れた時には開始時間に間に合うかギリギリの時だった。


マーライオン公園と大会会場は、距離的にはそう遠くないのだが、車は遠回りしていかなくてはならない。大きな通りも一方通行が多いから。

それでもなんとか走り込みセーフと、会場に急ぐと、そこはのんびり開場を待つ人たちで溢れている。いや。のんびりではない「まだか、まだか」というイライラが感じられる。私たちは「急がなくても十分間に合ったね」と笑い合う。


中国、インドネシア、マレーシアなどの珍しい舞踊、プロのバレエ、審査員のソロなど、エキシビションの演目は多く、楽しめた。

民族舞踊は物珍しさもあり、衣装の豪華さなども目を引きつけて楽しいものだったが、バレエ、コンテンポラリーは、生意気なようだが、まだまだという気がした。

審査員の踊りは全て男性のソロ、コンテンポラリー風の激しい踊りや、どこか精神的な抑えた動きの中に激しいエネルギーを秘めたものなど、見ごたえがあった。


全て終了した時はかなり遅い時間になっていたが、私たちは暗い中を歩いてホテルに帰った。

明日は1日自由時間で、夜中の便で日本へ帰る予定だ。明日の計画を立て、下見もしてくださっていたというショウ先生だったが、子どもたち全員の強い希望で明日はユニバーサル・スタジオ・シンガポールに出かけることになった。もちろん孫も大喜び。

歩きながら、ホテルの隣のビルで買い物もしようと賑やかだ。隣のビルには日本のお店がたくさん入っていて、私と孫も買い物に行ったり、食事をしたりしたが、地下に入って見なかった。初めて入った地下はスーパーになっていて、シンガポールのお土産も並んでいた。全ての大会の予定が終わったので、ようやくみんなもお土産を買う気分が盛り上がったみたいで、賑やかに話しながら選んでいる。

58

孫も、家族に、お世話になっているバレエの先生にと、頭を悩ませながら選んでいる。家で待つ兄貴や弟に、パパやママに、そして近所に住む祖父母にと、考えるのは楽しそうだ。スーパーなので、食品が主だから、兄と弟のものは明日のお楽しみにして、チョコレートや木の箱に入ったティーセットなどを買っていた。

私も味見したいものを選んで買ったが、夫にビールを買おうか迷っていた。「荷物になるからいらないよ」と言ってはいたが、1缶くらいはいいだろうと思ってビールの並ぶ棚を見回すが、シンガポールのビールが見つからない。私が棚の前でウロウロしているとやってきた孫が見つけてくれた。「これ、シンガポールって書いてあるよ」。(写真58)

こうして夜の買い物も済ませ、私たちはホテルの部屋に引き上げた。

明日はゆっくりの出発だ。


ユニバーサル・スタジオ・シンガポール シンガポール国旗


シンガポール最後の朝だ。孫は時間まで寝坊を決め込んでいる。ホテルの朝食バイキングはそれほど品数も多くないので、4日も食べるとなると、飽きてくるようだ。

59

「ホテルで食べる最後の朝食だよ。まだ味見していないのもあるんじゃない」と誘うが、乗り気ではない。ホテルの食事より、隣のビルでパンとお気に入りのコーヒーを買う方がいいと言うので、ゆっくり起きてから、隣のビルへ買い出しに行った。と言っても、朝はパン一個、ヨーグルトは私のセレクト、コーヒーだけが贅沢という簡単な食事だ。

食べてから、荷物を片付ける。朝、部屋をチェックアウトしたら、もうここには戻らない。4泊した部屋で記念撮影をした。(写真59)


荷造りをしたスーツケースは、夕方空港に向かう時までホテルに預かってもらう。まだ丸1日あるので、買い物もすると思う。

「空港で一回開けて荷物の整理をすることになるから、きちんと入れておかないとね」。昨日スーパーで買ったチョコレートなどの箱がかさばるので一生懸命工夫して詰めている孫に声をかけた。衣装や髪飾りなどは借り物なので、汚さないように壊さないように注意が必要だ。そっちは機内持ち込み用の小さなスーツケースに入れるが、大きな方にはなかなか収まらない。私のスーツケースが空いているから入れていいよと声をかけるが、なんとか工夫すると言って頑張る。

結局綺麗に収めることができた。そのスーツケースの中を見てびっくりした。いつも母親に頼りきっていると思っていたが、一つ一つの衣類を丁寧に小さく畳み、しっかり隙間なく並べて詰めてある様子はとても綺麗だ。中国へ留学して、数ヶ月一人きりで過ごしたことも力になっているのだろうか。


60

さぁ、いよいよユニバーサル・スタジオへゴー。ホテルのロビーに集合して、チェックアウト。それから荷物を預けて、タクシーにするか、バスにするか決める。ホテルのフロントでバスについて聞くと、番号でルートが決まっているからと教えてくれた。人数も多いのでタクシーの方が簡単かしら・・・と、乗り場に向かって歩いていたら、目の前に教えられた番号のバスが停まった。

こうなるとつい走る。みんなでそれ行けっとばかりにバスに乗ってしまった。1ドルで〜す」と言われていたので、1ドルを握りしめて並んだが、乗り口で1ドル50セントと聞き、慌てて財布の中の小銭を足す。(写真60)


ところが後になって聞いたのだが、後ろの方に並んだ人は「1ドル50セント」という声が聞こえなかったので、握りしめた1ドルを投入して乗ったそうだ。けれど、運転手さんも何も言わず、乗った人たちも何も不審に思わず、セントーサ島の入り口にあるピボ・シティショップ前のバス停まで乗っていった。おまけに帰りも同じ。おおらかというか、なんというか・・・。


バスの窓からは南国らしい並木などが見え、海岸線の景色に孫も大喜び。到着した日は、もう暗くなっていたので、美しい景色がよく見えなかった。


61

62

さて、ユニバーサル・スタジオ・シンガポールはセントーサ島の中央にある。島へは橋があるので歩いても渡れると、みんなで歩き出したら、頭の上をモノレールがやってきた。「あ、あれでいけるんじゃない」。再び駅を求めて引き返す。(写真61、62)

駅へはビルの中を複雑に登ったり降りたりしながら行く。チケット売り場はズラ〜っと行列。けれど、ここで、ユニバーサル・スタジオの入場券も合わせて買えるので、二度並ばなくて良いから便利かもしれない。


63

ジリジリと列は動き、ようやく自分たちの番になった。係員が私に年齢を聞く、答えると、半額ですとのこと。入場券はかなり高額だから、嬉しいけれど、ちょっぴり複雑な気分。ショウ先生が、私もあと少しなのに・・・と悔しそうに言われるので、みんな大笑い。入場券は、遊具の乗車券も兼ねているから、あまり使わない私などはつい高価と思ってしまう。

そんなことを話しながら、パンフレットを見る。子どもたちも賑やかに乗り物の選択をしながらモノレール乗り場に向かった。原色いっぱいのビルの中を通って駅に到着。モノレールは何色もあって、私たちが乗ったのは明るいブルーだった。(写真63)


64

セントーサ駅についてモノレールを降りるとすぐユニバーサル・スタジオの入り口になる。トレードマークの大きな地球儀がゆっくり回っている。(写真64)


入場口を通ると子どもたちは元気に走っていく。私やショウ先生など、大人は乗り物にあまり興味がないからゆっくり後を追う。入り口には日本語の場内マップも置いてあり(他は英語と中国語)、日本からの観光客が多いようだ。

「きゃー」という凄まじい叫び声が聞こえるジェットコースターの下で、二組に分かれる。待ち時間があまりにも長いからだ。孫は、高校生と小学生と3人で一緒に行動し、激しい乗り物に乗る。私はショウ先生や、保護者、そして激しい乗り物が怖いという二人の子どもたちと一緒に行動することにした。

65

ユニバーサル・スタジオの中にはフリーワイハイがなく、携帯のワイハイを持っていないと電話が通じない。孫は持っているが、私は持っていない。孫と行動を共にする高校生とこちらの保護者が通じるので連絡を取り合える。園内は広く、様々なコーナーのすべての場所で並行してイベントが行われているのだ。(写真65)


孫達をジェットコースター乗り場において、私たちは園内のゆるやかな楽しみはないかと歩いてみる。スリーディ?それともフォー?の飛び出す映画があったので、中に入ってみた。映画の中で怪獣が口から水を吹き出すと、場内にも水が飛んでくる。映画の中で主人公が馬車に乗って走ると、こちらの椅子もガタゴトと動く。なかなか凝っている作りだ。

66

映画を見て外に出たら、ちょうど映画の登場人物が手を振りながら歩いてきた。と言っても、もちろん着ぐるみなんだけど。とても愛嬌たっぷりに手を振りながら歩いていく様子はまさに主人公。貫禄たっぷりだった。後で調べたら、これは『シュレック』という、怪物なんだって。(写真66)


67


そろそろジェットコースターに乗れただろうと、孫たちと連絡を取り、合流した。「すごく楽しかった」と、興奮気味の孫たちとみんな一緒に水の流れに乗ってボートで洞窟をめぐる乗り物に乗った。(写真67)


分かれたり、合流したり、楽しく過ごして、お昼を食べにレストランに入る。セルフサービスのレストラン。大きなピザが売り物らしい。また賑やかに「辛い」「大きい」と笑いながら食事をする。(写真68)

68

テーブル周りは汚れていたり、椅子やテーブルが乱れていたりして、決して上品ではないけれど、エネルギーに溢れていると感じた。様々な言語、様々な顔色の人たちがぶつかり合うようにして動いている。

最近は日本国内でもたくさんの国々の人たちが観光に来ていて、似たような風景にあうことが多いが、ここはその人々が若い。もちろん熟年の人たちだって楽しそうにさざめいているけれど、そして、高齢者だって見かけるけれど、圧倒的に若者が多い。


69

さて、食事の後は再び分かれて、元気な子どもたちは激しい乗り物に出かけ、私たちはゆるゆると園内をめぐる。

待ち合わせの時間を決めてあとは自由に回ったが、孫は怪獣が好きな弟へのお土産をジェラシックパークエリアで買ったそうだ。私は、買い物はしなかったけれど、大きなミニオンと並んで写真を撮ってもらったりして遊んだ。実は、この大きなキャラクターがミニオンということも知らなかったのだが・・・。

「確かこのキャラクター、小学生の孫が好きだったような気がする」と私が言うと、一緒に歩いていた仲間が「写真撮りましょうよ」と、撮ってくれた。(写真69)

70


たっぷり遊んで、みんなで記念撮影もしていよいよ帰る時間になった。(写真70)

朝乗ってきた、セントーサエクスプレスに乗る。モノレールの窓からセントーサ島にお別れ、島の中央に大きなマーライオンが見えている※。シンガポールのマーライオンは全部で5体あるそうだが、そのうち1番大きく、高さ37mとか。体の中にも入れるのだそうだ。(写真71)


※ニュースによるとこのセントーサ島の マーライオンは解体されるそうだ 2019.9

71


みんな少し疲れ気味。けれど、楽しかった1日を物語るように瞳はキラキラしている。

私やショウ先生はチョッピリお疲れモードだったけれど・・・。

バスに駆け込みセーフで乗り込み、ホテル前まで。来るときは空いていたバスだが、帰りは混み合っていて、立っている人が多かった。私たちもホテル前の停留所まで立っていた。


さよならシンガポール シンガポール国旗


ホテルに到着したが、今日は部屋に入って寝るのではない。これから空港へ向かう。大会の人たちと過ごしていたC先生と待ち合わせ、一緒に空港へ向かうことになっている。

少し時間があったので、ホテルの隣のコーヒー店で休むことにした。カウンターで一人一人注文をし、テーブルにつく。店内は空いていた。孫は、このお店のカップでシンガポールデザインのものを買おうと迷っていたので最後になった。私たちがカップと二人分のコーヒーを注文しようとすると、カウンターのお兄さんが「フリー」と言う。「え?タダってこと」そんなはずはないと、よく聞くと、お店のカップを買った人は飲み物が1杯無料になると説明してくれた。

私と孫が、待っていた仲間の席について「1杯無料になっちゃった」と言うと、先に同じようにカップも買っていた子がいて、「え、今からでも無料で買えるかなぁ」と悩んでいる。「聞いてみたら」と言うが、「まぁいいかな」などと諦めムード。

みんなが飲み終わる頃、やっぱりもう一杯もらえるか聞いてほしいと言う。私は一緒に行ってお兄さんに聞くと、お兄さんはニッコリして「OK。ワンモアー、フリー」と、無料で1杯注文を聞いてくれた。インドネシアとかマレーシアとか、この辺りの国の人だろうか、肌の色はちょっと黒っぽかったけれど、笑顔がとてもチャーミングなお兄さんだった。


ホテルから空港までは小さなバンのタイプの車。来た時と同じように通路にもスーツケースを積み込んで出発。


シンガポール空港はやはり緑が多くて、綺麗に整備されている。私たちは、広いロビーの片隅で、荷物を整理する。みんなユニバーサル・スタジオで買い物をしているから、それをスーツケースに詰め込む作業がある。

孫のスーツケースはきれいに詰めてあるので、もう入る余地がない。私のスーツケースにも少し入れてなんとか詰め込んだ。

72

搭乗手続きをすると、出国審査。そして後は時間まで空港内を散策して過ごす。

歩いていたら、中庭の案内があるので、のぞいてみた。ガラスの扉を一歩出ると熱帯の空気が押し寄せる。もう真っ暗なのに、暑い。そこには自然の草花が植えられていて、岩を伝う小さな滝も作ってある。蝶の看板が置いてある。よく見ると、大きな蝶の形にデザインされているのは、パイナップルなどの果物。なんともカラフルだ。(写真72)


しかし、暑い。外気温がこれほど高いとは思わなかった。空港内は空調が効いているので、過ごしやすいのだが。

私たちは早々に建物の中に戻った。


73

孫はもう一つ探しているものがある。兄に頼まれたというマーライオンの置物。今回の滞在ではほとんどホテルと大会場所の往復で過ごしたので、自由な観光時間は昨日の夕方マーライオンを見に行った時と今日のユニバーサル・スタジオだけ。どちらもあまり一般的なお土産はなかった。マーライオン公園にはあったかもしれないが、あそこではお土産探しまでする時間はなかった。

空港内をゆっくり歩いて、見つけることができたので、大喜び。真っ赤なマーライオンが店頭に飾ってあるのを見てびっくりしたりしながらも、ママにトートバック、パパにTシャツ・・・と、楽しそうに選んでいる。一人で大会の準備をしていると大人っぽく見えるけれど、まだ中学生なんだなぁ〜と、微笑ましい。(写真73)


74

お腹が空いたので、何か食べようと食事コーナーに行ってみる。椅子やテーブルが並び、フードコートのようになっているところもあるし、テイクアウトができるところもある。ちょっと広く、ゆっくり座れるレストランもある。一通り見て歩き、何を食べようかと話していたら、一番奥に『うどん』を見つけた。卵などトッピングできるらしい。当地のメニューの間にうどんの写真が混ざっているのに、びっくり。(写真74)

さっそく二人でうどんを買って、テーブルにつく。割り箸もちゃんとあった。

私たちが食べていると、シンガポール航空の制服を着た男性女性がたくさんやってきた。彼らはここで軽く食べて行くらしく、うどんを食べている人もいた。

私たちの乗る飛行機に勤務する人たちかもしれないねと話した。そして、やはりそうだった。機内に落ち着くと、覚えている顔があった。


75

シンガポール空港を出発するのは真夜中。23:55。約7時間飛んで、朝成田に到着する。この日は1日遊んでいたので、疲れて眠るだろうと思った孫はなんだか眠れなかったという。来た時より機内は寒くなかったので、私は借りた毛布をかけて少し眠ることができた。丸1日ユニバーサル・スタジオの喧騒の中で過ごしたので、思ったより疲れていたようだ。

成田に到着前に機内食が出た。眠そうな顔をしながら孫は少しだけ食べていた。座席の前のモニターを見ながら空港で待っているだろう家族との再会が楽しみな様子。(写真75)

■ シンガポールから帰国 ■


76

ついに飛行機は成田空港に到着。(Video) 時差が1時間、成田に着いたのは午前8時過ぎ。荷物をとって、出口に向かうとママとおばあちゃん、そして弟が迎えに来ていた。一緒に行ったC先生やショウ先生、そして仲間たちとさよならの挨拶をして、家族だけになる。(写真76)

空港の端でスーツケースを開け、孫のお土産も出して渡すと、私の役目は終わり。家族と一緒に家に向かう孫と分かれて、私は長野への新幹線の切符を買いに向かった。



シンガポール6日間
2019年(令和1年)7月21日〜7月26日

フライトアニメーションは AppleのiMovie を使用し作成しました。
  • 前の画面


  • サブメニューのイメージ画像 Gallery3 山歩き・花の旅

  • サブメニューのイメージ画像 Gold-ArtBox Home