日が登るのを待ってゆっくり家を出る。冬至間近のこの頃、朝はいつまでも暗い。今日はリュックにスコップを入れている。昨日、近所の山で拾ったサイハイランの株を土に返そうという試み。その場では土を掘る道具もなかったので、そっと袋に入れて持ち帰った。だが、山に自生するラン科の植物は特定の菌と共生するものが多く、サイハイランもそのひとつ、安易に庭に植えたりしてはいけない。そこで考えたのが裏山に移植しようという試み。裏山には自生するサイハイランがあるから、仲間になれるのではないか。
この試みもまた安易と責められるかもしれない。が、ちゃんと山の土に返してあげるのが一番いいような気がした。さてどこに植えよう。裏山に咲くサイハイランは道路端にあって、整備の時にひっくり返されてしまったものもある。もう少し安全な場所はないかと考え、決めた。ゆっくり登って、この辺がいいかなと、用意したスコップで土を掘る。あまり深くは掘らないで、そっと球根ごとサイハイランを植える。「ここならきっと気にいるよね」などと話しかけるのはただの自己満足。それでも「来年は咲いてね」と言いながら立ち上がって、ふと見ると、1メートルも離れていないところに小さなサイハイランの葉が2枚。わぁ〜、お友達がいるよ。夫は「ボクたちサイハイランの気持ちになれたみたいだね」と苦笑い。
大切なミッションを済ませたような気分で粘菌通りに行ってみる。久しぶりだ。森の中には白い部分も多く、いよいよ根雪か。ヌカホコリの胞子を飛ばした跡がある。マメホコリも薄いピンクの胞子を飛ばしている。粘菌も冬支度かなと言いながらじっくり見ていると、赤い軸が見える。これ、粘菌だ。カビがつき始めているけれど、まだ綺麗な子実体もある、キララホコリだ。
久しぶりに重いカメラを持ってきた夫が嬉しそうに構える。小さい粘菌はピントを合わせるのが大変だ。しかも粘菌がいるところは倒れた木の下の地面にくっつくようなところとか、木と木の間の狭い隙間とか、なかなか簡単にはカメラを構えられないところが多い。四苦八苦しながら撮影する。
久しぶりに会う粘菌に満足して、山頂へ向かう。青空も久しぶり、北の山々も見事に見えている。ここから見る飯縄山が一番かっこいいと私たちは思っている。独立峰らしく青空に浮かぶ山容はどっしりと見事だ。右に見える黒姫山、妙高山は飯縄山より高いのだがここから見ると飯縄山に従っているみたいだ。
明日から天気は崩れる予報だ。素晴らしい景色をたっぷり眺めて帰ろう。今日は浅間山もきれいに見える。志賀高原から菅平高原まで続く山並みが青く美しい。寒い季節は空気がキリリと締まるから、見晴らしが良くなる。冬の楽しみだ。
森の中を歩いていると、赤い実が見える。枝にたくさんついているのはウメモドキ。葉が落ちた後も赤い実が残るので庭木にも珍重されているらしい。雌雄異株なので両方植えないと実がつかないらしいが。
この季節、花はないが楽しみは色々だ。見慣れたアカマツの木もこの季節見上げれば、枝先にまだ大きな松ぼっくりがついている。そしてその真ん中に冬芽も伸び始めている。色合いが地味な針葉樹の姿にも目を止めてゆっくり山を降りる。粘菌に会えたので足取りが軽い。
キララホコリを見つけた日から3日目、その後の様子を見に出かけた。あの後雨が降ったので、どうなったか心配だ。今日も昼前から用があったが、朝のうちに出かけた。ぱらりぱらりと粉雪が舞っている。あまりに細かい上に時折日もさすのでダイヤモンドダストみたいに光っている。そんな雪が舞う中をゆっくり登っていく。まずは先日植えたサイハイランに挨拶をする。少し雪をのせた葉はツヤツヤ光っている、元気そうだ。
さて、次は粘菌だ。先日のキララホコリはカビに覆われている。ダメか〜と気落ちしそうになるが、少し離れたところにもう一塊見えた。まだ新しい。どうやらきれいな姿だ。しばらく見惚れてから山頂に向かう。
ちょっと登るだけで白い色が増す。森の中は雪景色だ。これでは展望は望めないねと話しながら山頂に行く。誰にも会わないのは早い時間だからか、ぱらつく雪のせいか。飯縄山も全く見えない、灰色の世界だ。
長居は無用。昼前の用に間に合うように降ろう。少しずつ薄陽がさしてくるから、天気は回復に向かっているようだ。倒れた木々の影に先端に小さく光る水玉をくっつけた糸(胞子を飛ばした粘菌の柄だろうか)が隠れている。見事な透明の球体は直径1、2ミリなのにキラッキラッと光る。一瞬の輝きだからこそ美しいのかもしれない、自然からの贈り物だ。