「戸隠へ行ってこようか」洗濯物を干し終わった私に夫が言う。7時半、出発。ちょっと涼しくなったからか夏の疲れが出た様子の夫と、庭の草取りで腰が痛い私と、二人とも元気はつらつではないけれど、ゆっくり森の中を歩いてくるのは体にもいいだろう。
平日なので道路は混んでいない。森林植物園の駐車場まで35分ほど。一週間前に友と来た時は中社までのバスで来たから時間がかかった。マイカーは時間短縮できてありがたい。
時間が早かったからか、みどりが池は静かだ。野鳥観察の季節には早朝も人が多いが、今は静かな朝の空気の中にレンゲショウマが満開だ。
熊鈴のリーンリーンという音を響かせながら、ゆっくり歩いていく。遊歩道の脇を埋め尽くすノブキの花、チヂミザサの花、そしてズダヤクシュの実、緑濃い中にも秋の気配が感じられる。高台を巡って湿原の木道に降りていく道は、先日友とも歩いた。同じ道に、今日はハナビラタケが顔を出している。
湿原に降りるとサラシナショウマが数本咲き出してきた。たくさん揺れている蕾がみんな花開くとさぞかし綺麗だろう。タムラソウと、タチアザミが紫の群落を作っているところもある。その隙間にレイジンソウの静かな薄紫や、ツルニンジンのぽってりしたクリーム色がぶら下がっている。だが、今の盛りはどこまでも続くミゾソバの白とピンクの金平糖のような花。湿原を覆うように咲いている。
花に見惚れて歩いているが、熟した実がところどころに隠れているのも見逃せない。マイヅルソウの赤が濃くなってきた。ルイヨウボタンは輝く紺色、トチバニンジンの実は真っ赤な丸に黒い模様がついている。夫が見つけたツクバネソウの実は紺色が一つ、おしべの花糸が羽子板の羽のように赤紫色に残っていることも多いがこの子は紺色の実だけだ。
戸隠の森にはオブジェのような見事な大木がたくさんある。幾筋かに巡らされた木道脇にも目を引かれる大きな木がたくさんあるが、入っていけない森の奥にはきっともっともっと見事な木があるだろうと思わせられる。
いつもなら、外周を回って鏡池まで歩くのだが、今日は体調を整える散歩だから、ゆっくり植物園を一周して帰ろうと話していた。随神門へ出て奥社の参道を通って再びみどりが池に戻るコースだ。
ツリフネソウとキツリフネが以前は溢れるように咲いていた道が、広く刈られていて笹が迫っている。ツリフネソウたちは他の場所にもたくさん咲いているけれど、歩く足にくっつくように花々が迫っているこの道も良かったのになぁ。
随神門に出ると、案の定一気に人が増えた。戸隠奥社に向かう観光客だ。人がたくさんいる道はあんまり好きではないけれど、今日はここに咲く花を見にやってきた。道の両脇に流れる水路沿いに純白の花が咲いている。オオシラヒゲソウ、ちょうど咲き出して輝くような白に光っている。
私たちは時々しゃがみ込んで撮影したり、見事な造形に見惚れたりしているが、たくさん歩いている人たちはほとんど横目で見ていくだけらしい。名前の示す通り、花びらの周囲には見事なヒゲが美しいんだけれどなぁ。
さて、奥社の鳥居から再び静かな植物園の遊歩道を歩いてみどりが池に戻る。水辺には綺麗なブルーのイトトンボがスイスイと飛んでいる。みどりが池には小さなカイツブリが水に浮かび、時々潜ってはどこからかまたポッカリと顔を出す。今は子育ての真っ最中らしい。しばらくカイツブリの潜水を眺めてから駐車場に向かう。
私たちが駐車場に着くと、前方からレンジャーさんがやってくるのが見えた。何回か観察会に参加して、教えていただいたことがたくさんある。今年は戸隠に行く機会が少なく、お会いするチャンスがなかったから、この偶然の出会いに大喜び。しばらく自然の話が盛り上がる。
何かありましたかと、お互いに情報を交わす。今年は楽しみにしてきたアケボノシュスランにたくさん会えましたと言うと、一時ずいぶん減ってしまったけれど、今年はだいぶ復活しましたとレンジャーさん。確かにここ数年ほとんど見なかったけれど、今年はかなり個体数が増えて嬉しいことだ。一方で、ほとんど見られなくなった花のことも聞いた。私たちは今日ミヤマウズラを一株しか見つけることができなかった。年によって変化はあるだろうが、いつまでも豊かに咲いていてほしい。
ゆっくり歩いて森を楽しみ、レンジャーさんとの出会いもあり、自然の豊かさをたっぷり味わった戸隠散歩となった。
関連した花の旅