年度末というのは何かと用が重なる。すでに引退したはずなのに・・・生きている限り何かと係わりが途絶えないのは、社会の中にある人として当然のことかもしれない。
晴れたと思うと用があり、今日は一日暇だと思うと雪が降る。なんという皮肉な巡り合わせ。これを日頃の行いのせいにするつもりもないけれど、なかなか花を見にいくことができないのは辛い。
ようやく晴れた空の下、お彼岸なのにたっぷり降った雪の様子を気にしながらも、出かけてみることにした。今回の雪は長野では5cm以上積もって、しかもまだ溶けていない。南の方は大丈夫ではないかと淡い期待を持って出かけたが、またもや南の方に雪は多かった様子。
しなの鉄道の戸倉駅まで走る電車の中で、山の斜面を見ながら私たちの期待は少しずつ消えていった。白い斜面が多い。
戸倉駅から歩き始めると、だんだん雪が見えてくる。北斜面も、日陰になっている山道もまだ凍っている。
3月の初めに見にきた時(※)はセツブンソウの蕾がたくさん雪の下で頑張っていた。今度は満開の様子を見ようと楽しみにしていたのに・・・。満開ではあったが、みんな雪帽子を被っている。セツブンソウを見にきたのはもちろん今年だけではない。何度か足を運んだけれど、この時期にこれほどの雪に覆われているのは初めてだ。
私は斜面一面にセツブンソウの花が揺れているのを見たかったのだが、皮肉なことに斜面一面に雪が積もって白く光っている。だが、近づいてみれば雪の下からたくさんの花が健気に光を求めて顔を見せている。白い萼は濡れてすぼみながらも、半透明になってキリッと広がっている。中には氷の珠を乗せているもの、雪の塊を乗せてなお倒れずに頑張っているのも多い。自然はいつも最高の条件の中にあるわけではないと教えてくれているようだ。
雪の溶けたところには小鳥が歩いている。何をついばんでいるのだろう。ツグミはあっちへ行ったりこっちへ来たりと忙しそうだ。小鳥たちも多い。木々の間を飛び交っている。シジュウカラの綺麗な白と緑の姿は分かるのだが、動きが早い小鳥の名前はわからないことが多い。枝の先にぶら下がるようにして何かを突いていたり、ターザンのように細い枝をしならせて下へ移ったり、その動きは見ていると飽きない。
一面白く見える雪の斜面だが、積もっている量はそれほど多くない。日当たりが多いところはわずかに白いレースが広がったようになって、その間には一面にセツブンソウが花開いている。3月の終わりに降った雪は湿り気が多い重い雪、セツブンソウの白い萼は水分を乗せて半透明になっているものも多い。
先日見つけた一つの茎から二つの蕾をのせているものを、もう一度、今度は咲いている姿を見たいと思ってやってきたが、残念ながら今回は見つけることができなかった。
セツブンソウはキンポウゲ科の日本固有種の花。石灰岩地を好むせいか、自生地が減って、今では絶滅危惧種の仲間入りをしている。花びらのような白い5片の萼と、退化して目立たない黄色い蜜腺の花びらと、多数ある青い雄しべに囲まれたピンク色の雌しべは2個から5個、小さいのに華やかな色が重なって目を引く。花が終わる初夏には地上部分が消えてしまうスプリングエフェメラルだ。
群生地を一回りして、入り口の戸倉宿キティパークに戻る。今日は雪が溶けるのを期待して遅く出てきたから、もうお昼を過ぎている。キティパークで見晴らしを楽しみながら、カバンの中に入れてきた煎餅をかじろう。日向の斜面にあたるキティパークには雪がない。遊具の周りで子供たちが走り回っている。
キティパークは桜の名所、広々とした山の斜面には桜の木がたくさん植えられている。だが、まだ蕾は硬そうだ。
足元にはオオイヌノフグリ、ホトケノザ、ミチタネツケバナなどの小さな花が一斉に開いている。
見下ろすとしなの鉄道の線路に行き来する電車がおもちゃのように見える。目の前の冠着山、三峯山が近いが、その奥にまだ真っ白な北アルプスの峰が頭を出している。さっきまでいたセツブンソウ群生地の真っ白な雪の斜面は何だったのか、まるで騙されたようなポカポカ太陽の下で小さな小さな花を見ながら煎餅をかじっていた。