箱根の山は何度もの火山活動によってできたらしい。50万年も前の噴火活動で金時山、明星ヶ岳などができ、その後小さな火山活動が続いて現在の古期外輪山と呼ばれる(金時山など)形を作ったという。5万年前から中央の神山などの山の活動が始まり、駒ヶ岳や冠ヶ岳、中央火口丘などができる活発な火山活動があったらしい。その後も火山活動が続き3千年前には冠ヶ岳が噴火、大涌谷、仙石原、芦ノ湖などができたそうだ。
現在の箱根山の形ができてからしばらくは安定していたのだが、2015年春に大涌谷を中心にして再び火山活動が活発になったことは記憶に新しい。
この広い山岳エリアは、江戸時代には京と江戸を結ぶ主要路、東海道の難所と知られ、近年は一大観光エリアとなっている。神奈川に住んでいるときはドライブをしたり、登山鉄道の旅をしたり、また仕事関係でも度々訪れたところだが、登山鉄道を利用して、湯坂路を歩いたのは実は2度ほどしかない。緩やかな気持ち良い道で、途中の滝や山道もなかなか爽やかだったのだから、もっと何度も歩いてみたかったと、離れた今になって思う。
小田急線で箱根湯本まで行き、登山鉄道に乗り換える。スイスのサン・モリッツの鉄道とそっくりの真っ赤な登山鉄道が森の中を登って行く姿はシャープでオシャレな感じがする。強羅まで乗って大涌谷方面へ足を伸ばしたことも多い。また、一つ先の彫刻の森で降りて美術館を歩いたことも何度かあるが、この日は小涌谷駅で降りる。駅からすぐ山道へ入って歩き始める。10時25分、まだ冷たい空気の中を千条(ちすじ)の滝に向かって歩いていく。
首都圏から2時間もかからずにやってくることができるとは思えないほど、森が気持ち良い。森の空気を味わいながら20分も歩くと美しい千条(ちすじ)の滝が見える。
蛇骨川上流に位置するこの滝は、横に長く広がった垂直の岩に細い水の流れがいく筋も落ちている。黒い岩には一面に苔やシダが生え、その岩肌を伝って絶え間なく落ちる幾筋もの細い水の流れは白く光っている。
気持ち良い滝の前でしばらくたたずみ、清涼な空気を味わう。滝壺の水に触ってみるとブルっとする。「冷たい」と声が出る。滝壺付近でしばらく遊んでからようやく腰を上げ、鷹巣山を目指して歩き始める。
鎌倉古道とも呼ばれる湯坂路は緩やかに山を登って行く。古の旅人が多く歩いただろう、幅広い道だ。鎌倉時代に整備されたと案内には書いてあるが、鎌倉時代以前は足柄峠を越えていく足柄道が主要な路だったらしい。湯坂路は源頼朝が箱根権現への参拝のために整備したそうだが、三島方面へ抜けるにもこの道が近道となったため、ここを歩く人が増えたという。鎌倉時代から江戸時代までは箱根越えの主要道路だったようだ。
鷹巣山は標高834m、広々としていて、駒ヶ岳や神山などの箱根中央の山並みが見える。3月初旬の箱根は空気が冷えてキリッとしている。日陰には霜が高い。それでも春は近づいている。アオキの実が赤く変わってきた。
木々の梢には花芽が膨らみ、ほの赤く日差しを浴びている。森の中を歩いてきた道からは展望がなかったが、山頂からは大きく箱根の山が見えている。小さい子供を連れて歩いたが、いつかもう一度行ってみたいと話しながら眺めていた。
鷹巣山からは湯本までのんびりと降り加減で歩いていく。広々とした尾根沿いの道は木がなく気持ち良い道だ。ここは防火線(山火事延焼防止帯)なのだそうだ。
浅間山を越え、湯坂城跡を越えて国道1号線に出る。白いアーチの旭橋を渡って箱根湯本駅まで歩く。駅前の商店街を少しだけ散策する。
名物の蒲鉾のお店をのぞき、日常では迷う少し高価な蒲鉾をゲット。山道を歩いて高揚した気分が日常の枠をちょっぴり越えて美味しいお土産となる。箱根名物のお饅頭も買い求め、遠足気分で帰りの電車に乗った。
連休はどこも混むから車で出かけるのは躊躇する。しかし少し暖かくなった気持ち良い山道をのんびり歩きたい。行きたいところはたくさんあるが、渋滞する道路は避けたい。電車で行けるところがいいと考え、駅を降りたらすぐ山道に入る箱根湯坂路に向かった。
仕事が重なって疲れ気味だったので、ゆっくりハイキング気分を味わえるところにしようと考えた。前に歩いた小涌谷で電車を降り歩き始める。千条の滝は変わらず美しい白糸の流れを見せている。この滝の前に立つとホッとする。
滝を後にして鷹巣山への分岐まで森の中の道を進む。5月というのに、山の上にはまだ桜が咲いている。ソメイヨシノではないけれど、ヤマザクラの仲間だろうか名前はわからない。ピンク色の濃い花が大きな房になって樹上を飾っている。若葉の緑と柔らかな花のピンクが広がる様子を見ていると、まだのどかな春の真ん中に立っているようだ。季節は春から夏への移り変わり、目をひく自然の姿が春の名残だったり、夏の初めだったりして、一つ一つが染み入ってくる。カエデの緑も光を受けて空気を揺るがせているが、初夏の柔らかな緑だ。
この日は鷹巣山へは行かずに湯坂路を辿って湯本方面へ進む。数年前に神山から冠ヶ岳、駒ヶ岳と、いつか行きたいと思っていた箱根中央部の山々を歩いてきた(※)ので、鷹巣山からその稜線を振り返るのも良いと思ったが・・・この日はゆっくり休みながらの山道を楽しもうと考え、湯本方面への道をとった。
南から北へ、標高の低いところから高いところへ、少しずつ変化していく春から夏への暖かい空気は山上にも豊かで、マムシグサや、ナツトウダイの花が、緑がかった地味な花を咲かせている。トウダイグサの仲間はよく似た杯状花序という形の花をつけるが、中ではナツトウダイが一番早く花をつけるようだ。トウダイグサは街の中でも見かけることが多い花だ。
浅間山近くの広々とした空間で休憩。気持ちが良い広場にはちらほらとハイカーの姿が見える。防火線の広い草の上に座り、おにぎりを食べる。この日のデザートはバナナ。同じように座って食べているグループもちらほら見える。暑くもなく寒くもなく、こんな日はピクニック気分で楽しめる低山ハイクがいいのかもしれない。
森の木々の下にはクサボケの真っ赤な花が燃えるように広がり、ミヤマシキミの雄花も怪しく赤い小さな火花を散らしている。
休んだ後はのんびり歩きを続ける。このコースには地図上に城山743mという地点があるが、標識がないので、なんとなくここかなというピークを越えていく。湯坂山546mの山頂を踏み、さらに降っていくと湯坂城跡の看板が立っている。小高い頂には昔の山城跡がたくさんあるようだ。狭い土地だからこそ、豊かな地を取り合って戦が続いたのか、日本のいたる所に昔の山城跡があるようだ。
ここに建っていた湯坂城は室町時代に築城された城という。その後北條氏が箱根一帯に築いた城と合わせて整備したとのこと。いつの歴史を紐解いても、人間は戦い続けてきたらしい。虚しいという概念を真に学ぶことはない生き物なのか・・・などと、ちょっと感慨深い息を吐く。
さて、ホワホワとした新芽の中を歩いて湯本に向かう。今日の空気はセンチな気分を払ってくれる柔らかさだ。
見上げるとカエデの花がぶら下がっている。注意して見ないと見過ごしてしまうような小さな、そして葉の色と似た花だ。この花が実るとミニミニ竹とんぼになって風に乗って飛んでいく。カエデは実が遠くまで飛ぶうえに着床がいいのか、気がつくと庭に芽を出している。山にも庭園にも好まれるカエデだが、その種類はとても多いらしい。このきれいな緑のカエデはなんという種類かわからないが、一面の若緑がとても素晴らしい。カエデの茂みの中に潜ったところを夫がハイパチリ。小さな花を見て自然の造形の妙に感動したり、緑の重なりと明るい陽の光のゆらめきに感激したり、山の中の時間は濃く厚く過ぎていく。
ゆっくり歩いて、湯坂路の終点は国道1号線、通りに降りるとすぐ大きなアーチの旭橋を渡る。箱根湯本駅までは今日の山の話をしながら余韻に浸っていこうか。