朝、新聞を読んでいた夫が「飯山へ行ってこよう」「ただ行くだけじゃつまらないから近くの山を歩いてこよう」と言う。国道117号線沿いにある道の駅千曲川がリニューアルしたそうで、そこにスポーツ用品店も開店したのだそうだ。
一番近い山は・・・と地図を見ると信越トレイル上の黒岩山、以前から気になっていた山だから、行ってみようか。信越トレイルは斑尾山から今は苗場山まで伸びている。その長いトレイルを歩くのは何日もかかるだろうが、私たちはそのごく一部だけを何度か訪ねて歩いている。地図を見ると、車が停められる桂池から黒岩山までは1時間程度の散歩道らしい。紅葉の中を散歩して、帰りに道の駅を見てくるのも良いだろうと、8時前に家を出た。国道18号線を北上し、途中から豊田方面へ道を分ける。豊田からは飯山まで一本道だ。国道117号線を走り、飯山線信濃平駅あたりから山へ向かって登っていく。
目指す黒岩山は全山国の天然記念物に指定されているという珍しい山岳だ。この山にはギフチョウ、ヒメギフチョウが混棲しているそうで、その保存のために植生が守られているのだそうだ。
ギフチョウたちが群れ飛ぶかもしれないこの山に、冬が近いこの季節に訪れようという物好きはいないらしい。麓の集落から登り始めて山を歩き、昼過ぎにまた降りてくるまでついに誰にも会わなかった。
登り道はカーブの多い狭いところもたくさんある道だったので、すれ違いがなくてとても良かったのだけれど・・・。 豪雪で知られるこの地域の山道は冬季閉鎖になるということだが、集落を過ぎて山道に入るあたりに看板が立っていた。あと一週間で冬季閉鎖になるとのことだった。思わず「よかったね」と話しながら登っていく。以前下調べをせずに鍋倉高原に入って、冬季閉鎖のため途中で車を停めて歩くことになってしまったことがあったから(※)。
顔戸地区という珍しい名前の看板が立っている。黒岩山山腹のかなり上の方まで顔戸地区が続く。
桂池の周囲に何台か停められる駐車場があるらしいと調べてきた夫と見回すが、池の周りには林道が続いているだけ。少し幅広くなってかろうじて2台くらいは停められそうなところがあるので、そこに停める。桂池はかなり水位が下がっているようだ、池の淵に露出した水に覆われている時もありそうな斜面が痛々しい。だが、池の周囲は見事な紅葉だ。少し遅かったかな、梢の先は裸の枝が見えている。
靴を履き替えて、池のほとりを歩き出す。湿った落ち葉が積もっている道は足に優しいが、ところどころかなりぬかるんでいるので要注意だ。ぬかるみにはまり込まないように注意しながら池のほとりを歩いていくと、林道から山を越えてきた道と合流する。信越トレイルの入山者調査らしく、通る時に押すカウンター数取機が置いてあったので、二人で押して通る。
ブナの木が増えて頭上は赤や黄色の色彩爛漫だ。緩やかな山道が続き、まさに紅葉の中の散歩。足元に残る秋の花を見つけたり、もう残り少なくなったような木の実、草の実を見つけたりしながら歩く。 「熊さんだけは出なくていいからね〜」などと、誰もいないのをいいことに大きな声で話しながら歩く。今日は熊ベルをぶら下げてきた。最近熊に襲われたという事件が多い。山は実りが少ないのだろうか、熊が郷に降りてきているらしい。
時々声を出したり、熊ベルを大きく鳴らしたりしながら歩いていくと、水面に光を反射させている小さな池が見えてきた。池の周囲は鬱蒼とした森、紅葉で見事だ。ずっと眺めていたい。ところが地図を見ると、熊ノ巣池とある、なんという名前だ。確かにこの辺りには熊さんも散歩していそうだ。私たちは「熊さん出て来ないでね〜」と言いながら、池の周囲の紅葉を眺めた。ほとりは湿り気が多いのか、倒木に巨大なキノコを見つけた、両手を広げても覆いきれないほど大きい、揚げ煎餅みたいなこのキノコはマスタケと言うそうだ。
熊ノ巣池から少し登ると稜線に出る。稜線といっても谷側に低木が並んでいるのであまり見晴らしはない。両側の木に阻まれて風がなく暖かい。のんびり歩いていくと最高点らしいところを過ぎ、道は緩やかに降り始める。右奥にもう一つのピークが見えている。あそこには三角点があるそうだ。黒岩山には山頂標識が無いというから、この辺がきっと山頂だね。わずかに先へ進むと、小さな四阿が見えてきた。五角形のなんだか可愛らしい建物だ。建物の中に文字がかすれて見えなくなった板が置いてある。なんと書いてあったんだろう。文字がかすれているうえに2枚に割れてしまっている。黒岩山と書いてあるのかな、ちょっと違うような気もするけれど。四阿の名前かな。
四阿の前からは展望が開ける。真下に千曲川に沿う飯山の町が広がり、その向こうには野沢温泉方面から志賀方面の山々が続く。そして目の前に高社山が近い。
私たちが四阿にリュックを置いて見晴らしを楽しんでいると、雲間から陽がさし始め、青空が広がってきた。陽がさしてくると紅葉が一段と鮮やかになる。四阿に座ると五角形の紅葉が見える。しばらく煎餅を食べたり紅葉を眺めたり、四阿の周りを散策してから戻ることにした。
山頂表示はないけれど、稜線の一番高いところでバンザイ写真を撮ってから緩やかに降る。熊ノ巣池は陽があたって青く輝いている。湖面には落ち葉がたくさん浮いて賑やかだ。あまり人がたくさん来ないからだろうか、道には動物の糞が残してある。そしてなんとなく獣の匂いがする。
帰りは桂池のほとりを回らず、ブナの森を越えて林道に降りる道を歩いた。ブナの黄葉は終盤になってきたが、なぜか深く暖かい感じがする。この空間にいることが気持ち良い森だ。さまざまなキノコの形や色を楽しみ、残っている木や草の実を見つけたりしながら一つ小さなピークを越えると林道に降りる。降りたところには清水が涌いているようだ。地図には太郎清水とある、苔むした水溜にはしかし水が溜まっていない。今年の猛暑で、ここの水も少なかったのかもしれない。あとはもう、すぐそこが桂池。キンクロハジロが群れで水面に筋を描いている。
太陽の光を受け、華やかに輝く紅葉の中を下って、飯山の道の駅に向かう。リニューアル開店とあって賑やかだ。笹寿司と猫型のケーキを買って芝生の上のテーブルでお昼を食べよう。目の前には千曲川、その向こうは奥志賀から野沢温泉に続く山々の稜線が見える。暖かい陽に包まれてなんだか眠くなってきたぞ。