私たちは気が早いのか、季節の読み方が下手なだけなのか・・・。朝曇りの空が少し青くなってきたので、山の花を見に行こうかと大急ぎでおにぎりを作って出発した。目的地は、二転三転した結果、鍋倉山になった。長野より南の山も候補に上がっているのだが、私たちはどうも北指向が強いようだ。
家を出たのは8時になる前、飯山市街地を抜けて、県道95号線を登り関田峠を目指す。新潟県との県境の峠だ。ところがしばらく登ると、道路に「冬季閉鎖」の看板が。「えーっ、まだ閉鎖なの?」看板の手前には10台は停められそうな駐車地もあり、車が1台停まっている。「仕方ないね。ここから歩こうか」。
登山靴に履き替え、のんびりと出発、9時20分。目の前の斜面には大きく残雪が残り、木を押し潰している。左奥にまあるい稜線が見えるのが鍋倉山だ。木々の間に白く残雪が見える。
「かなり残っているね」「山頂まで行くのは難しいかもしれないよ」「ここから歩くからね」「茶屋池周辺の散策で、お花を見てくるだけでもいいんじゃない」。
私たちが話しながら歩いていると、向こうから夫婦らしい二人連れが降りてくる。「この辺から登れるところを知りませんか?」と聞かれた。「残雪がもっとたくさんあると思ってきたけれど、少ないので、藪漕ぎになってしまうから帰ろうと思って・・・」と言う。昨年はこの辺りの斜面の残雪を直登して登ったと笑う、豪傑だ。そして驚いたことに、「この道路は今日、開通するらしいですよ」と言う。二人は、開通が何時かわからないので、今日は帰りますと言いながら降って行った。
二人と分かれて、私たちはそのまま進む。今のところ車の気配はまったくない。車道を歩くのはつまらないのだけれど、車が来ないと分かっているので真ん中をのんびり歩いていく。新緑がきれいだ。所々に沢が現れ、激しい勢いで小さな滝になって流れている。雪解けの今が、一番水量が多いのだろう。
崖には色とりどりに花がこぼれている。真っ赤なユキツバキ、濃いピンクのムラサキヤシオ、タムシバの花びらは萎れていても大きい白、ムシカリの白は5個の花びらを絵に書いたような形で落ちている。見上げると、梢にはまだたくさんの花を開いているのに、まず土の上に落ちている花を見てしまうところが我ながら笑える。木の花は春一番に太陽の光を浴びて咲き出すが、小さな目立たない花も多い。
こずえを見上げながら歩いていると、崖の方でガサガサと音がする。大きな蛇だ、シマヘビかな。蛇は急いで逃げるけれど、頭が隠れたところで止まるのをよく見る。この蛇くんも頭が隠れたところで止まった。夫が笑いながら「しっぽが出ているよ」と言う。
大きなブナの木に喜び、道の端に一面に続くフキの花に遊び、誰もいない広い車道歩きはなかなか面白い。
しかし、もちろんそれだけでは不満足。1時間ほど歩いて、ようやく茶屋池に到着した。ちょうど稜線の向こうからガスが流れ、幻想的な雰囲気にあふれている。湖面に流れる霧を楽しんだり、鳥の声に耳を傾けたりして、池めぐりの登山道に入ろうとしたら、なんと車が走ってくるではないか。後ろには大きな看板らしいものを積んでいる。「あ、開通したんだ」「残念、ちょっと遅かったね。いや、早かったと言うべきか」。
「車、取りに戻ろうか」とジョークを言いながら、茶屋池めぐりの登山道に入ると、残雪がまだ大きい。雪を越えていくと、葵の葉がたくさん散らばっている。コシノカンアオイかな、それにしては葉が小さいみたいだけど。新しい葉が開きかけている。葉の根元を覗くと、あった。コロリと花が転がっている。地味な赤茶紫(なんて色あった?)の花が雪に押されて少し潰れ加減になって、幾つも転がっている。
ブナの新緑に包まれるとどうしてこんなに気持ちがいいのだろう。太くて頼りがいのありそうな幹。地衣類によって模様がつけられているのが楽しそうにも見える。一本一本の顔があるようで、親しみを感じる。
ブナの木の間に茶屋池の水面が光っている。向こう岸に被さるように残っている雪も見える。しばらく歩くと足元に華やかなオオイワカガミの花。森の斜面には一面に大きな葉が広がっていたのだが、まだ少し早いようで、蕾がツンツンと伸びていた。池のほとりに近いそこは日当たりが良いのか、花が開いている。私たちは水辺に続く散策路を見つけ、池の水面すれすれの道を先へ進んでみた。オオイワカガミはもちろん、ショウジョウバカマもまだたくさん咲いて湖面に写っている。
水辺の花を楽しんでから、再び森の中の道に戻り、分岐から稜線の登山コースへ向かう。倒れた木に塞がれた道を跨いだり、くぐったりして一登りすると、目の前は真っ白。ちょうど流れてきた霧に覆われて何も見えなかったのだが、霧が去っても真っ白だった。そこにはもう一つの池と、森の地面を覆う残雪があった。
地図には『残雪時には池になる高層湿原』とある。標高1100メートルほどの地点。池の周囲は雪の中に消えているので、どこまで池かわからない。それより遠くの残雪を歩こうと思うと、横になぎ倒された木々の藪で進むのが大変そうだ。大きく池を回った向こうの藪の中に稜線へ出る道らしき広がりが見えているが、その辺りも残雪に覆われている。
この状態では花は望めなさそうだから、今日は鍋倉山登りはやめようと決めた。ブナの森の空気をたっぷり楽しんで帰ろうと、再び池めぐりコースに戻り、分岐から先へ進む。コースが池から離れ、山へ入っていくと残雪の道になる。もう一つ奥にある登山道への分岐の辺りは一面の雪。ブナの柔らかい新緑が雪の上では一段と引き立つようだ。
雪の山道を登ったり降りたりして進む。左下には茶屋池の湖面が見えている。雪が少なくなってくると、池は近い。崖にイワナシの花がしがみつくように咲いている。
池のほとりの方から、話し声が聞こえる。歩き始めてすぐ二人連れと分かれてから、人の気配は全くなかったのに、なんだか賑やかだ。「道路が開通したから、車で上がってきたのかな」「みんなちゃんと調べてくるんだね」などと、ちょっぴり恨み節みたいなことを言いながら池畔に降りていくと、私たちと同じような老人が3人お弁当を広げてピクニック。髭の男性二人と女性一人、真ん中の大きな箱に入っている海苔巻きおにぎりの多いこと!3人でみんな食べるのかなぁ・・・。
その3人は時々ここまでお昼を楽しみにやってくるそうだ。今日10時過ぎに開通したばかりなんですよと話すと、「え、ラッキーだったなぁ」との返事。知らなかったんだ、私たちと同じじゃない。
ゆっくり出てくれば開通には間に合ったかもしれないけれど、こんなにのんびりとした『山歩き二人じめ』はできなかったかもしれないよね。負け惜しみかもしれないことを話しながら、少し下の大神楽展望台で私たちもおにぎりを食べる。
さぁ、再び車道歩き。まだ新しい蕗の薹を探して、摘みながら歩く。今晩のおかず。車道を歩いていると、3人が乗った車に追い越された。窓から盛大に手を振っていく。
私たちもようやく車に到着。朝はロープが張ってあった車道だが、今は取り払われている。
車に乗って降っていくと、道の傍に彼らの車が停まっているが人は見えない。何をしているのかなと話しながら、追い越した。そして今度は私たちが湿原の脇に車を停めて花を見ていると、また追い越された。楽しそうに挨拶していく。
標高が下がると、頭上にウワミズザクラの白い花が右にも左にも。そしてその下にはタニウツギのピンクが満開、車の中からも楽しめる。だが、降りて歩くと地味な花が咲いていることに気がつく。コマユミの小さな緑の花は、車からではなかなか見つけられない。道路脇の湿原には、サワオグルマの花がたくさん咲いていて黄色い華やかな空間を作っていた。
今日は上りでも降りでも、楽しそうな人たちに会ったね。それにしてもあのたくさんのおにぎり、3人でみんな食べたのかな?しばらくは我が家の話題になりそう。