やっぱり、行こう。
「一日経ったくらいじゃ変化しないかな、いや成長は早いというからどうかな」。髻山で粘菌の未熟子実体を発見した(※)翌日は一日そわそわして、その翌日はやっぱり我慢できなくなって出かけることにした。
8時20分に家を出る。日曜日の朝は渋滞もなくスムーズに駐車場に着く。靴を履いて歩き始めると、りんご畑には収穫作業をする農家の人が働いている。「おはようございます」と挨拶をして通り過ぎる。りんごがいっぱい入ったコンテナを摘み重ねて忙しそうだ。 一面に揺れるススキの穂の向こうに髻山が見える。志賀方面は一面の霧に朝の光が当たっている。
ガマの穂やアシが揺れる水辺を通って山道を少し登ると目当ての粘菌がいるはず。二日前に見つけた時は白い照明のように光っていたが・・・。
倒れた木の洞をのぞく、あれ、いなくなったかな。もう一度近づいてじっくり見ると、いた、いた。なんと、真っ白だった子実体は濃い茶色に変化していた。茶色だけれど、艶やかに光っている。全体の大きさが1mmくらいか、あまりに小さい上、茶色ではすぐに見つからないのも仕方ないだろう。たった2日間でこんなに変わってしまうのだから、目が離せないではないか・・・困ったなぁ。
ぶつぶつつぶやきながらもう少し上まで行ってみようと歩き始める。時々青空がのぞくが、すぐに雲がかぶさってくる。いよいよ冬型の気候になってきたようだ。南の空は晴れていても、北の空には黒い雲が広がっているようになると、雪も近いだろう。
だんだん空気が冷たくなってきた。「山頂まで急いで行って帰ろうか」などと相談しながら苔むした森の中の道を緩やかに登る。馬洗いに着いた。今はあまり水の量も多くなさそうな沼地のようなところだ。小さな看板が立っていて、それによると、300坪ほどの窪地「池平(いけびら)」のここにはかつて池があったそうだ。
底には切石が敷いてあり、上杉謙信の軍馬の足を冷やすのに使ったところだから「謙信馬洗いの池」と呼ばれているそうだ。
馬洗いの池と並んで「泥の木古墳」の看板も立っている。しかし見上げると縦横に倒木が重なり合っていて、これまでとても登ってみる気にはなれなかった。
しかし、この季節なら登れるかもしれないね。私たちの遊び気分がむくむくと動き出した。行ってみよう。幸い斜面には棘のある木が少なく、草も枯れたこの季節ならではの藪歩きが楽しめる。
山頂は小広くなっていて、「石室だったところだろうか、一部が窪んでいる。
草が枯れてしまった山肌は小さな生き物の宝庫だ。倒木の影をのぞきながら歩き回ると、いたいた。粘菌らしい小さな生き物が。 小さすぎて撮影するのは難しいが、ルーペでのぞくと丸く光っている形が可愛らしい。
大きな切り株にはミツバツチグリかちょっとはっきりしないイチゴのような葉が青々としていて玄関先に飾っておきたいようなオブジェになっている。自然の造形は素晴らしい。
切り株の洞の中をのぞいてみると、ミツバの葉の匐枝(ふくし)が洞の中を伸びている。そして洞の奥にぽちぽち顔を出しているのはロクショウグサレキン、濃い青緑が綺麗なキノコだ。
最近粘菌の魅力に惹かれている夫だが、魅力を感じるのは粘菌だけではない。植物、動物、キノコなど、その分類は人間が勝手に行なっているが、まだまだ知られていない生き物がこの地球上で共同生活をしている。未知のものが解明されるたびに分類も変化することがある。学者でもない私たちにはついていけない部分が多いけれど、身近な自然の中に魅力的なものを発見して、それを見守っていくことができれば楽しいと思う。
泥の木古墳から馬洗いの池の奥へ降り、一回りして降ることにした。春に花を探しに何度もきたところだ。古い林道が中腹を横切っている。周囲は杉の大木に囲まれ、その足元には一面にシダが伸びている。春に来た時よりも道が自然の中に溶け込んでいるようだ。使われない道は時の流れを経てまた自然の姿に戻っていくのだと実感した。
午前中用があったので、午後1番に出かけた。ワクワクしている。どんなふうに変化しているだろう。もちろんその相手は小さな粘菌。
午前中北の山には黒い雲が覆い被さっていたが、走り出すとどんどん青空が広がってきた。西からの風に追われるように、大峰山、地附山、三登山と、その稜線を表してきた。目指す髻山に近づくと雨だ。最後の雲がここに雨を降らせているのか。だが、走っていくにつれ雨雲は流れていき青空が追いかけていく。前方に虹がでた。雨の後のご褒美だ。
駐車場に着くと靴を履き替えるのももどかしく歩き始める。
あれ、ツヤツヤしていた粘菌のツヤが消えている。薄青色になっているよ。君はなんという粘菌だい?もちろん本人(本体?)はそんなことはどうでもいいだろう。
森の中をウロウロして、もう一度見にいくと、もう、少し変化しているみたいだ。帰る前にもう一度、ますます目が離せなくなる。
再び、三度髻山の粘菌に会いに行く。カビに侵されずに変化していく姿を見るのは初めてだから、ちょっぴり気合が入っている。ただ、情報がないのでぶっつけ行き当たりばったりになる。現場に行って見つけるまでドキドキしている。
珍しく晴れそうだ。朝の気温が低い。山へ向かう道の日陰には霜がおりて、草の葉がキラキラしている。りんご農家の収穫仕事もだいぶ終盤になったか、木々は裸になってきた。忘れられたように落ちているりんごは美味しいのだろう、鳥が突ついた痕がある。りんごの葉は綺麗な黄色に染まるのだと初めて知った。長野に来て何年になるだろう、見ているようで見ていなかったことに気づかせられる。裏の主葉脈が太くて、とても綺麗なピンク色なのにも驚いた。
りんご畑の間を歩いて粘菌に会いにいく。
木の洞を覗くが見つからない。あれ、もう消えた、いやそんなはずはない。目を凝らすと見えた。ツヤがあまりなくなって淡いピンク色に変わっていくようだ。さてさて、最後はどんな姿に変わることやら、粘菌変化の行き先はまだまだ遠いのだろうか。