キノコといえば真っ赤なお屋根に白い雪の塊が乗った絵本の世界を思い浮かべる。本物を目にすることはほとんど無いのに、イメージの世界の威力はすごい。
この印象的なキノコはベニテングタケ、毒がある。真っ赤な傘に白いイボがついている独特な姿は、ヨーロッパなど寒冷地では普通に見られるそうだが、日本では標高が高いところや北日本でないと見られないそうだ。
何年か前に志賀高原でたくさん見たので、今年は久しぶりに会いに行こうと話していた。今日は晴れると言う夫の言葉を信じて出発。北へ向かって走るが、目の前には厚い雲が立ち上がり山の姿は全く見えない。「本当に晴れるかなぁ」「まぁ、ダメだったら目的地を変更しよう」などと心細い話をしながら車を走らせる。
ところが千曲川を越えたとたん一気に雲がなくなった。振り返れば川の上には厚く雲が立っている。ここが境目らしい。
青空が広がってくる山道を登り、琵琶池への入り口の駐車場に車を停める。まだ紅葉には少し早いからか、駐車場の車は少ない。私たちは一沼に向かう。志賀高原の入り口にあたる一沼の紅葉は人気で、いつもカメラマンが集まっているが、今日はまだ誰もいない。赤色が薄いけれど、なかなか美しいではないか。一沼を見下ろしながら旭山への登山道を登り始める。
しばらく登るとT字路に突き当たる。右へ行くと山頂、左へ降りると旭山登山口駐車場だ。分岐の周辺にはゆったりした森が広がっている。ふと見るといた、いた。真っ赤なベニテングタケ。カサに点々と散らばる白いイボがお菓子のようだ。
以前来た時には、この辺りから登山道脇のあちらにもこちらにもベニテングタケが見られたのだが、今日は無い。今日は赤い色が見えず、登山道から続く斜面にはヒカゲカズラがびっしり這っているばかり。立ち上がった茎には胞子嚢をつけた穂が若草色に光っている。ヒカゲという名前がついているが、陽の光を受けて輝いている穂が美しい。けれど、目当てのベニテングタケはなかなか見えない。
もう少し上に行けば出てくるよと話しながら登っていくと、木漏れ日を受けて輝くまん丸いベニテングタケが見えた。山道の脇の森の中にも点々と見えている。ただ、森の中に見えるベニテングタケはみんなもう盛りを過ぎてしまって虫に食べられたり、崩れかけたりしている。色もくすんできている。
それでも、赤い点がぽつりぽつりと円を描くように生えている様子も見える。これはフェアリーリングと呼ばれるが、中に入ってしまうと出られないなどと伝えられている地方もある。妖精がこの輪を作り、その中で踊るという言い伝えが「フェアリーリング」の名前の由来らしい。不思議な現象なので、他にもさまざまな言い伝えがあるようだ。菌が同心円状に増殖していくために起こるようではあるが、妖精がダンスのための舞台を作っていると想像する方が楽しいかもしれない。
もっと上に行けばたくさんあるかなぁと期待しながら登っていく。白樺美林という森には、しかしベニテングタケは無かった。茶色で艶があるお饅頭の様なキノコや、黄色いアンズタケの様なキノコなど、キノコはたくさんあったのだが・・・。キノコを探して歩き回る私たちを見ているのか、ヤマアカガエルがゴソッと飛んだ。
そこからはすぐ旭山山頂1524mだ。笹林が綺麗に刈って整備してあるので、森の中を気ままに歩くことができて面白かった。
山頂からは目の前に志賀山、裏志賀山、その奥に横手山が見える。足元には琵琶池が濃いグリーンの水を湛えている。ヤマウルシが赤く染まり始め、華やかな秋の山の気配が濃くなっている。
しばらく眺めを楽しんでから降る。まだ11時にもならない、もう少しどこか歩いてこよう。
青空が綺麗だから遠くまで見晴らしを楽しめるのではないかと、標高が高い横手山まで行くことにした。
渋峠まで一気に車で上がり、リフトに乗っての楽ちん登山。晴れているのでゆっくり進むリフト上からの展望が楽しめる。遠く群馬、栃木方面の山から、赤城、妙義、浅間などの山々が広がっている。リフトの脇にはウラジロモミの森が広がり、梢にたくさん球果がついているのが見える。濃い紫の球果には白いやにがてんてんとついていて、ちょっとおしゃまな感じがするのがいい。
リフトを降りて、まず三角点のある横手山神社へ行ってみよう。いつもはほとんど人がいないのに、今日はたくさんの人が行き来している。いつの間にこんなに人気になったのだろう。ここでオランダの人と出会ったことを思い出す(※)。ここから一緒に白根山を眺めながらカタコト英語でおしゃべりをした。
今日も、目の前に荒々しい活火山の白根山が見える。かつては老若男女が遊んだ湯釜の周辺に、今は噴煙が昇る荒々しい山肌がそそり立っている。また本白根山のコマクサを見に行けるようになると嬉しいが、自然はいつも予測不能だ。
三角点から戻って、横手山ヒュッテ周辺を散策する。そろそろお腹が空いたからお昼にしようか。ヒュッテで焼いているパンを買って食べるのもいいかと思ったけれどほとんど売り切れ、一種類だけしか残っていないので諦めた。
横手山山頂のベンチに座って、持ってきたおにぎりを食べる。日差しは強いが、風は爽やかで気持ち良い。お菓子の袋がぷっくり膨らんでいる。さすがに2000メートルを超える山頂は、気圧が低いんだ。ゆっくり深呼吸をして、顔を見合わせる。のんびりタイムをたっぷり楽しんでから降ろうか。
渋峠から走り出した車の中でふと「オニノヤガラの実はどうなったかなぁ」とつぶやく。「寄ってみようか」と夫。急きょ信州大学志賀自然教育園に車を停める。
奥へ行くとあった、オニノヤガラ。けれど、もう崩れるように倒れている。かろうじて立っているのを見つけて喜ぶ、「ちょっと遅かったかな」。
ロックガーデンを一回りする。秋の実りを喜んでいるのか、トンボが群舞をしているようだ。トンボに見送られ、色づいてきた森を後に、私たちは車に戻った。