朝、電話がなる。珍しい、イケさんからだ。昨日一緒に山を歩いてたくさんキノコのことを教えてもらった。もう少し教えてもらいたいと思ったが、帰り際にポツリと一言「明日からは少しお休み」。
電話口の向こうで「これから山へ行くけど・・・」。予定が変わったらしい。私たちは大急ぎで支度をした。「来るんなら入り口で待ってるよ」という声が楽しそうに聞こえるのはこちらの気持ちが反映されているのか。
公園に着くと、管理棟の前で西澤さんとイケさんが立ち話をしている。手を振って、靴を履き替える。「やぁ」とやってきたイケさんが、「あれっ、これはもしかして・・・」駐車場の脇でもう発見をしている。小さくて黒い、ボコボコした形のキノコがたくさん顔を出している。「これはノボリリュウタケの仲間だ。すごい。今日はもうこれで十分だ、帰ろう」。いや、いや、流石にそれは・・・冗談を言い合いながら写真を撮る。クロアシナガノボリリュウというキノコだそうだ。イケさんが見たかったというから、どこにでもあるというものではないのだろう。
いつも山で出会う時のイケさんは話をしながら一緒に歩いていて、ふと目に入ったものを教えてくれるが、今日は歩きはじめた時からキノコ講習が始まる。キノコの出る場所、見つけるコツなどを教えてくれるのはもちろんだが、森の奥に姿を見つけると斜面を滑る様に降りたり、よじ登ったりして、そのキノコについて教えてくれる。カサや柄の色形、カサの裏はヒダか管孔か、ツバが残っているか、根本のツボはあるかなどなど。
森の中に踏み込んではキノコを見たり、採ったりしているからあまり進まない。イケさんは森の中で動いていれば楽しいらしく、山頂に行くか行かないかにはあまり拘らないようだ。だが今日はまだ青い蜂に未練がある私たちに付き合って、山頂に向かう。
途中またもや珍しいキノコを見る。ズキンタケというらしい。小さな、一見粘菌みたいなキノコだ。茶色い膨らみが頭巾の様だからズキンタケ。
山頂でしばらく待ったが、やっぱり青い蜂はやってこない。青い蜂くんの、今年のマツムシソウ巡りは終わったようだ。 帰りもキノコを見つけながら歩く。たくさんのお土産でリュックが膨らんでいる。
青空だ。午後には用があるが、昨日見つけたキノコのその後が気にかかる。午後のために家で休養していると言う夫に、公園まで車で送ってもらって一人歩き始める。地附山にも出るというベニテングタケを探して、森の中へ入ってみる。このところ雨が降らないので、落ち葉がカサカサに乾いている。ハリガネオチバタケがツンツン立っているが、傘はパキンパキンに乾いて縮んでしまっている。ガサゴソと落ち葉を踏みながら歩いていると、足元から大きな茶色い塊が跳ねた。あ、ヤマアカガエル。ニホンアカガエルとヤマアカガエルはそっくりで分かりにくいのだが、目の後ろの黒い部分から伸びるラインにそれぞれの特徴があるようだ。
森の中をしばらく歩き回ってからコースに戻った。前方後円墳に向かって歩いていたら、前から歩いてきた人が突然立ち止まった。私は足元ばかり見て歩いていたので、気付くのが遅かった。目をあげるとイケさんが立っている。目が丸くなっているのはこちらも同じだろう。
「あらっ、イケさん」「昨日の今日だから、まさかここで会えるとはなぁ」。びっくりだ。そして、ぶら下げていた袋を「はい、これやるよ」とくれる。
「昨日いっぱいもらったから、これはお家へ持って帰って」と言うが、「いつもいっぱいとるから、いいんだ」とのこと、ありがたくいただく。山のよもやま話は尽きることがない。キノコの顔だけではなく、花や虫の顔も見ていく、時間が厚い感じがする。
台風が近づいているとか、雨になるとか、予報はあまり良くないのだが、雲はちぎれていて雨の気配はない。昨日までのキノコ探索の復習も兼ねて行ってみようか。夫は昨日私が見つけた粘菌を見たいと言う。鮮やかな黄色の粘菌は見る機会が少なかったと思う。
今日は公園から旧バードラインが残っている道を歩いてみる。ここを歩くのは初めてだ。オオウバユリの実がしゃっきりと立っていた。そのてっぺんには赤とんぼ、まさに秋だ。
使われなくなった道はどこかうら寂しい。道の脇のツル草が茂っている有様は荒れているが、舗装された道路は歩きやすい。この道は公園の端に行き当たる。ネムノキの大木があり、コブシの木が並んでいる。ここから公園を横切って山道に入っていく。
雨が降らないから、山道は乾いている。それでも、倒木の影などに粘菌がいる。キノコももちろんいる。夫は粘菌撮影に忙しい。とても小さいので接眼レンズを使って挑戦している。なかなかピントが合わないとこぼしながら、それでもなんだか楽しそうにカメラを構えている。
乾き切った森にもキノコは見つかるが、白いのが多い。純白で美しいが、大概は猛毒だ。見た目がかっこいいからつい写真を撮る。
用があって一日空いたが、また登る。本当に青い蜂とお別れなのか、諦めがつかない気分。一週間登って会えなければ諦めもつくだろう。公園の駐車場のライン引き作業が行われている。作業の人と話していた西澤さんに挨拶して歩き始める。
秋たけなわの森には木の実、草の実が光っている。今まで見たことがなかった青い小さな実がいくつもぶら下がっている。ツル草だが、ツルには棘がある。三角の葉が特徴的、ママコノシリヌグイやアキノウナギツカミは棘があるけれど、ちょっと違う。調べたら、どうやらイシミカワという花らしい。実が弾けているのもあるが、ツルの先にはまだ花も咲いている。
キノコを探しながら歩いていると薄紫の花、「あ、ここにもタムラソウ」と言いながら触ろうとすると、痛い。棘があった。これはアザミだ。
棘が有るか無いかという違いはもちろんだが、タムラソウの花柱は先端が二つに割れてくるりと丸まっているのも大きな特徴だ。
秋の花が咲き始めたので、道の脇が彩り豊かになってきた。キノコを覚えるのも大変だが、野菊の仲間も似ていて特定が難しい。
山頂でしばらく待つが、秋の風の中、トンボや蝶の姿もめっきり減った。稜線を歩いてセンブリの花が咲いているか見に行ってみよう。群生地をそっと回ってみるが、センブリもウメバチソウもちょっと早かった。蕾が膨らんでいる。
ゆっくりのんびり歩くのも面白いねと話しながらの帰り道。一面のタデやゲンノショウコの花の向こうに大きな倒木。その隙間に赤っぽい色が見える。これ、粘菌かな。
初めて見た粘菌かも知れない、モジホコリだろうと、夫。今日はキノコの収穫はなかったけれど、面白いものが見られて良かったね。
帰ろうかと公園に向かって歩いていたら、前方に二人の女性がいる。近づいていくと一人の女性が私たちを見て、「キノコに詳しいですか」と聞く。詳しいとは言えないけれど、知っているものも少しはある。女性の手には2本のキノコが乗っている。一つはニガイグチ。もう一つはフウセンタケ。「これは食べられますか」と聞かれたので、「食べられなくはないそうですけれど、美味しくないし苦いみたいですよ」と言うと、あらじゃやめようと言って手から放す。
ここに来ればキノコがたくさんあると聞いてきたそうで、見るものみんな持って帰ろうとしているが、なんという恐れ知らずの人たちだろう。私は何度も見て知っていると思ってもまだ怖くて自信を持って採れないのに・・・。
森の中にはキノコがたくさん顔を出している。ようやく名前を覚えたもの、似ているのがあってなかなか特定できないもの、キノコの世界の入り口から顔だけ覗かせている様な私たちだ。キノコ図鑑を見れば様々な形のものが載っている。いつか見てみたいものがたくさんある。以前は食べてみたいと思っていたアカヤマドリや、ヤマドリタケモドキを今年は食べることができた。その美味しさに感動した。
ヤマドリタケとヤマドリタケモドキはそっくりだという。地附山にたくさん出るのはモドキの方らしい。傘がぬめっているのがヤマドリタケ、ビロードの様なのがモドキ。どちらも美味しいのは間違いない。慣れない私が見ても区別しにくいから、ここではヤマドリタケとまとめて書いている。
だが食べるためではなくて、見るだけで嬉しいキノコもある。綺麗なブルーのソライロタケ、先日イケさんが発見したのを写真で見せてもらった(※)。立派に傘が開いている成菌だ。
幼菌を見つけたことはあるが、大きくならないうちに茶色く枯れてしまった。いつか、この地附山で大きく開いたソライロタケを見てみたいと思っている。
その時はイケさんも一緒だといいなぁ。山で出会い、話しながら歩くと楽しさが倍増されるというのは稀有なことだと思う。
そしてこれからも、もっとキノコのことを教えてもらえると嬉しい。