「あ、イケさんが載っている」、新聞を広げていた夫が言う。私もすぐ夫の後ろから覗き込んだ。「ほんと、イケさんだ」。地附山公園のネムノキを紹介しているコラムには大きな樹下に立つ二人の男性が写っている。「地附山トレッキングコース愛護会」の会長さんとイケさんだ。
それにしても大きな木だ。私たちは地附山に登るときに公園を通ることはあるが、西の端をまっすぐ山に入っていくことが多い。公園の展望台の東側にあるというネムノキを見たことがなかった。これでは地附山を我が裏山などと呼べないではないか。
早速見にいくことにした。
3日前(7月6日)にも公園から登っているが、あの時は西端をまっすぐ登山口に向かった。8時半、開園になったばかりの駐車場には我が家の車しかなかったが、その前をイケさんの車が通り、「おっ」と降りてきたイケさんとしばらく立ち話をした。「カキランが咲いているよ」と教えてもらって歩き始めた。
今日は開園から1時間ほど経っているから車が多い。私たちは中央の階段からウワミズザクラの実が揺れる下を登り、新しい大きな展望台の横に出る。そこから東側を見ると、いるいる、何人かの人が大きなカメラをぶら下げて歩いている。上を見ている。その上には淡いピンク色が揺れている。新聞の効果はすごいね。私たちもその内に入るよと笑いながら歩いていく。
わぁ〜大きい。樹高10メートルほどもあろうかという大きなネムノキが枝を伸び伸びと広げている。緩やかな風に全体がふわりと揺れるようなのは花の形によるものか。
今日は旧バードラインを歩いてみようかと、登山口に向かう。日照り続きのせいか、公園内の芝やシロツメクサが茶枯れている。一雨ほしいところだ。
旧道脇には背丈の高い草が元気だ。ウマノミツバ、オニルリソウ、シロバナシナガワハギ、どれも目立たないけれど、小さな花を咲かせている。オニルリソウの花はあまりに小さくて驚くほどだが、澄んだ綺麗なブルーだ。
ウツボグサが終わり、キンミズヒキの花が咲き始めた。雨が少ないせいか、ツユクサの花があまり見られない。透き通るようなブルーに鮮やかな黄色い飾りをつけて咲くツユクサの花は2種類あるけれど(※)、この日は雌蕊のあるものしか見つけられなかった。
旧道歩きは山道とは違って散歩コースのようなもの、けれど大きなトチノキやホオノキが空に枝を伸ばす下には様々な木が茂っている。今はそれぞれ実になっている足元にイワガラミの花が見える。ノリウツギも咲き出してきた。日差しが強い季節だが、雲が多いので森の中はいくらか涼しい。
山頂までの間にたくさんのオオバノトンボソウが芽吹いているが、蕾が膨らんでいるのは少ない。上部が黒くなって折れてしまっているのやら、一枚の葉を出しただけのものがたくさんある。これも水不足のせいなのだろうか。
この季節になると見に来るカキランも、大きな株は上部がぽきりと折れている。昨年も花がつかなかった。今年もダメか〜。地附山では一番大きな株だと思うのだけれど、残念。小さいけれど健気に花をつけているカキランに挨拶する。「来年も咲いていてね」。
ノギランやネバリノギランの地味な花はたくさん咲いている。森が賑やかな季節になった。カセンソウの黄色が遠くからでもめだっている。
登山道の脇にナツノハナワラビがまっすぐ穂を伸ばしている。フユノハナワラビとの区別が難しかったが、ナツノハナワラビは茎が一本スッキリと伸びている。フユノハナワラビは地面のすぐ近くで2本に分かれている。もちろん出て来る季節が違うのが一番わかりやすいのだが、気がつけば花が教えてくれていた。
気温が高くなるにつれて裏山への足が遠のく。しかし、それぞれの山にはそれぞれの魅力がある。汗を拭きながら足を運べば新しい花たちが迎えてくれる。
この山を大切にしている地元の人たちに会える。毎日登っているというヤマさん、一人でも倒木の片付けをしているイケさん、ミニ山野草園の花々を咲かせている西澤さん、出会うたびに気持ち良い時間をもらえる。
今日も山を降りてきたら、イケさんが車で帰るところだった。先日話題になった木の花の名前がわかったので伝える。ミヤマホウソ、面白い名前の木だ。車の脇で話していたら「こんな日向で話していないで影に入りなよ」と、ヤマさんがやって来る。
少しずつ空気の層が厚くなって来るように見慣れた顔が増えてくる。この土地で、息をするのが楽になっていくようだ。