鬱々とするくらい雨模様が続く。
「私を殺すにゃ刃物はいらぬ。雨の1週間も降ればいい」「アナタを殺したくなったら、雨乞いをしよう」などと冗談を言い合っていたら、空が明るくなってきた。ようやく前線が移動するようだ。
まずはやっぱり裏山へいこう。
先日、大峰山から地附山へ、小雨もあたった中を歩いたときに『地附山観測センター』が開館していたので入ってみた。平日に登ることが多いので、土日と祭日にだけ開館するセンターにはこれまで入ったことがなかった。MPO法人の人がいて、展示の内容、地滑りなどについて丁寧に説明してくれた。大きな被害があったという地滑りを再び起こさないようにとの工夫が展示されていた。今日は平日なので、センターは閉まっている。
センターの話をしながら地附山公園から歩き始めようとしていると、作業をしていた人が振り向く。入り口の管理棟の前に花壇を作っている西澤さんだ(※)。花壇の花を見ながら少し立ち話をする。山頂のウメバチソウが開いたか見に行くのだと話したら、花壇に咲いたベニバナウメバチソウを教えてくれた。淡いピンクの大輪の花がいくつかの蕾を従えてのびやかに花開いている。初めて見る、色のついたウメバチソウにびっくりした。西澤さんにお礼を言って、登り始める。道の端に、ツユクサの青が綺麗だ。
今日は、つづらコースと呼ばれる平坦な道を行こうと思っていたが、西澤さんの話では何回か出会ったイケさん(※)が六号古墳の方にいるという。イケさんは「ボランティアだよ」と笑いながら、一人で伐採木の片付けなどをしている人。
古墳の方に歩いていくと、話し声が聞こえる。
男性が二人何やら話している。イケさんが木を削って杖を作っているようだ。もう一人の男性が、「杖があるととても便利だ」と話したら、その場で作ってくれたという。ガマズミの木だそうだ。コースの整備をしているイケさんだから、森の姿を見ているのだろう。伐採してよい木を選び、それですぐ杖を仕立てる。
私たちが近づいていくと、ちょうど杖が出来上がったところで、男性はお礼を言いながら歩いて行った。イケさんと話しながら歩き始める。今日は作業ではなく、山歩きなのだそうだ。しかしそう言いながら、杖も作れる小型のナタのような道具を持っているのはさすが。
「私たちはすごくゆっくり歩きですよ」と言う。見つけた花や実や、キノコや虫を、一つ一つしゃがんで眺めたり写真を撮ったりしながら進むから、コースタイムなんて全く予測できない。
だが、イケさんは気にもせず歩調を合わせてくれる。しかも樹木はもちろん、キノコ、昆虫などにとても詳しい。地附山の生き字引みたいだ。
私たちは前方後円墳を越え、旗立岩のピークに立つ。岩は崩壊の危険があり、侵入禁止になっているので、今は登山道から見るだけだけれど。ここから車両センターを見下ろすのが夫の楽しみなのだと話すと、イケさんは「ここから浅間山を見るのが楽しみだ」と言い、それは私と同じですねと笑う。
私が、「樹木は苦手。この春に見つけたアクシバの実を見たいのだけれど見つからない」と話すと、「アクシバならあっちこっちにあるよ」と教えてくれた。使い古された言い方だけれど、宝石のように輝いている。宝石はあまり見たことがないけれど、日の光に輝く実は透明の光を纏って、息づいている。
さらにイケさんは、アオハダの実がたくさん赤く光っている様子を指差して教えてくれる。高いところに光っているので、見上げる首が痛くなるようだ。「ウラジロも、アズキナシも赤い実だよ。知ってるかい」とニコニコ。いつも足元の花ばかり見て歩いているので、高い梢の様子はあまり見ていない。新しい視界が開くことが嬉しい。すぐそばでミンミンゼミが鳴いている。
山頂にはマツムシソウが揺れている。豊かで奥深い地附山、イケさんも知らないことがある。以前教えてあげたルリモンハナバチをまだ見たことがないという。「今年もいましたよ」と話していると、来た。喜んでいる私たちの思惑など知らぬげに、ルリモンハナバチはマツムシソウの花を飛び交っている。3人でものも言わず、カメラを向ける。
この時は気づかなかったけれど、後で撮った写真を見ていたら少なくとも2体の姿が写っていた。嬉しい。
さらに先へ進むというイケさんとモウセンゴケ群生地で別れ、私たちは一旦山頂へ引き返し、桝形城跡に向かった。
桝形城跡への途中で見つけたタムラソウの蕾がわずかに綻びかけていたので、数日後に開花を見に登った。タムラソウの綺麗な開花を見ることができたが、蜂に噛みつかれた蝉がバタバタと必死の戦いをしている姿も見た。自然はいつも変化している。
綺麗なものだけでなく、見たくないものも時にはあるけれど、自然はいつも私の五感を解き放ってくれる。その中にゆっくりと浸ることができる山歩きは、私の大好きな時間だ。