感激。ずっと会いたいと思っていた花にようやく出会うことができた。
戸隠の自然について書かれた本に載っていたヒメザゼンソウに会いたくて、ここ数年春になると戸隠の森を歩いてきた。ちゃんと調べない私がいけないのだが、勘違いをしていて、早春の森を何度も歩き回った。ザゼンソウが咲く頃にヒメザゼンソウも咲くだろうと、全く疑わずに思い込んでいた。
プロに聞いてみようと思ったのは昨年、『八十二 森のまなびや』の管理の方に聞いてみた。詳しい方に聞いてくださって、ヒメザゼンソウが咲くのは初夏の頃と分かった。そして、教えていただいた葉はとても小さいのだった。しかもその葉が枯れて消える頃に花が咲くという。
昨年はついに花に会えなかった。
今年もいよいよその季節がやってきた。6月後半ドキドキしながら森を訪ねる。初夏の匂いを纏う森にはカエルの声が響いている。モリアオガエルの産卵の季節だ。木の枝を見上げると、メスに乗りかかるように何匹かのオスが抱接している。メスが産卵するのを待っているのだ。産卵は夕方が多いようだが、まれに昼でもみられる(※)。
植物園には彩り豊かに花が咲き、アサギマダラやミヤマカラスアゲハが舞っている。大きなトチノキも満開だ。鳥も蝶も、虫も喜んでいるようだ。
さて、地面に目を移す。この葉だ。昨年しっかり覚えた葉は見違えない。一つ一つ葉の根元を覗き込みながら歩いた。20株以上は覗いて歩いたと思う。しかしとうとう花には会えなかった。だが、もしかしたらこれはヒメザゼンソウの実かなと思える小さな実を見つけた。しかし、もう実がついているということは、花が終わったのかな。
家に帰って調べたら、ヒメザゼンソウは、花の翌年実を大きく育てるのだという。ということは、あの株は昨年花を咲かせたんだ。 もう一度、今度はもっとしっかり探してみよう、そう思いながら季節を待った。
梅雨と言っても雨が降らず、短い梅雨が終わったと思ったら一気に猛暑となった。国内の数カ所で気温40度を記録したというニュースに驚くが、避暑地として知られる長野でも30度後半の気温なのだからさもありなん。
この暑さでは高原の生き物はどうなっているのだろうと思いながら7月初日戸隠に向かった。まずは前回花を見つけられず虚しく引き上げた森の中へ。入り口にはウスバサイシンの花が実をつけようと膨らんで転がっている。ヒメザゼンソウの葉は茶色く枯れて倒れているものが多い。それでもまだ形を残しているものもある。そっと葉の根元を覗いていく。
ないねぇ。今年も会えないのかなと、諦めの気持ちが強くなった時、「あった!」。
「いたよ、ほらいた」、違うところを見ていた夫を呼ぶ。夫もびっくりしながらやってくる。やっぱりちょっぴり諦めムードだったんだろう。
「ほら、ここ。かわいいよ」「え〜っ、こんなに小さいんだ」。私たちは花の脇にしゃがみ込んで見つめる。
それから6月に実を見つけたところに向かう。昨年の実と、今年の花が並んでいる写真も見たことがあるから、期待して来たが花は見つけられない。もう一つ奥の実を見つけたところを探して歩く。しかしここにも花は見つけられなかった。
私たちがヒメザゼンソウを探して下ばかり見て歩いている間に、森はどんどん夏に衣替えしている。6月に来た時は満開だったサワフタギやヤブデマリの白い花はもう散っている。蕾だったイボタノキの花が開き始めている。
空気が湿って来たので帰ろうか。帰る前にもう一度ヒメザゼンソウを見に寄ったら、近くにもう一つさらに土に埋もれたように咲いているのを見つけた。すごい。
『八十二 森のまなびや』に寄って挨拶していこう。管理の方に昨年から気に留めていただいてきたお礼を言う。そして今日ヒメザゼンソウの花を見つけたと話すと、場所を教えてくださいと言われた、もちろん。花の場所に案内する。「え〜っ、こんなに小さいんですか。よく見つけましたね」と驚かれる。夫と同じ反応なのでおかしくなる。
じつは自分でもちょっぴり驚いている。ずっと会いたいと思っていたから、とても嬉しい。30株ほど見て歩いたが、花は2株だけ、実は3株、どうかいつまでも咲いてくれますように。
帰り道中社に寄る。境内には笹の輪があった。半年分の穢れを払い清めるそうだ。心の中の密かな思いを念じながら輪をくぐった。