「そろそろキンランが咲いたんじゃないかな」と、夫はソワソワしている。芽吹きの頃に行ったが、駅に近いことがわかったので次は電車で行こうと話していた。夫はすでに時刻表を調べている。あとは空模様を見て出かけるだけ。
この数日「まだ(花を見るには)早いかな〜」と話していたが、ついに出かけることにした。さてうまく花の時期に会うだろうか。
中野市の東にある鴨ヶ嶽(かもがたけ)の最寄り駅は、長野電鉄の中野松川駅。まず善光寺下駅まで歩いていく。8時6分発普通電車信州中野行きに乗車。制服を着た高校生がたくさん乗っていて、思ったより混んでいる。信州中野駅から乗り換えて一駅。中野松川駅は近くにある一本木公園のバラが美しいところ。バラ祭りの時に何回か下車している。
今日は一本木公園とは反対の方向に歩き出す。家が建ち並ぶ市街地の道をゆっくり登っていく。途中、空に向かって伸び上がるような赤いトチノキの花を見つけた。ベニバナトチノキ、目立つ花だ。
地図を見ながら細い畑の中の道に入り、東山公園を目指す。ここが登山口になる。途中にはお寺が多く、古い階段を登ると色褪せた仁王門があった。覗いてみると赤い仁王様がちょっぴりユーモラスなお顔で「あ」「うん」と、お二人立っている。仁王門をくぐって、さらに階段を登って公園に着いた。
登山口から先は2度目のコースなので、気が楽だ。たった2週間経っただけだけれど、木々の勢いが増している。足元に咲いていた白い花々は散って、実が膨らんできた。代わりにハナニガナの黄色い花が咲き出してきた。
明るい落葉樹の森は木の花も賑やかだ。ヤマブキは散っているがヤマツツジはまだこれからだ。コマユミの小さい花や、コウゾの赤い毛が生えたような面白い花、名前がわからない小さな花はオトコヨウゾメに似ているのではないか。ウワミズザクラはもう終わっている。地面に落ちている薄紫の花はキリやフジ、見上げても茂った木々の葉の向こうに隠れて見えない。
所々にギンランが咲いている。純白の小さな花。ポツンと咲くギンランは、忘れた頃に道の脇に立っている。
丸太を丁寧に敷いた階段の山道が続く。何ヵ所も新しい丸太が敷かれている。2週間前に登った時に、補修作業をするという看板があったことを思い出す(※)。ボランティアを募集すると書いてあり、崩れたところには新しい丸太が置かれていた。予定通り補修作業が行われ、道は歩きやすくなった。大変な重労働だったろうと思う。ありがたいことだ。
山頂近くなるとホタルカズラの花が増えてきた。咲き始めはピンクで、開き切ると鮮やかなブルーになる。今はほとんどブルーになって一面に咲いている。
花を探して下を見ているから、昆虫の幼虫が這っている姿もたくさん見つける。オトシブミもいくつも転がっている。鳥の声もたくさん聞こえるから、豊かな森なのだ。
急な階段を登ると、山頂だ。ドキドキしながらキンランの自生地へ行く。満開だ。今を盛りに鮮やかな黄色に咲き誇っている。
キンランに会えて良かったねと話しながらおにぎりを食べていると、下から登ってくる人の声がする。しばらくして夫婦らしい二人連れが汗をふきふき登ってきた。麓に住んでいるという二人は、この山に時々登っているそうだ。先日1万回登った人のお祝いをやったようですよと、ニコニコ教えてくれた。荷物も持たずに登っている人に何人か会ったが、麓の人たちにとって身近で親しい山なのだろうと感じる。
おにぎりを食べながら山頂の空気を楽しんだので、キンランに出会えた喜びを胸に帰ろうか。帰りは信州中野駅まで歩いて特急電車に乗ろう。地図を見ながら道を探して歩く初めての道は、ちょっぴりドキドキ感があっていい。
特急「ゆけむり号」は小田急線で親しんでいた電車、懐かしい。先頭ではなく後方の展望車両に乗って乗り鉄もいいねと話していたら、善光寺ご開帳の間は特急も善光寺下駅に停車するとのアナウンスが流れた。最寄りの駅から帰ることができたんだ・・・と思ったけれど、後の祭り。長野駅あたりで美味しいものでも買って帰ろう。