朝から雲が多い空模様だが、「今日は晴れる」と夫。明日から数日は雨らしいと天気予報を見ながら言う。数日用が重なって山へ行けなかったから、今日は行ってこようと嬉しそう。すっかり山男だ。
長野市からはすぐそこに見えるのにまだ一回しか登ったことがない旭山に登ることにした。以前は北側からの登山道もあったそうだが、崖のようなところだから、道が崩れてしまって今は通れない。その道が通れたときなら、我が家から歩いて一周できたのだが、今は朝日山観音堂からの道へ回る。歩いて行こうかと話していたが、県庁を通るバスが朝だけ走っていると言うので、それに乗ることにした。旭山は県庁の裏に聳えているような山だ。
蕗味噌のおにぎりを持って出発。県庁の一つ隣のバス停で降り、裾花川の橋を渡る。小柴見から平柴へ、沢沿いの道を登っていく。足元にはオドリコソウ、シャガ、クサノオウが満開、頭上にはキリの紫がきれいだ。鳥の声が降るように響いていて、ここが住宅街の中の道だということを忘れそうだ。
しばらくいくと、工事のため通行止めの標識が出ている。左の細い道を辿って、朝日山観音堂へ続く車道に出た。途中から近道と表示のある、左のりんご畑の間の歩道へ入り、観音堂の下に出た。
この道は緑濃い気持ち良い道だ。ツリバナが揺れる下に、マムシグサが群生している。マムシグサ、テンナンショウの仲間は仏炎苞に包まれた肉穂を掲げてすっくと立っている姿が似ていて見分けにくい。今日は、仏炎苞が2枚で肉穂を包むようにしているものを見つけた。びっくり、初めて見た。水芭蕉にも仏炎苞が2枚のオチクラミズバショウがある(※)が、マムシグサは種の違いなのか、突然変異なのか、わからない。でも珍しいのではないだろうか。
さて、観音様に行ってきますと挨拶して出発。
わずかに林道を進むと、左にりんご畑の斜面越しに市街地が見下ろせ、右に旭山への道が分かれている。大きな看板が立っているのだが、書かれている文字が見えない。前の文字が消えかかっているところに新しい文字を重ねたようだが、その文字が前の文字と違い、どちらも掠れてきたから何だか模様のようになってしまっている。かろうじて『信濃路自然歩道 遊歩道』というのが読める。
旭山も赤松のマツガレ病が多いのだろう、あちらこちらに伐採して積み上げられている。ツクバネウツギが咲き出している下に、ジュウニヒトエが穂を伸ばしている。チゴユリはたくさん咲いているが、そろそろおしまいに近づいているようだ。所々に木製の看板が建てられ樹木の説明が書いてある。コナラ林、湿性樹木林など、樹木の苦手な私には嬉しい内容だ。看板が地味で景観を損ねないようにしてあるのも嬉しい。
森の中はウワミズザクラ、ミヤマガマズミ、コバノガマズミ、そしてマルバアオダモの白い花がちょうど満開。それはみごとな白い点描の森になっている。そしてヤマツツジのオレンジ色がアクセントになって、緑のカンヴァスに奥行きをつけている。
足元に15cm以上もある太い花がたくさん落ちている。緑の紐みたいだ。見上げるとたくさんぶら下がっている。奇数羽状複葉らしい葉形からオニグルミかと思うが、確かではない。
花々を楽しみながら深い森の道を登っていくと、山頂への急坂が通行止めになり、迂回路がつけられている。見上げると、とても太い木が枯れて倒れかかっている。確かに危ない。迂回路から山頂へ。城跡だったという山頂は広く、大木が伸びている。山頂の砦(とりで)跡は平坦な土地だったので水捌けが悪いのだそうだ。そしてその溜まった水が斜面を長く潤すので、ここには湿性樹木が育っているのだそう。
イカリソウは終わりかけているが、フデリンドウや、ホタルカズラが散らばって咲いている。ベンチに荷を下ろそうとするとうっかり踏みそうだ。
しばらく山頂を楽しんだので、見晴台へ行こう。少し早めのお昼は見晴らしを楽しみながら食べるのがいいだろう。
途中には大きな岩がいくつもある。この地が海の底にあった時、火山活動でできたという凝灰岩だ。この草むした巨岩が、気が遠くなるような長い年月を経て今目の前にあると思うと感慨深い。
長野盆地につき出したような見晴台からは長野市が広く見渡せる。新幹線や長野電鉄、しなの鉄道など、幾つもの路線の電車が見えるので夫は喜ぶ。ここにいれば時間を忘れると嬉しそう。
しかし夜までいるわけにもいかない。1時間ほど楽しんで、山を降りる。林道に出てから、三笠山に向かう。車ではないので、違う道を降りることができる。ただただ緑に輝く世界の中をゆっくり歩く。三笠山の山頂に山頂標示はないが、ここが天辺というところで記念撮影。あとはひたすら下るだけ。マウンテンバイクが走る道だが、今日は誰にも会わない。リンゴ畑に出てからは、あっちかなこっちかなと方向を確かめながら国道19号線に出る。裾花川を渡って長野駅まで歩いていく道は、日常の世界への扉だった。