今年は冬の寒さが厳しかったが、春が一気にやってきた。そして、春を通り越して夏が来たかのような気温の上昇に、花々が我先にと開いているようだ。
湿原の広がりが好きな私たちは、なんだか追いかけられるようにあちこちの湿原めぐりをした。とは言ってものんびりやの私たち、あの花に会いたいねと言いながら、季節がずれていたらまたいつかね〜と、のんきな湿原めぐりだ。そのときその場での出会いが楽しめれば十分。とは言うものの、今度はいつ来ようかと心のメモには書き留めておくのだが・・・。
5月に入ってすぐ、白馬岳から鹿島槍ヶ岳に続く北アルプスの麓の湿原をいくつか訪ねた。ちょうど《塩の道祭り》が開催されようとしているところだったこともあってか、小さな湿原にも観光客が訪れていた。《塩の道祭り》は5月3日小谷村、4日白馬村、5日大町市と、それぞれの市村で開催されるそうだ。昔から塩の道と呼ばれ、大切な生活のための要路だった千国街道を、歩き継いでいく催しらしい。町奉行など、昔の旅人に扮装した人たちと一緒に、1日10キロほどの街道を歩くと言う。5月4日に行われる白馬村の集合場所が、落倉自然園前の広場ということで、その準備がされていた。
私たちは祭りの始まる前の5月2日平日に訪ねたのだが、それでも人が絶えない。朝早かったので、私たちが車を停めた時には誰もいなかったのが、帰る頃には狭い駐車場に遠くからの車が何台も停まっていた。
白馬の麓の落倉自然園には炎のような形の純白の苞が2枚あるオチクラミズバショウが咲いているという。私たちはそれを見ようと訪ねたのだが、木道を歩いている人たちの多くはそのようなことはどうでも良いようで、「ミズバショウ、きれいね」などと話しながら、サッと一回りして帰って行く。
木道から身を乗り出すように一つ一つの花をのぞきこみ、2枚の苞を見つけると心の中でガッツポーズをしている私たちとはずいぶん違う。
落倉自然園の湿原はさほど広くないのだが、ザゼンソウとミズバショウが密に映えていて気持ちよい。ザゼンソウはミズバショウより少し早めに咲くから、もう花の終わりになっている個体が多く、やはり葉が大きく茂ってきていた。ミズバショウの葉が大きく育っている様はよく知っていたが、ザゼンソウも花が終わると葉が大きく育ってくるのだ。丸い葉はミズバショウとは違う姿で、少し黄色がかった団扇のような形だった。
湿原のはずれには神社が祀ってあった。ヒメアオキの木が茂り始めている。ニリンソウ、フッキソウも花を見せているが、ヨゴレネコノメに似たネコノメソウが身を寄せあうように固まって咲いているのが嬉しかった。
また、水に沈んだ杉の枯れ葉から鮮やかな黄色いキノコのようなものがニョキニョキ生えていて、この姿は面白かった。帰ってキノコ図鑑で調べたら、カンムリタケというらしい。
落倉自然園からしばらく南下すると居谷里湿原がある。森の中に大きく広がる湿原だ。木崎湖のほとりから山道に少し入ったところに駐車場がある。とても小さな駐車場だが、関東のNo.を着けた車が停まっていた。ちょうど私たちとほぼ同時に着いたようで、若い男性と老婦人が湿原に向かおうとしていた。老婦人は足が弱い様子で、押すタイプの歩行器を持っている。木道をゆっくり歩きながら「まだ大丈夫よ」などと話す声が聞こえる。積極的に好きなことをしようという姿に敬服した。そしてそれを助けて動く若者にも感動した。二人はゆっくりとしたペースで湿原の間を遠ざかって行く。
私たちは湿原を横切り、居谷里神社の下から緩やかな傾斜で登っている山道を歩いてみた。誰が歩くのか、どこへ続いているのか、里山らしい混淆林をしばらく歩き、静かな森の気配を楽しんだ。緩やかな傾斜の道は深い森の中にカーブを描いて続いている。しばらく歩いてみたが、地図がないので行き先が分からず、引き返すことにした。
再び湿原に戻り、ザゼンソウやミズバショウを見ながら広い湿原を一周りした。細長い湿原の山との境には静かな流れがあり、流れ沿いにミズバショウやザゼンソウが咲いている。30分ほど歩くと、かさすげ橋に着く。水路を渡って湿原脇の林道に上がる。林道から湿原に降りる道もあり、ハンノキの小径と呼ばれるその辺りは美しい森が広がる清々しいところだ。
さらに林道を歩いて行くと湿原の渕には桟橋のような盛り土様の地形がいくつか見えている。ここは昔、泥炭を採掘していたとのこと、その名残の地形らしい。今はすっかり自然の森に覆われている。
花の大きいサクラスミレと、葉に赤い筋の入ったチシオスミレが場所を分けて咲いている。私はサクラスミレを知らなかったから、チシオスミレなのに赤い筋が無い!と思ったが、そっくりな仲間なのだった。フデリンドウとルリソウの小さなブルーも忘れがたい。
湿原歩きを思う様堪能し、山から湧き出ている水をいただいて、帰路に着いた。
5月中旬には、友人が前後して長野を訪ねてくれた。21日には自然好きな友人と黒姫山の登山道入り口にある古池湿原まで行ってきた。昨年初めて訪ねた(※)が、その時はミズバショウが清楚な姿を見せてくれていた。(※古池湿原、種池、戸隠植物園)
他県に住むこの友人とは時々一緒にハイキングをする。気持ちよい自然を楽しめそうなところを見つけると、互いに声を掛け合って出かける。今年は花が早いから、ミズバショウは育ってしまっているかもしれないけれど、と話しながら行く。車を停めて、ササの中をのんびり登っていく。
途中の種池に寄り道。神秘的な姿が変わらず美しい。昨年は水辺にヒキガエルの卵が沢山重なっていたが、今年はもう見えず、カエルの鳴き声だけが賑やかだった。
4人並んで、しばらくぼーっと緑の世界に浸っていた。アオサギが大きく羽ばたきながら森に消えて行く。言葉がなくても《なんだか気持ちいいね〜》という心の波動が伝わってくる。
登山道に戻り、ササの道をひと登りすると古池に着く。
青い水の向こうに黒姫山が優雅に裾を引いている。黒姫山が最も美しく見える場所ではないかと密かに思う。
池を西側に回って行くと、赤茶色の水が独特な景観を見せてくれる古池湿原だ。
酸化鉄が多いのか、見渡す限り赤茶色の湿原にきれいな緑のミズバショウが群生する様子は、神秘的だ。今年は葉が大きく育っているので、白い花は隠れているが、リュウキンカの明るい黄色は遠くまで輝いている。入り口にはニリンソウが一面白く咲き広がり、足の踏み場がないくらい。古い案内書を見ると木道が西の端まで続いていると書いてあるのだが、今は水の中に朽ちて消えている。
古池の北側の木道は黒姫山への登山道だ。いつかこちら側からも登ってみたいと思っているが、今は池の周りだけを楽しむことにする。木道を少し行くと、湿原の違う姿が見られる。昨年私と夫が訪ねた時には小さな芽吹きだったミツガシワが、今年はきれいな白い花を開き始めていた。黒姫の山肌と遠く戸隠の山に囲まれて、ミツガシワの白い点が霞んで見えなくなるまで続いている。ミツガシワはまだ少し早めだったが、満開になったら真っ白になるのだろう。
右にはブルーの湖面、左には緑広がる湿原、なんとも素晴らしい景色の真ん中で、私たちは木道に並んで腰掛け、おやつをいただいた。今日はおにぎりを持ってこなかった。その訳は・・・最後に分かると思う。
家にあった甘いもの、おせんべい、ナッツなどを、背負ってきたから、みんなで仲良く分けっこして食べる。
おやつを食べてのんびりした後は、古池を一周りした。池のほとりにはチゴユリやユキザサ、ツクバネソウなどが花を咲かせている。私が楽しみにしていたウスバサイシンもまだ花をつけていた。「かわいい」と言いながらしゃがみ込んで写真を撮っていると友人が首をひねる。「これがかわいい?」「どこが?」そう言いたい気持ちも分かるから、みんなで笑ってしまう。
アオサギ、オシドリ、カイツブリなどが、優雅に飛んだり水面を滑ったりする姿を見つけてははしゃぎ、友人が童心にかえって木登りをするのを眺め・・・、愉快な時を過ごした。
駐車場に戻るとまるで発光しているような美しいアゲハが追いかけっこをしている。漆黒の羽に青と緑があやしく光るミヤマカラスアゲハ、春この季節が一番美しいのだとか・・・。
そして最後にやっぱりこれ!少し遅めのお昼は、おいしい戸隠そば。いつも立ち寄るそば屋さんで舌鼓をうち、そば粉やそばおやきのお土産をしっかり買って帰ったのだった。