大峰山から降りてきたら、男性がカメラをかまえてしゃがんでいる。目の前にはショウジョウバカマが綺麗な桃色に花開いている。挨拶をして通り過ぎたが、追い越されたり、追い越したりしながら降りてきた。「今年の大峰山のショウジョウバカマは綺麗ですよね」と、その男性は嬉しそうに話す。
地附山公園の管理棟前のミニ山野草園でまた会い、その人が地附山愛護会のメンバーさんだとわかった。今年は地附山のショウジョウバカマが少ないと私が嘆くと、その男性は「ここ数年はこんなものですよ」と苦笑い。
私たちが初めて登った頃には森の奥までピンク色が広がっていてなかなか綺麗だったと記憶している。落ち葉が積もってしまって芽を出せないのだろうか。
ショウジョウバカマの和名は猩々袴。花が猩々の顔に見立てられ、広がった葉が袴に見えるからという。夫がふざけて言う「少女ばか〜」ではない。
ユリ科の常緑多年草で、海岸近くから高山までと、生育域は広い。湿った水辺でも見るし、高原の草原でも見かける。そして暗い杉林の下でも出会うことがあるのだ。図鑑によると、自家受粉したものも他家受粉したものも結実率がほとんど変わらないそうだ。一人ぼっちで森に生まれても頑張って繁殖していくことができる花なのだ。
緑に広がった袴の真ん中からクイっと持ち上げた茎の先にいくつもの花をつける。受粉が終わると、この花茎はぐんぐん伸びて数十センチにもなって、細い糸のような種子を遠くへ飛ばす。
地附山のショウジョウバカマの種子を何本かもらってきて植えて見たが、何年待ってもそれらしい芽は見えない。実生から育つのはなかなか難しいらしい。それであんなにたくさんの種子を飛ばすのかもしれない。とにかくたくさんの種子をつけるのだ。
そしてショウジョウバカマは、葉の先に新しい芽を作って繁殖することもできるのだそうだ。多肉植物みたいだ。
毎年、この季節には地附山のショウジョウバカマに会いに登っている。今年は雪が多かったので、花つきは少し遅いだろうと思っていた。今日は雲が多く空気が湿っているので、折り畳み傘をリュックに入れて出かける。帰りに買い物もしようということを理由に車で公園まで上がる。
地附山公園は桜が満開だ。麓の桜は昨日の雨でかなり散ってしまったけれど、ここは標高が高いから少し遅いのだろう。公園の桜はほとんどソメイヨシノだ。重そうに枝の先まで真っ白に咲き競っている。
休日だからか、人が多い。公園のあちこちで花見をしている人たちを横目に、私たちは山道に入っていく。山桜も咲いている。チョウジザクラも小さな花を揺らしている。今日は風が強い。時折、風に飛ばされたように雨粒が降りかかるが、濡れるほどではなくまた止んでしまう。
カエデ、トチノキ、ホオノキなど木々の葉が冬芽を押し開いて顔を出している。寒い冬の間芽を守っていた厚い皮をぐんと突き破って葉が開いていく姿はドラマチックだ。
春らしい森の中の道、ショウジョウバカマの花を探しながら前方後円墳を目指す。今日は今にも降りそうなのに、見下ろす街はクリアに見えている。花を愛でながら、電車も見下ろして行こうという欲張りなコース選び。ところが、森の中にショウジョウバカマの姿がない。茶色に積もった落ち葉は遅くまで残っていた雪に押されて厚く固まっている。所々に落ち葉の間からピンクの花がのぞいているが、あまりにも少ない。これからなのだろうか。
頭上にはウリハダカエデやキブシの花が揺れ、足元にはシュンランが開いてきている。この季節ならではの花々だ。
ショウジョウバカマを探しながら地附山の山頂を踏み、大峰山への道を辿る。大峰山への登りに差し掛かるとピンク色の点が多くなってきた。いつもの年より多く感じる。オオバクロモジの花も咲いている。山頂にはエンレイソウ、トキワイカリソウが咲き出した。ミスミソウは実を膨らませている。わずかに数輪残っているようだ。
先日登った時に、盗掘の跡らしい残念な発見をした(※)が、ミスミソウの花を掘った跡はまだ凹んで痛々しい。
大峰山から降りて、普段踏まれていない藪の中の道を歩いてみた。これから木々が茂ってくると歩くのが難しくなる。倒木がゴロゴロしている道を歩いて、旧バードラインの車道に出る。車が通らない車道の両斜面にはキブシが揺れ、コブシが高いところに花をつけている。もっと荒れ果てているかと思っていたが、笹が刈ってあり、整備されているようだ。
車が来ない道の真ん中にどっかり座り込んでおやつを食べながら、木々の揺れる様子や鳥の飛ぶ姿を眺めて時を過ごした。