「白い花だよね」と孫。「そう、小さいから見落とさないようにね」と私。「あの辺に咲いていたらわからないよ」と、孫は苦笑いしながら雪の残るあたりを指差す。
ここは千曲市、戸倉セツブンソウ群生地。3月に入って、もう雪はあまり降らないかと思っていたら、昨日また降った。我が家の庭は1センチほど積もって白くなっている。今日の暖かさですぐ溶けるとは思うが、春を待つ気持ちに水をさす。
それでも孫が帰る前にセツブンソウの花を見られないかと、戸倉にやってきた(※1)。孫は特別花に興味があるわけでもないけれど、私が折りに触れ話をしたらしく、セツブンソウの名を知っていた。近年暖かかったから、今頃は見ごろになっていたのだが・・・今年は開花が遅い。それでも午後になって気温が上がってきたから、少しは咲いているのではないだろうか。
戸倉宿キティパークから森の中へ入っていく。途中、自在山神社の鳥居をくぐり、樹齢400年という天狗の松を見上げながら歩いていく。
20分ほど登っていくと、群生地の看板が見えてくる。この辺りの標高は460mから470mくらい。千曲市の天然記念物に指定されているセツブンソウは、ここ戸倉と、もう1ヶ所倉科(※2)に群生地がある。倉科はもう少し山の奥にあるので、まだ雪が残っているようだ。セツブンソウは日本の固有種で、昔はこの花が咲くような里山の森はたくさんあったらしく、どこにでも咲いていたらしい。とは言っても、石灰岩質の土を好む花なので場所は選んだだろうが。人の暮らしや田畑の開墾が山の奥へ広がるにつれ自生地が減ってきたらしい。春一番に咲く妖精だ。長野では少し遅くなるが、暖地では節分のころに咲くというのが名前の由来。千曲市のセツブンソウは自生地の北限に当たるらしい。
『戸倉セツブンソウを育てる会』の人たちが保護活動をしている群生地は、階段が整備され、竹の柵が取り付けられている。感謝の気持ちを込めて『募金箱』にコインを投入。
さて、まだうっすらと雪に覆われているが、花には会えるかな。
何年か前に訪ねた時には咲き始めた後で雪が降り、満開まで時間がかかったので、3回戸倉まで足を運んだ。あの時も開いた花に雪がかぶさっていたけれど、可憐な姿を見ることができた。
孫が先頭に立って、じっと眺めながら階段を登っていく。「あ、これ?」と指差す先を見ると、俯いているセツブンソウ。「そうだよ、小さいでしょう」。「これは本当にあの辺にあったら見えないね」と、すぐ先の雪の塊を指差す孫。
階段を登り切った斜面を歩いていくと日当たりが良いらしくいくつもの花が立ち上がっていた。まだどこか寒そうで、パッと花びら(白いのは花びらではなく萼ですが)が開いていないけれど。
2センチに満たない小さな花なのに、純白と鮮やかな黄色と薄いピンクのような紫と、濃い青が綺麗に並んでいる。見事なと言いたい自然の妙。目を惹かれてしまう花だ。孫が見つけては指差して教えてくれる。「あっちの方が開いているよ」「ここにも咲いている」などと声を掛け合いながらしばらく花の中にいた。
セツブンソウに会えた後は、キティパークの天狗さんに挨拶してこよう。小鳥が鳴きかう森の中を戻り、キティパークの桜の木の下を登る。背が高い孫は桜の枝が顔にぶつかるのを避けながら歩いている。咲いていたら、目の前に花を見ることができるのに・・・と残念そう。桜の蕾はまだ硬い。
大きな天狗を見上げながら「テレビで見たことがある天狗かな」と呟く。「駅から見える天狗という紹介だったような・・・、違うかな?」と首を傾げる。天狗さんは塗り替えられたのか、鮮やかな色彩で青空に映えていた。
キティパークの草原にはオオイヌノフグリがたくさん咲き出している。私が花を見つけると「あ、咲いている」と叫ぶからか、孫が先に見つけて教えてくれる。ホトケノザも濃い赤紫色に咲き出した。タンポポもポツリポツリと地面にくっつくように花開いている。近づいてみると西洋タンポポと日本タンポポがある。日本タンポポの特定は難しいが、これはシナノタンポポかな。
下から鉄道の音が聞こえると嬉しそうにカメラを構える夫は、撮れたとガッツポーズ。春めいた午後のひととき、ゆっくりと時間は流れていく。