夏休みには東北へ向かうことが多かったような気がする。磐梯山に登った時(※)は裏磐梯まで回る時間が取れなかったが、いつか行ってみたいと思っていた。裏磐梯と山登りを一緒に楽しめそうなところに行こう。長い休日は取れなかったので、ロープウェイを利用し短いコースタイムで行ってくることができる西吾妻山に決めた。裏磐梯を巡ってから行っても登ることができそうだ。 (※山歩き・花の旅224突風の山頂 磐梯山)
8月の後半になったが、まだ山の花も咲いているだろう、楽しみを荷物と一緒に詰め込んで出発。朝8時半に神奈川の家を出て、裏磐梯五色沼に着いたのは午後3時半。ホテルに荷を置いてすぐ五色沼自然探勝路を歩きに出かける。大きな毘沙門沼にはボートが浮かび、高原の夏らしいはしゃぎ声が微かに聞こえてくる。五色沼(正式には五色沼湖沼群)は明治21年(1888年)に磐梯山が水蒸気爆発を起こした時にできた。磐梯山の北側が崩壊し、その岩なだれが川を堰き止めたため数百の湖沼が形成された。そのうちの数十の湖沼群を五色沼湖沼群と言うそうだ。
歩いてみるとわかるが、隣り合っている池でも湖面の色が違っている。探勝路には高低差はあまりないが、岩がぼこぼこしていたり木の根があったりしてなかなかの山道だ。もっと日の高い時間であれば水面の色が映えたのだろうが、それでも進むにつれ開けてくる水辺の景色は様々な色に輝いていた。ところどころにウバユリがすっくと立ち、高原は秋口に入ったことを感じさせる。崩壊した磐梯山の岩肌が赤茶色に立ちはだかっているのは異様だ。満足してホテルに戻ったのは5時半、たっぷり2時間の散歩を楽しんだ。
翌日は比較的ゆっくりの出発だ。途中の山道には小さな滝がいくつも見られた。時々車を停めて景色を楽しみながら走り、天元台のロープウェイ乗り場には9時少し前に着いた。
まず赤いロープウェイに乗って天元台まで登る。標高1350m。ここからリフトを3基乗り継いでいく。夏リフトは足元にお花畑が広がっているが、あいにくのガスで展望がきかないのが残念だ。
天元台と言えば北にある白布温泉が有名だ。ずっと前に仕事絡みで山形県米沢市を訪問したときに白布温泉の西屋に泊まったことがある。3月の白布温泉はまだ真っ白で、宿の屋根から長い氷柱(つらら)がぶら下がっていた。大きな氷柱を見るのは久しぶりで、一緒に行った友人たち何人かで交代で持ってみては「冷たい!」と叫んだものだ。
その時、地元の人に案内していただいて米沢の上杉家廟所を見学したのだが、冬の最中に大きな白い花がそなえてあってびっくりした。近づいてみると細かい花びらが寄せ集まっているように見える。これが木を彫ったもの(笹野一刀彫りの笹野花)だそうで、すごい知恵だと思った。冬の風物詩らしい。
さて、天元台ロープウェイとリフトに乗ったのだが・・・、見晴らしはない。湿った空気の中を歩き始める。かもしか展望台に到着。展望台とは名ばかり真っ白だ。さらに岩が削れたような道を登る。丁寧に木道が敷いてあるので、晴れていれば気持ち良い散歩コースのようなところだろう。ミヤマリンドウがたくさん見えるが雨っぽいのでみんな閉じている。ウメバチソウやシラネニンジンが白い花を見せているが、チングルマはもう穂になってしまっている。お花畑は広々とどこまでも続いている。ここは晴れた日に見たかったなぁ。
雨はいっとき降ったけれど、その後は落ちるような落ちないような霧雨模様で落ち着いた。道は濡れているから滑らないように気をつけて歩くが、水滴が落ちてこないだけでもありがたい。
大凹の水場はやはり勢いよく流れている。休むのは後にして先へ進む。岩のゴツゴツした登りを頑張ると梵天岩。
この辺りに来るとこれまでの風景とは一変して岩の広がりになる。飛び出した巨岩の周囲に見える針葉樹の森が高度を感じさせる。幸い霧雨も乾いてきた。私は岩の出っ張りを見るとそのてっぺんに立ちたくなる。猿となんとかは高いところが好きと言うから、私は『なんとか』なのだろう。
湿った空気の中を一羽の鳥が飛んでいく。ホシガラスだろうか、猛禽類じゃないかと夫は言うが、よく見えない。
梵天岩から広々とした岩の連なりの天狗岩を越え、もうすぐ山頂だと思ったのだが。
岩を降ると再び湿原が広がっている。東北の山は本当に広いと感じるのはこんな時だ。雨が上がったことに感謝しながら頑張ってようやく西吾妻山2035mの山頂に到着。
しかし何も見えない。いや、これはガスのせいではなく、森に囲まれた山頂は展望がないのだ。それでも山頂を踏んだ喜びはひとしお。
12時半、お昼時だが、どこもかしこもびしょびしょ、どろんこ。誰もいないのをいいことに、立ったままおやつを食べた。
そうそう、ここで私の携帯電話がなったのを思い出した。友人からの予定確認だったが、山頂にも電波が来ていることに驚いた。
口をもぐもぐ動かしながら周囲を少し散策。森に囲まれているので童話の世界に迷い込んだような雰囲気が楽しい。標高が高いので、森といっても樹高はさほど高くなく、霧が漂っているのでちょっと幻想的なのだ。
湿った山頂を後に、来た道を戻る。わずかだが空が明るくなってきたので気持ちも晴れてきた。湿原を越え、天狗岩に立つ。大きな岩を敷き詰めたような広がり。霧が濃くなると迷子になってしまうねなどと話しながら、岩の上をしばらく散策してみた。
帰り道では薄日がさしたから、ミヤマリンドウの花が開いてきた。雨の時はしっかり閉じていて、日がさすとふわりと開く、見事な自然のリズムだ。
針葉樹の森からお花畑を歩いて、リフト乗り場に向かう。雨に洗われた花や実が色鮮やかだ。もう1日泊まって帰る予定だから気分は楽だが、リフトやロープウェイを利用する時は運行時間に縛られる。ロープウェイに乗ったのは16時20分の便だった。雨模様の平日だったからか、空いていた。
ロープウェイを降りて、今夜の宿に向かった。北へ5分走れば白布温泉だったようだが、翌日の帰路を考えて磐梯山の麓まで戻った。
道の途中からは大きく削れた磐梯山の崖が見えて自然の威力を感じた。夕暮れの猪苗代湖を見下ろしてからホテルに向かい、夕方6時には温泉で汗を流すことができた。
翌日は一路神奈川へ。ただただ直(ひた)走った。