歩き慣れた裏山だけれど、まだ知らない道があった。その日(10月29日)は朝まで雨が残り、午前中は雲が多かった。数日黒い雲が往来している空を見上げながら野暮用をこなしていたので、そろそろ山へ出かけたいと思っていた。昼頃には雲が薄くなってきたので、傘を持って出かけることにした。
地附山から大峰山まで、久しぶりに裏山をぐるりと回ってこようと、家を出た。駒弓神社から登り、パワーポイントで一息つく。少し戻り、六号古墳、前方後円墳の道を回って、旗立岩で立ち止まる。ここからJR車両センターが見下ろせる。夫への土産に何枚かの写真を撮ってから地附山山頂へ。びっくりすることに、山頂の草花が刈り払われ立派なベンチが3台も設置されている。太い木で作られたベンチは、設置するのが大変だっただろうと思う。気持ちよさそうな木のベンチだ。だが待てよ、ここには一面マツムシソウが咲き、キキョウが咲き、ワレモコウもママコナも咲いていたではないか。そして何よりその花々を求めて青い蜂や様々な蝶が集まってきた。あの花畑を眺めるような位置にベンチを置くことはできなかったのか。多様な自然あってこその地附山と思うと、来年の花の季節が心配になる。
気がかりを残して先へ進む。平日の午後。しかも雲の多い日、山を歩いているのは私一人だ。モウセンゴケ群生地でまだ咲き残っているウメバチソウを愛で、大峰山へ登る。ここにもまた異変が。山頂にあった城の前に綱が張り巡らされ、立ち入り禁止の看板があった。夏頃からか、金属板のようなものが落ちていたのは気づいていた。老朽化したからか、それにしては一度にあまりにもたくさんの異物が落ちていると思っていた。いつまで立ち入り禁止が続くのか、奥に咲く魅力的な花々に来年は会えるのか心配だ。
山頂を後に歌ヶ丘コースを降る。どうやらお天気は持ち直し、傘はいらないようだ。西に回った太陽が木々の葉を照らしている。今年は赤色が少ないが黄金色に染まった山肌は陽を受けて一段と輝いている。
歌ヶ丘に降りて小丸山に回ってみた。夫が朝の散歩で歩いて、妙法寺や小丸山公園の四阿が綺麗になったと言っていた。妙法寺の前に回っていくと、作務衣に身を包んだ菅井さん(※)がニコニコと迎えてくれた。多忙の日々の中、ようやく休みが取れたと嬉しそう。遊んできた私が作業をしていた方からお茶をいただくのは恐縮だったが、「ちょうど休もうと思っていたんですよ」という笑顔に甘えて、しばしティータイム。柔らかな陽を浴びて気持ち良い菅井さんの話を聞く至福の時。
さて、あまり長くお邪魔をしてはいけない。帰ろうかと思ったら、菅井さんがそこに道があると教えてくれた。とても狭くて大変な道だというが、古い地図に載っていたもう一つの道ではないだろうか。菅井さんにお礼を言って、その道に向かう。ワクワク。
その二日後、私の話を聞いた夫がワクワク道を歩いてみたいと言う。もちろん大賛成。今度はそこから登ろうと言うので、まずワクワク道から妙法寺へ。細い竹が密集している中に人一人がやっと通れるような道が切り開かれている。入口もわかりにくいから今まで探しても見つからなかったわけだ。伸びた竹が頭上にしなって倒れかかり、トンネル状になっている。鋭い切り株に気をつけながら、ワクワク登っていく。
妙法寺にお参りして、歌ヶ丘から登り始める。私は一昨日歩いたばかり。二日の間に紅葉が進んでいるような気がする。気温が下がったからじゃないかと夫は言う。
私は途中で見つけた色々な形の葉を一枚ずつもらいながら登っていく。夫は「どうするの?家に持って帰るの?」と聞く。「どこか広いところで写真を撮って置いていくよ」と私。登るうちにどんどん葉が増えて、持っているのが面倒になってきた。「そろそろ写真撮ったら」と言う夫の言葉に首を振り、さらに何かめぼしいものはないかとキョロキョロする私に、夫はちょっと呆れ顔。
山の彩りに感動しながら大峰山山頂に到着。私は持ってきた葉を四阿のベンチに並べた。名前のわかる葉もわからない葉も一緒だ。大峰山山頂には大きなトチノキがあるから、その葉を足そうと夫が取りに行く。そしてブナの葉も拾ってきた。
ベンチに並べたたくさんの葉を眺めながらおやつをつまむ。のんびり山頂の憩いを味わい、そろそろ行こうかと立つ。隣で同じように山頂の時間を楽しんでいたペアーの女性が「その葉は、持っていかないのですか」と聞いた。「置いていきます、風に乗って遊ぶでしょう」と私が答えると、「木の葉のベンチですね。写真を撮ってもいいですか」。
池田町というかなり遠いところから来たというペアーの笑顔と、『木の葉のベンチ』という言葉が素敵だ。「ヤマウルシが一番綺麗な赤色だけれど、素手で触るのはやめました」と私が言うと、「そうですね」と笑う。二人と里山情報を交換して、私たちは先へ進んだ。 地附山の山頂へ着くと、新しいベンチには早速座っている人たちがいる。いつもは山頂標のところで記念撮影をするのだが、すぐ近くに人がいるので今日はやめておく。妙高山はもう雪を被っている。
一昨日私が歩いたコースを逆にたどり、夫曰く『定点観測』の車両センターを見下ろしてから駒弓神社への道をとった。斜めにさす光に季節の変化を感じる。日により、時間により、見える世界は移ろうが、どの瞬間も同じ濃さ厚さで私たちを取り巻いている。