初夏の瑪瑙(めのう)山には二度登っているが、いつも雲が厚くて遠望がきかなかった。今年の梅雨、予報は雨でも青空が見える日が多い。「晴れているから山へ行ってこよう」と夫。気温が上がるにつれて体調も好調子になってきたのか、3日続けて出かけようと言うのは珍しい。雨が心配だから近くにしようと、一人瑪瑙山に決めているようだ。もちろん私に否やはない。
駐車場に車を停めると、草原にはウマノアシガタがキラキラ光っている。花びらに光沢があるので、一面に咲いていると黄色いそよぎが目に眩しい。ウマノアシガタとはキンポウゲの別名だが、根生葉の形が似ているからと言われても首を傾げる。馬と共に生活していた時代からははるかに遠ざかった。
先日行った時に(※)、登山道への入り口を見つけられず、ゲレンデを登ってしまったので、今日こそは森の中の道を登ろうと張り切っている。
覚えていた入り口から森へ入っていく。1ヶ月近く経っているので、森の緑は濃くなった。この季節にはどんな花が咲くだろうと楽しみにしてきたが、みどり、ミドリ、緑。その足元にギンリョウソウがポツリポツリと顔をのぞかせているだけ。「この季節は花がないんだね」「ギンリョウソウだけだね」などと言いながら、ブナの清々しい緑の中を登る。いくつか渡る沢には丸太で橋が作られているが、1箇所は大きく崩れている。よっこらしょと登りながら、沢の淵にチラリと見えるサワハコベやオククルマムグラの小さな花に喜ぶ。サンカヨウは小さな実をつけている。
カンバの木が増えてきたと思ったら、向こうに明るい色が広がっている。コバイケイソウの白と、レンゲツツジのオレンジだ。すごい、群落。花がないなんて言ってごめんなさいと笑いながら近づく。周囲には散り始めたズミも見事に広がっている。一息で、小さな池に到着。この周りがまた素晴らしい。池の周囲はズミ、白い塊のように池を囲んでいる。そして遠くまで広がるコバイケイソウも純白。満開には僅かに早い七分咲きくらいだろうか。初々しい花穂が揺れている。
池から再び森の中へ入り、ぐるりと回るように登ると最後のゲレンデに飛び出す。振り返ると戸隠連邦が黒く聳えている。その向こうには北アルプスが、裾の雪渓だけチラリと見せて、スカイラインは雲に隠れている。
ツマトリソウや、ニガイチゴの花が散らばるゲレンデをもうひと頑張り。最後の山道に入ると、アカモノが今朝の露をまとったままツボ型の花を揺らしている。頭上には見事なサラサドウダン。どの枝にも重そうに花をぶら下げている。嬉しくなって弾むように歩けばもうすぐ山頂だ。黒い雲が厚く覆っていたので見えないかと思っていたが、飯縄山が手の届く近さに見えている。山頂にはレンゲツツジやズミが満開で、小さな空間を賑わせている。ナナカマドの花も白く光っている。ここに咲くのはウラジロナナカマドだろうか。ムラサキヤシオはほとんど散って、地面をピンクに彩っている。とても小さな赤い壺が見えているのはなんだろう。オオバスノキに似ている。
たくさんの花に囲まれておにぎりを食べるのもいいが、風が強いので、肩のリフト山頂駅まで降りて風を避けることにした。冬は賑わうここも、今は誰もいない。端を借りておにぎりを食べる。
空は再び明るくなってきたので、のんびりと山頂の空気を楽しむ。遠く頸城の山がまだ雪を乗せている。近くには戸隠のギザギザの峰、そして遠くまで広がる緑、いつまでも見ていたい。
しかし、やはり梅雨の最中、入道雲が少しずつ頭を膨らませてきた。雷が来ないうちに帰ろう。今度は怪無(けなし)山に向かうゲレンデを降りてみることにした。瑪瑙山から稜線を一気に降りるこのコースは気持ちよくて、スキーに来ると何度も滑り降りたところだ。目の前に戸隠連峰が立ちはだかるように聳えている。歩いていくとゲレンデが白く見える。一面のマイヅルソウだ。どこまでも、どこまでも続いている。
花の中に転がってしばらく遊びたい気分だが、山は少し湿っぽい風を送ってくるようになった。早く降りたほうが良さそうだ。と言いながらも、怪無山との分岐点でまだ若い蕨がたくさん茂っているのを見て、思わず摘み始める。「少しだけね」「あまりゆっくりしていられないから」と言いながら両手にいっぱいの蕨を摘んでホクホクしながら残りの道を駆け下る。
帰路、戸隠森林植物園の『八十二 森のまなびや』に立ち寄って植物に詳しい方に話を聞き、車に戻ったらぽつりと水滴が落ちてきた。