長野市と千曲市の境となる山稜は、千曲川の脇に盛り上がった斎場山からいくつかのピークを越えて鏡台山まで続く。その取り付きになる斎場山は上杉謙信が川中島の合戦で本陣にしたというだけでなく、山頂に古墳があり、古代から様々な歴史の舞台になってきたようだ。斎場山から稜線を奥に入ったところにある陣場平は薬草畑だったそうで、そこに残るバイモが保護され素敵な群生地になっている(※1)。 (※1 山歩き・花の旅 64 ピラミッド?皆神山)
バイモが開くのは4月に入ってからだが、陣場平のどこかにセリバオウレンが咲くという情報を得て出かけた。先日髻山をうろうろして見つけることができなかったので、今日こそはと張り切って出かけた。
斎場山の北東に位置する妻女山の山頂駐車場に車を停める。史跡だけでなく桜が多い山頂には、花の季節にはたくさんの人が訪れるそうだ。この日はまだ桜の季節には早いので、車はない。駐車場からは緩やかな林道を登っていくのだが、まだ冬枯れの森に踏み跡が続いているので、直登してみた。落ち葉に埋もれるように道は続いているが、まだまだ花は咲いていない。ニワトコの葉が広がり始めている。日当たりの良いところにはミヤマウグイスカグラが咲き出している。しばらく登ると、斎場山と天城(てしろ)山の分岐に出る。
陣場平は天城山に向かって少し登ったところにある。私たちはまず花に会ってこようと陣場平を目指す。わずかに登ると、森が開け草の斜面が広がっている。登っていくと、やや広々とした平地に出る。バイモが大きく育って、蕾も膨らんでいる。端の太い木を見上げると、やっぱりあった。『山火事注意』の看板が。そして何故か『神奈川県』と書いてあるのだが、以前のまま(※2)そこにある。どうしてここに、と思うがまだ回答は得られない。この木の下ではいつも何匹かのトカゲに出会う。今日も数匹遊んでいた。(※2 山歩き・花の旅40斎場山、天城山、鞍骨山)
さて、この陣場平のどこかにセリバオウレンが咲いているのだ。私たちはバイモの群落を大きく巻くようにゆっくり歩き始めた。端の方に天則点に似た大きな柱のようなものがある。菱形基線測点(りょうけいきせんそくてん)と書いてある。国土地理院とも。これまでに何回かきているけれど、初めて見た。こんなに大きなものに気がつかないとは・・・。 測点間の距離を測定し、ある期間のズレを計算することで地震予測などに使われていたそうだ。全国に16箇所設置されていて長野市には4点もあるのだそうだ。
こんな物があったんだねと話しながら手分けして花を探す。下を見て歩いていたら、遠くから夫が呼ぶ。「あったけど、違う花の群落」。ヤマエンゴサクの薄紫が、落ち葉が散り積もった斜面いっぱいに広がっている。なんて綺麗なのだろう。感動。しばらく花の中で幸せな気分を味わっていると、少し離れた木の梢でコンコンと音がする。コゲラが穴を掘っている。餌を探しているときは幹を回りながら登っていくようだが、今は一つの穴を一生懸命掘っている。巣を作っているのだろうか。
陣場平のふちの藪の中を一回りしてもオウレンは見つからない。今日は諦めてまた来年来ようかと、陣場平の看板があるところから林道を降り始める。以前にはなかった看板だ。林道を歩きながらさっき登った道のところまで来て、「もう一度行ってみようか」。「おやつも持ってきたから、上で休もうか」、諦めの悪い二人だ。
おやつを食べながらどの辺に咲いていそうかと話し合う。もう一回りしてから帰ろうか。そして、一足先に歩き出した夫が「あった、これかな」。夫の足元を見ると咲いている、セリバオウレン。思わず拍手。「すごい、すごい発見だ」。すぐそばを歩いたのに見つけられなかったのは、花が終わりに近づいていたこともある。でも、まだ綺麗な花火のように輝いているものもあった。実になりかかっている株も、葉が伸びてきた株もある。春の一時だけ地上に姿を見せてくれる、まさに妖精だ。
目的の花に出会えた満足感いっぱいで、私たちの足取りは軽い。少し引き返して斎場山513mに登る。木々が葉を落としている今はいくらか見晴らしが良いが、それでも枝が広がっているので広々とは見えない。
さて、山頂からさらに先へ進む。今日は薬師山の瑠璃殿を見てこようという計画。ただ、斎場山より標高が低い薬師山へは登るというより降るという感じになる。ここからの道はあまり歩かれていないふうで倒木に遮られていたり、落ち葉や枯れ枝が深く敷き積もったりしている。
稜線の途中わずかに見晴らしが開ける。長野盆地の向こうに白馬三山が真っ白に光っている。北アルプスの北の端になる白馬岳を目の前に大きく見ることができる場所は少ないので感激だ。鹿島槍ヶ岳や五竜岳はどこからでもよく見えるのだが。
しばらく降ると土口将軍塚古墳に突き当たる。盛り上がりをのぼり、前方後円墳の上を歩く。ここからは珍しい埴輪が出土されているそうだ。古墳の盛り上がりを降りたところに長野県が建てた看板がある。こちら側から見ると、まさに人工的な盛り上がりだ。
以前来た時はここまで来て引き返したのだった(※1)。将軍塚古墳を過ぎると平らな道をわずかに歩き、あれっと思う間も無く瑠璃殿の後ろに到着。こんなに近くだったんだね。あまりの近さになんだか騙されたよう。ここが薬師山437mの山頂になる。瑠璃殿の前は広く手入れされている。ミヤマウグイスカグラの花はたくさん咲いているが、地面の花はまだみられない。たくさん目にするのはウスタビガの繭、綺麗なグリーン色が木の枝にぶら下がっている。もちろんこの季節、地面に落ちているものもたくさんある。色褪せて薄いクリーム色になっているものも多いが、ハッとするほど綺麗なグリーンのものもかなりある。また4、5センチメートルあるようなアミアミの繭もたくさん枝についている。これはクスサンの繭、この姿から別名スカシダワラとも言うのだそうだ。昔の人の発想は豊かだ。
さぁ、綺麗な花にも会えたし、薬師山にも登った(降りた?)し、帰ろうか。落ち葉の積もる道を登り返して斎場山へ。南側の千曲市方面の斜面にはヤマコウバシの木が多く、茶色の葉が霞のように広がっている。この枯葉が緑の新芽に変わるのはいつ頃になるのだろう。季節は確実に移りつつある中で、最後まで頑張っているような木だね。
足元にはスミレが咲き出している。スミレの花の名前がわかるようになるといいなぁ。でもあまりに種類が多くて、しかも見分けがつきにくいものが多いので、なかなか分からない。写真を撮って帰って図鑑などで調べるのだが、花の咲いた後どうなるとか、地下茎がどうとか、一瞬の花の姿だけではわからない記述も多い。地下茎なんて調べられないよね。花を掘りたくないもの・・・。まぁ、少しずつ勉強しましょう。
妻女山の登山道までくると蕗の薹がたくさん顔を出している。フキは地下形でどんどん増えるからいただいても大丈夫でしょう。夕食の香り付けに少し摘んでいく。大きくなった蕗の薹にネコの目のような模様の蝶が集まっている。近寄っても動かない。自然には未知の面白さがいっぱいだ。家に帰って調べたら、この小さな蝶は、羽を閉じているけれど蝶ではなくイカリモンガという蛾の仲間なのだそう。
春の妖精に会えた喜びを胸に車に戻ると、開き始めた桜を見る人たちの車が何台も停まっていた。