若い友人が山道を歩いてみたいとやってきた。まだ長野の春は遠くで遊んでいるけれど、目を凝らし、鼻をひくひくすればその気配を感じることができる。そして気がつけばいつの間にかすっぽり春に包まれているのだろう。
前日は晴天だったのに、出かけようという日に限って雲が多い。でも、水滴は落ちてこないようだから行ってみよう。
慣れた道を大嶺沢から小丸山、歌ヶ丘と進む。都会に住んでいて、仕事も忙しい友人は、気持ちはあっても山に向かう時間はなかなか作れないという。道端のオオイヌノフグリ、ヒメオドリコソウ、ホトケノザ、ハコベ・・・色とりどりの小さな花に大喜び。
小さな芽を見つけると「これはなんですか」と聞き、「サジガンクビソウの芽吹きだ」などと応えると「初めて聞きました〜」とまた大喜び。子供と歩いているみたいに一つ一つ感想を言いながら登っていくのが面白い。
「あ、春蘭が咲いているよ」と、先頭を行く夫が大きな声で言う。先日同じコースを登った時には緑の蕾がふっくらと隠れていたから、楽しみにして来たのだ。シュンランは期待通り、歩く先々に花を開いていた。
私たちは道の傍にシュンランの花を探しながら歩いていくが、見つかるのはシュンランだけではない。冬を越してヨレヨレになったウスタビガの繭、なぜか落っこちているサルノコシカケ、森の中には様々なものがかくれんぼをしている。敷き詰められたような松ぼっくりにもビックリだが、動物がかじった痕のエビのしっぽも混じっている。
枯れた木、倒れている木には小さなキノコがびっしりついている。思わず「うわ〜っ」と言ってしまうのが何度見ても同じで笑える。真冬にはたくさんの雪を乗せていた大きなサルノコシカケ(※)もまだ健在だった。友人は「こんなに大きいのは初めて見ました」と、本当に目を丸くしていた。 (※山歩き・花の旅146雪の地附山、大峰山)
森の中を明るく彩っているのはダンコウバイ。黄金色に満開だ。他の木が芽吹く前だから、一際目立っている。雌雄の株が違うそうだが、満開に開いている枝を遠くから見てもわからない。近寄って見比べるとそうかなと思える違いがあるようだ。急な斜面に生えているものはなかなか近寄れないけれど。雄花は濃い黄色の花粉をたくさんつけているので、そっと触ると手に黄色いお土産がつく。
若い人が一緒だと賑やかだ。目が二つ増えたから、発見も多い。粘菌かキノコかわからないアイボリー色の塊を見つけて「じゃがいもみたいだ」と笑い合う。
それにしても今日は他の人に会わない。朝は雲が厚かったからか。風がないので山上は思ったより暖かい。登るにつれ薄日もさしてきた。こんな日はあまりにコントラストが強いピーカンの日より花の写真が撮りやすい。
そう、今日の目当ては山頂のミスミソウ。今年こそは咲き初めの初々しいミスミソウに会おうと楽しみにしていたのだ。
ちょうど良い時期にやってきた友人にも見せてあげようと楽しみにしてきた。そして、期待通り、まだ開き始めたばかりの蕾もたくさんあって、何と言う愛らしさだろう。友人も大喜び。『雪割草』という別名をしっかり覚えていた。サクラソウ科の小さなピンクのユキワリソウは意外と知られていない。
立ったり座ったりしてミスミソウに見惚れ、しばらくしてようやく動き始める。まずは三角点に触れ、それからもう一つのお目当てに会いにいく。コシノカンアオイがもう咲いているだろう。カンアオイ属の中では大きな花がころりと地面に転がっている様子はいつ見ても面白い。案の定友人は「え〜っ、これが花ですか」と、大きな声をあげる。焦茶色の目立たない花。何も主張しないかに見えるが、自然界の中ではちゃんと種を維持していけるのだから、花粉媒介者に向かって主張しているのだろうな。
大峰山山頂での花見を楽しんだので、もう一つの山頂を目指すことにする。東斜面を降り始めると、たくさんの木が伐採されている。大きく積んで、白いビニール袋が被せてある。森が一気に明るくなった。主にアカマツが伐採の対象らしいが、他の木も切り倒されているのが目に入る。楽しみにしていたオオバクロモジは・・・あった。花芽がまだ小さいが、ちゃんとついている。小さな枝を少し折って香りを楽しむ。黒文字の木は爪楊枝に使われていた。高級料亭では今でも爪楊枝と言わず黒文字と言うそうだが、本当に黒文字の木を使っているのか、いや、そう言っているのかだって、高級料亭など足を踏み入れたこともない私は知らない。
地附山スキー場跡からは飯縄山、黒姫山、妙高山が見える。空はグレーだけれど、山を隠してはいない。ここから山頂までは平坦な稜線歩きだ。行ってみよう。歩き始めると道の両端が掘り返されてモクモクしている。イノシシの仕業だと話すとまたまた友人はびっくりする。
地附山山頂の北側からは、スキー場跡では頭しか見えなかった妙高山が下まで見える。雪が少なくなってきた山々をしばらく眺めてから、帰ることにした。物見岩を通って、麓の伊勢社にお参りして帰る。麓ではミヤマウグイスカグラが開き始めていた。春の気配を胸いっぱいに抱いて、足取り軽く家に向かった。