長野市の芋井集落で水辺の花を楽しんだ(※)ので、秋の湿原を歩きたくなった。飯綱高原に広がる大きな湿原、大谷地には何度も行っているが、奥の方まで回ったことがなかった。2019年の台風19号の倒木被害で周遊コースが立ち入り禁止になっているということは知っていたが、行けるところまで行って楽しんでこようと話しながら出かけた。朝散歩だねと、6時過ぎに家を出たので、大谷地湿原の入り口に車を停めた時はまだ7時になっていなかった。もちろん誰もいない、静かだ。
丈高く茂ったヨシの茂みの中、木道を進むと目の前に飯縄山が見えてくる。独立峰らしく、青空の下に大きく裾野を引いて立つ姿にはいつ来ても目を奪われる。
ゆっくり歩き始めたら、男性が一人歩いて来た。夫が「良い天気ですね」と声をかけると「この頃はこんな天気が続いてるよ」と、毎日歩いているらしい答え。男性と分かれ、木道を奥まで進む。覆いかぶさるように小さな花が咲いている。ミゾソバだ。緑の間を覗き込むと小さなイヌトウバナや、ハッカ、セリの花が咲いている。
木道を往復した後、周遊コースに入り、湿原を左周りにゆっくり歩いていく。小川が流れる水辺にはトリカブトやツリフネソウが鮮やかな色に咲いている。アケボノソウも開いて来た。足元にはヤマアカガエルがのそりとお出迎え。ぐるりと回って、東屋らしい建物が見えたところで通行止めの看板。その先は確かに太い木が倒れて道を塞いでいる。残念ながら今日はここまで。1時間ほどの気持ち良い朝散歩。
さて、次は道を進み戸隠を目指す。今日の水辺巡りのもう一つの目的地は鏡池。途中の戸隠展望苑からの眺めを楽しんでから行こう。車を停めてわずかな階段を登ると目の前に蕎麦畑が広がる。目の前の蕎麦畑はもう刈り取られて雑草が生えていたが、戸隠連峰から高妻山のピークまで青く続く岩の壁は見事だ。蕎麦畑の脇の道を少し奥に進むとまだ真っ白い蕎麦の花が咲いている畑があった。一面に白が広がる蕎麦の花は爽やかだ。
展望を楽しんで再び車に。次はみどりが池を目指す。途中、中社の新しい鳥居が建立されている様子を見て進む。足場の奥に大きな鳥居が見えている。いつできるのだろうと話しながら、車はみどりが池の駐車場へ。8時半、お腹が空いて来たので、池畔のベンチで軽い朝ごはんを食べる。人がいないので、気持ちが良い。カルガモが時々頭を水中に入れて、やはりお食事らしい。
軽くお腹を満たして、森の中へ入っていく。雲ひとつなかった青空に少しずつ綿のような塊が浮かぶようになってきた。雲が山を隠してしまわないうちに鏡池まで行こうと、ほんの少し急ぐ。でも道々の自然の姿に魅せられて、足の進みはそれほど速くならない。まぁいいでしょう、その場その場を楽しんで行けば。
サラシナショウマが純白の花穂を惜しみなく立てて、ヒョウモンチョウがたくさん集まって来ている。あまり見たことがない蝶もいる。ウバユリも、オオナルコユリも花は終わって実になっている。シシウドみたいな花火のような花も群れていて豪華だ。後で調べていたら、ヒュウガセンキュウと言うらしい。初めて聞く名前だ。シラネセンキュウという花は見たことがあるけれど・・・花の分類は難しい。
アケボノソウ、レイジンソウ、トチバニンジン・・・と、花の名、実の名を呼びながら森を歩いて鏡池に向かう。平日だけれど、歩いている人が多い。戸隠の人気は衰えることがないようだ。
鏡池に着いたときには雲が少し飛んでいたが、青空は澄んで高く、戸隠連峰の岩がくっきりと見えていた。緩やかに揺れる水面に逆さに写る岩山は、本物より迫力を感じるほどだ。
鏡池に映る岩山にみとれながらゆっくり池のほとりを奥へ歩いていくと、岸辺に何か置いてある。あれ?お財布と、これは車のキーだ。きちんと並べて置いてあるから、すぐ近くにいる人が置いたのかと慌てて周囲を見回すが、誰もいない。まだ10時前だから、さすがの人気スポットも人が少ない。遠くで撮影していたカメラマンが近づいて来たので「あなたのですか?」と聞くが、違うという。
近くのレストランも生憎の定休日、このままにはしておけない。カメラマンの男性に参加してもらって(第3者の目が必要でしょ)、財布を開け、連絡先を探す。なんとか連絡先がわかったので、電話をすると呼び出し音がなる。良かった電波は通じている。しばらく鳴らしても相手は出ない。でも、連絡先がわかったので、まだ写真を撮っているカメラマンと分かれ、時々発信しながら森の出口に向かうことにした。
途中すれ違う人にも聞きながらみどりが池に向かっているとついに着信があり、随神門で待ち合わせをして無事手渡すことができた。「無くしたままだったら蕎麦屋さんに弟子入りしなくちゃいけなかった」と、明るく笑う男性の笑顔が素敵だった。(カメラマンの方もありがとうございました。)
花探しではなくて人探しの戸隠歩きになったけれど、『蕎麦屋さんになり損ねた人』も無事旅が続けられて良かった、良かった。
中央の植物園から森の中に入り、ビオトープに足を伸ばして、水辺の様子を見ながら花々と挨拶をして歩く。サラシナショウマが一面に揺れていて、違う世界に迷い込んだような幻想的な空間だった。