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「一気に高嶺へ」は危ない? 木曽駒ヶ岳 2956m(長野県)

2013年9月10日(月曜日)

地図・御嶽山広域地図


2020年、新年早々信濃毎日新聞に駒ヶ岳ロープウェイ運休の記事が載った(2020.1.5朝刊)。中央アルプスの盟主駒ヶ岳への登山ルートを短縮するだけでなく、千畳敷カールの観光にも大活躍しているロープウェイだ。雪の影響か、支柱の変形が見つかり、数ヶ月運休になるかもしれないとの記事だった。

photo・駒ヶ岳ロープウェイ

長野へ引っ越した年の秋に、私たちもこのロープウェイを利用した。長野へ引っ越したので、山が近くなったと喜んだけれど、実際に山へ行く回数はそれほど増えなかった。木曽駒ヶ岳に向かったのも、一つの理由があってようやく出かけたのだった。

息子の連れ合いの姉がオーストラリアに嫁いでいる。その姉家族(以後ネネ達と記す)がネットで千畳敷の風景を見て、行ってみたいと問い合わせてきた。元気な姉夫婦はもちろん十分楽しめると思うが、子どもたちはまだ小さい。下の子は2歳になったかどうか、果たして歩けるのか・・・私たちも行ったことがなかったので、これを良いチャンスと出かけることにしたのだ。

photo・紹介文の一部分
紹介文の一部分


木曽駒ヶ岳は新田次郎の小説『聖職の碑』でも有名な、学校登山の悲しい遭難事故があった山だ。私は、小説を読み、その後映画となったものも見て、いつか登ってみたいと思っていた。昔の子供たちは尾根を歩いて登ったのだが、申し訳なくもありがたいことに、私たちはロープウェイで一気に千畳敷まで登ってしまう。

photo・千畳敷カールより宝剣岳
千畳敷カールより宝剣岳

登山後、ネネ達には写真入りで情報を紹介したけれど、今、それを見ると、長野の家を朝6時10分に出発。長野自動車道、中央自動車道を通って、駒ヶ根インターで降りる。最寄りの菅野台バスセンターに到着したのは8時5分とある。2時間をちょっと切るタイム。8時15分発のバスに乗ろうとしたけれど、乗り切れず、数分後に出た臨時便に乗ることができたようだ。6年ほど前のことなのにあまり記憶がはっきりしない。ロープウェイの乗り口、しらび平に着いたのが8時50分。このバスが怖かったことははっきり覚えている。狭く急な道をぐんぐん登っていく。窓から見下ろすと真っ逆さまに落ちていきそうな崖の道を何度も曲がって登るのだ。運転手さんを尊敬する。

photo・地図・木曽駒ケ岳

9時のロープウェイに乗り込むと、目指す千畳敷まではたった8分。しらび平は標高1600mあるが、そこからさらに高低差1000mを一気に登る。ネネ達に教えようと思ってこまめにメモを取っていたから、ここまでは珍しく時間が細かくわかる。

ロープウェイを降りて、目の前の宝剣岳に見惚れ、しばし佇む。ここから駒ヶ岳へ往復、ネネ達に知らせる必要はない登山道、私たちのお楽しみ。

photo・お花畑
お花畑

千畳敷カールの中を目の前に立ちはだかる岩壁に向かって歩くと、ジグザグと岩壁を登る登山道が見えてくる。空気はもう秋だ。足元に広がる緑の絨毯には白、黄色、そして綺麗なブルーの小さな花がお花畑となっている。ウメバチソウ、ミヤマアキノキリンソウ、ウサギギク、ミヤマリンドウ・・・花を数えて歩いていると疲れも感じない。ピンクのヨツバシオガマもクリーム色のエゾシオガマも、たくさんの株を残していた。シラネニンジンだろうか、白い小さな花火を飛ばしている。

photo・お花畑2
お花畑2

登山道の八丁坂入り口には「軽装者はここからは入らないこと」と看板がある。カールの散策路には腕章をつけたおじさんがゆっくりと歩いていたが、私たちが登るようだと見て取ると話しかけてきた。「バスやロープウェイで一気に標高を上げてきたから、体の準備ができていない。ゆっくり気をつけて登ってください」と言う。数日前にもこの崖を登る途中で心臓発作を起こして亡くなった人がいますとのこと。


photo・八丁坂のお花畑
八丁坂のお花畑

photo・八丁坂からカールを見下ろす
八丁坂からカールを見下ろす

八丁坂は、まさにカールを見下ろす大パノラマ。確かに急な上りをジグザグに喘ぎながらいくのだが、宝剣岳に続く岩の壁、緩やかにえぐられたカール地形、遠く雲の峰・・・素晴らしい眺めを堪能しながら行く道は豊かだ。上り詰めた乗越浄土は広く、二つの山小屋の向こうに中岳へ続く道が伸びている。

photo・中岳までは緩やかな上り
中岳までは緩やかな上り

私たちはそのまま道を進み、宝剣山荘、天狗荘を通り過ぎて中岳上りにかかる。千畳敷カールの緑濃い草原とは異なり灰色の岩石が連なっている。中岳までの上りは緩やかな斜面だが、いつの間にか霧が濃くなり、周囲が白いカーテンに閉ざされてきた。迷うような道ではないし、植物保護のためにロープも張ってあるので、安心ではあるが、せっかくの360度の展望が隠されてしまったのは残念だ。

photo・中岳山頂にて
中岳山頂にて


中岳2925mの山頂は大きな岩の重なりだった。見晴らしは隠されていたが、岩に座って少し息を整え、駒ヶ岳を目指して歩き始める。

ここから駒ヶ岳の山頂が見えるはずだが、ガスがかぶさっていて見えない。揺れ動くガスの向こうにかすかにスカイラインが浮かぶ瞬間があるだけ。


photo・イワツメクサ
イワツメクサ

photo・中岳山頂から駒ヶ岳への道を見る
中岳山頂から駒ヶ岳への道を見る

鞍部の頂上山荘の青い屋根が見えている。あそこまで降って、あとは山頂まで一気に登るだけ。岩の間にはイワツメクサの純白の花が鮮やかな緑の葉をバックに揺れている。高山の息吹を感じる。そして、特産種のコマウスユキソウ。もう時期が遅めではあるけれど、チラホラと岩の上に顔を覗かせているのが嬉しい。トウヤクリンドウは見事な花をたくさん持ち上げている。

photo・トウヤクリンドウとコマウスユキソウ
トウヤクリンドウとコマウスユキソウ


霧の中を喘ぎながら、けれど、花に慰められながら登って、ついに駒ヶ岳山頂に到着。11時半だった。宝剣山荘の前から1時間。見晴らしがなかったので、ただひたすら登ってきたようだ。


山頂には霧を分けるように登山者が動いている。その中の誰かにシャッターを押してもらって記念写真を撮った。標高2956m、中央アルプスの盟主だ。

まだ9月の前半、晴れていれば気持ち良い山頂なのだろうが、生憎の濃い霧に覆われ、寒い。私たちはフリースの上に雨具も着込んだけれど、それでもじっとしていると寒さが深々と寄せてくる。ただ、霧が濃いだけで雨の粒は落ちてこなかったから、それはありがたかったけれど。

photo・駒ヶ岳山頂
駒ヶ岳山頂

持ってきた軽食を食べる気分にもなれなかったので、山頂を一回りしてから、早々に下ることにした。せっかくの方向指示版も真っ白なカーテンの中では想像するのみ。

「あっちに空木岳が見えるんだね」「御嶽山も見えるはずだよね」「濃ヶ池はこっちの下かな」・・・。360度の大展望というのに、近いところを思い描くのがおかしい。


下りは来た道を引き返す。頂上山荘で休もうかと、入り口の方に回り込んでみたけれど、なんだか気が乗らず、そのまま中岳に向かった。霧は晴れないので、私たちは中岳でも休まず一気に宝剣山荘まで歩いた。ここで何か温かいものをいただいて、体を温めてから最後の八丁坂を降ろうと話しながら山荘に入った。中はテーブルがいくつもあって、気持ち良い空間。周囲に置いてあるメニューを見ながら何にしようかと頬が緩む。

ところが、注文をしようと受付の前に立つと、なんだか中がざわざわしている。山小屋のお兄さん達がバタバタと荷物を出している。電話で話している人もいる。聞こえてきたのは、意識があるのか、場所はどこかなどというおっかない言葉。

さらにかぶさるように、しばらく営業中止しますという大きな声。その声と同時に大きな荷物を抱えた人たちが小屋を飛び出していった。どこか近くで遭難した人がいるらしい。

photo・ナナカマド(実)イブキトラノオ イブキボウフウ タカネトリカブト
ナナカマド(実)イブキトラノオ
イブキボウフウ タカネトリカブト

これではしょうがない。私たちは千畳敷まで降ることにした。八丁坂ではタンカを担ぎ上げる人、AEDを持って走り登る人などとすれ違った。遭難者は中岳で倒れたらしいので、私たちもすれ違っているかもしれない。大事ないことを祈りながら千畳敷カールに降りた。


カールはすっかり秋模様。今年はコバイケイソウが大豊作だったと聞く。今はその実が揺れているだけだけれど・・・。コバイケイソウは数年に一度満開を迎えると言われている。白くて大きな花穂の大群落、綺麗だったろうなぁ。

photo・実、コバイケイソウ手前はチングルマ
実、コバイケイソウ手前はチングルマ

もちろん、秋は秋で美しい。トリカブトの紫、イブキトラノオの白い穂、ナナカマドの真っ赤な実・・・足元にはチングルマの綿毛がフルフル揺れている。

散策路は剣ヶ池まで緩やかに下り、そこからカールのお花畑越しに宝剣岳の勇姿を眺めてロープウェイの駅に向かうところなのだろうが、朝は見えていた宝剣岳も、今は霧の向こうに姿を消し、寂しい風景だ。ここには立派なカールの看板も立っていて、夏の季節には人であふれるのかもしれない。多分この辺りだったと思う、小さな動物が道をよぎった。近くにいた人が「ヤマネ!」と言う。私のメモには大きな字で『ヤマネ』とあるが、残念なことにあまり記憶が定かではない。素早い小動物の動きのように、私の脳内の記憶も素早く消え去ったのかもしれない・・・。

photo・風景はガスの中
風景はガスの中

photo・千畳敷カール
千畳敷カール


ロープウェイでしらび平に到着すると、私たちが降りたゴンドラにレスキュー隊が乗って登って行った。遭難者の無事を祈りながら、私たちは家路についた。




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