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冠着山(かむりきやま) 1252m(長野県)

2015年5月20日(水)

地図・冠着山


『信州百名山』という書がある。清水栄一著、信州の山岳巡礼随筆集と冠している。その書の中で信州百名山の一つに数えられている冠着(かむりき)山は、またの名を『姨捨(おばすて)山』と言って、姨捨伝説の舞台となった山なのだそうだ。そして『信州百名山』の著者清水氏が故郷の山と呼ぶ。その冠着山に行ってみようと思ったのは、「気軽に行ける山」という言葉と、登山口にある青少年山の家のキャンプ場を見てみたいと思ったからだった。長野に引っ越してきて、まだあまり地域のことを知らない私たちは、孫たちが来たときに遊びに行けるところを探していた。


写真・中止看板
『使用中止』の張り紙

7年に一回という善光寺の御開帳でにぎわう長野をあとに、国道18号線を一路南へ向かった。青少年山の家をめざして林道らしき道を走るが、これがなかなかスリルのある登りだった。ガードレールもないダートの道が続く。5月の平日で車が他にいないからいいようなものの、すれ違いは困難。

あまりに道が荒れているので、本当にキャンプ場があるのだろうかと首をかしげながら登って、着いたところは確かに広く切り開かれた駐車場。しかし、周囲は草ぼうぼう。もちろん車はわが家の愛車だけ。大きな木の看板があったが、施設の部分には『使用中止』の張り紙が。あまりに奥深くて経営困難になったのだろうか。確かにあの道を登って遊びに来るのはちょっと考えちゃうかもね。でも、冠着山の登山道の地図はそのままで、木の道標もしっかりしていたので、ゆっくり山歩きを楽しみましょうか、と登山靴を履く。


写真・花3種類
上:クルマバソウ、  カキドオシ
下:ラショウモンカズラ群落とアップ

家を出たのは7時、歩き始めは8時半。気持ちよい朝の空気の中を山道に入っていく。道はしっかりしているが、その道にはみ出して一面に白い小さな花が咲いている。これはクルマバソウ。そして場所を争うように紫の大きな花が群落を作っている。ラショウモンカズラだ。カキドオシの薄い紫も所々に見える。森は芽吹きの緑が揺れて光も踊っている。


道は緩やかな登りで、足下の花々を見ながらの一歩一歩は楽しい。ヒトリシズカはもう花が終わって穂になっている。ユキザサ、チゴユリはたくさん咲いている。ツクバネソウも、テンナンショウも大きな葉の上に花を持ち上げている。形は全く違うけれど。クルマバツクバネソウの花びらは散って実が膨らみ始めている。アマドコロもイカリソウも花盛りだ。頭上に目をやれば、濃い赤や薄い赤、ピンクと、ツツジもたくさん咲いている。

写真・花4種類
クルマバツクバネソウ  ユキザサ


大きな『びょうぶ岩』の脇を進み、花々を眺めていくうちに頂上に着いた。山頂はなだらかな丸い広がりで、ニリンソウが一面に咲いている。南の斜面にはツンツンとまっすぐのびたアザミの大群落だ。ヒレアザミだろうか、ぎゅーっと伸びた先端に濃いピンクの花をいくつもつけている。

山頂には立派な石の方向指示盤があって、晴れれば富士山も見えると描いてあるが今日はあいにく春霞。隣の聖山は見えるが、その奥の雪を抱いたアルプスはかすんでいる。指示盤には『天の岩戸を背負って天翔けてきた手力男命(たじからおのみこと)が、この美しい峰にひかれて、ここでひと休みして冠を付け直した』と書いてある。冠着山の名前の由来なのだろう。

写真・花 テンナンショウとアザミ
テンナンショウ  ツンツン立つアザミ

北側に目を転じれば、善光寺平が見渡せる。足下には篠ノ井線と平行して長野自動車道が走っている。眺めていると、大きな観光バスが何台も長野方面に向かって走っていく。赤い大型バスが同じ間隔を空けて連なっていくのも、おもちゃのようで可愛い。
「あれはみんな、善光寺の御開帳に行くんだね」と、勝手に決めて「あ、また行った」「どこから来たのかね」などと二人で高みの見物も面白い。

山頂の外れには小さなほこらが建ててあり、この山は複輝石安山岩でできている溶岩円頂丘だと書いてある。いにしえより月の名所として名高かったとも。登山メモ帳も置いてあり、毎日のように登っている人がいるようだ。今日も早朝登ったらしい。

写真・JR篠ノ井線と高速道路
冠着山山頂から、篠ノ井線と高速道路

夫は篠ノ井線を走る列車を待って、上から写真を撮っている。私はニリンソウの群落をきれいに撮ろうと挑戦していた。真っ赤なクサボケも咲いている。ツボスミレやタチツボスミレ、真っ白いスミレも見える。白いオドリコソウの花も満開だ。あっちからこっちから眺めていると、群落の中に埋もれるようにして小さな白い花が咲いているのを発見した。これは見たことが無い花。帰って調べたら、一属一種のレンプクソウという。小さな、小さな花がいくつか固まって茎の上に咲いている、可愛い花だ。


写真・ニリンソウ
ニリンソウの群落とレンプクソウ(枠内)

春の花の盛りで、嬉しくて仕方がないが、そろそろ帰ろうか。今来た道をゆっくり下り始める。途中の大きな岩のところで『ぼこだて岩分岐』と分岐の道標がある。同じ道を行くより、少し回り道になっても行ってみようかと、分岐に入る。

崩れそうな崖の下の道を木の枝につかまりながら回っていくが、だんだん踏み跡もなくなってきた。そしてとうとう、道は崖に崩れて消えてしまった。これ以上は危険、引き返すしかない。私たちは滑りそうになる崩れ道を再び木の枝につかまりながら分岐まで戻った。

写真・道は消えて
道は消えて・・・

もう人が歩かなくなってずいぶん経っていそうだった。ただ、帰りにハナイカダや、ハナネコノメソウを見つけられたのは嬉しかった。ハナネコノメソウはほとんど実になっていたけれど。


写真・冠着十三仏
冠着十三仏:森に点在する大きな岩

その後はおとなしく来た道を下った。駐車場が見えるところまで来ると、『冠着十三仏』という表示が出ていたので、見てくることにした。荒れた沢筋に入っていくと、ごつごつした大きな岩が点在し、それぞれに十三の仏の名前がついている。草ぼうぼうの道なき道を上って仏様達に挨拶してきた。『(前略)十三仏信仰というのは日本だけの信仰のかたち(後略)』との看板があり、どうやら昔は仏の形で祀られていたが、平成二十四年に現地の岩を仏に見立てて復元したらしい。緑の中に大きな岩が点在している姿は、重みがあっていい感じだ。

春の森が笑い出す直前に林床に咲く花々をスプリングエフェメラル(春の妖精)と言う。時期は少し遅かったのだが、たくさんの妖精達と出会えた嬉しい山旅だった。




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