雲が空全体を覆っている。数日春めいた明るい日差しに恵まれていたが、今日はなんだかポツリと落ちて来そうな空模様。でも、我が家の気象予報士はだんだん晴れてくるよと言う。車も動かしたいし、長野市の南に福寿草を見に行こうと言う。「そろそろ咲いたんじゃない?」。ここ数日のポカポカ陽気だから、確かに咲きだしたかもしれないが、福寿草は日が差してこないと花が綺麗に開かないかもしれない、ちょっとゆっくり出かけることにしよう。
カバンに煎餅を詰めて出発。上信越自動車道の長野IC近くまで走る。千曲川を渡ると、広々と畑が広がり、小さなショベルカーがたくさん動いている。長芋の作付け準備だろうか。ショベルカーが畝の土を掘り起こす様子を眺めながら走り、上信越自動車道をくぐると山道を登りだす。あと一ヶ月半くらいか、桜が咲き出すとここも賑やかになる。今はまだ静かだ。
妻女山の駐車場に車を停め、靴を履き替えて歩き始める。朝のうちはあまり感じなかった風が強まってきたようだ。ざわざわと木々が揺れる音がする。山はまだ茶色い落ち葉に敷き詰められた世界。緑なのはシダ類とスゲの仲間ばかり。花が咲き出すとシダには目が行かないのだが、この季節の緑はほとんどシダの仲間だから、ちょっとゆっくり見ていく。名前がわからないものばかりだ。葉の裏をひっくり返してみると茶色く小さな粒々がついている。これは胞子だ。けし粒のような小さな粒も目を凝らすと種類ごとに形が違う。
シダばかりではない。そろそろ粘菌も活動を始めるのではないか。腐りかけた倒木を見つけるとその下側を見ながら歩いていくが、粘菌は見つからない。山全体がカサカサに乾いている感じだ。たまに昨年の胞子をとばした跡が見つかるだけ。キノコが張り付いているが、キノコもまた乾き切っている感じだ。
茶色い山道をジグザグに登って、まずは斎場山山頂に立つ。葉を落とした木々の間から千曲川の流れと川に沿った畑が見えている。街の音も上がってくるのか、葉が茂っている時よりもうるさいような気がする。
斎場山を降りて陣場平に向かう。4月になるとバイモの群生が見られるところだが、まだ芽も出ていない。ムラサキケマンらしい芽と、セリバオウレンらしい芽が落ち葉に隠れるように見えていた。千曲川を見下ろすところに菱形基線測点がポツリと立っている。地殻変動を観測するために設置された4点のうちの一つだが、今でも保存状態が良い形で残っている。
雲が薄くなりわずかに青空も見えて来たので、ここでおやつタイムとしよう。小さな木のベンチがいくつか据えられている。持って来た煎餅を齧りながら茶色い世界の住人になる。
動いている時は感じなかったが、座っているとやはりまだ寒い。体が冷えて来たので立ち上がる。堂平大塚古墳に向かう道をゆっくり歩く。この辺りはヤマコウバシの木が多く、今は淡い茶色の霞のように広がっていて美しい。 古墳の周りにはセイタカアワダチソウの大群落だったらしい枯れた花穂が広がっていた。以前来た時より荒れているような気がする。古墳にお参りしてから今度は福寿草を探す。
あ、咲いているよ。山の斜面に明るい黄色が光っている。周辺には杉の木が多いらしく、杉落ち葉が厚く積もっている。その落ち葉を押し上げるように黄色い艶やかな福寿草の花が開き始めている。ちょうど薄くなった雲の切れ目から時折太陽の光が差してくる。
私たちは綺麗だねと呟きながら花に近づきじっと見つめる。それからカメラを出して撮影を始めるが、こんなふうに落ち葉に隠れながら咲く花を見ていると、写真に撮ってもとてもこの自然の美しさを写すことはできないと感じる。
しばらく夢中になって花を写していたが、そろそろ帰ろうか。晴れた日には北アルプスが見えるところだが、今日は全く見えない。頭上には青空も見えているが、周辺は厚い雲の世界だ。今日は東も西も雲の色が濃い。
帰り道は陣場平に寄らず、林道をまっすぐ行く。落ち葉に足が潜るようだ。茶色の中に時々スミレの緑の葉が見えている。タネツケバナや、ハコベらしい葉の広がりを探すが、見つけられない。そして私が楽しみにしていたフキノトウもまだない。
山はまだすっかり冬景色、その中に福寿草だけが鮮やかに咲き出していた。他の花は一つも見つけられなかったのが悔しいが、福寿草の潔さのようなものを感じた山歩きだった。