子供達は正月休みが終わって、日常へ帰っていった。帰る日の朝にうっすらと雪が積もって孫達は大喜び。手形をつけたり、小さな雪だるまを作ったり、一時楽しんでから出発していった。賑やかだった孫たちが帰って行くと、家の中が急に広くなったような気がする。寂しいけれど、私たちも日常の生活に戻ろう。
私たちの日常と言えばやっぱり山歩き。青空が広がったので、いつもの道を通って地附山に向かう。山道を歩き始めるとどこか落ち着いた気持ちになる。
駒弓神社に挨拶をしてからゆっくり歩き始めよう。登山道にはほとんど雪は残っていない。だが日陰になると、散り積もった落ち葉が凍りついていて滑りやすい。気をつけて一歩一歩登っていく。正月休みでのんびりしていた体が目覚めていくようだ。歩き始めた途端ワクワク感に変わっている。体を動かすことがこんなに気分にも影響するとは今更ながら驚いている。自分の体なのに、面白い。
雪の残り方は気温や太陽の方角を教えてくれる。足元に残る雪の様子や、乾ききった登山道の石混じりの土が、1日の太陽の動き(本当は地球が動いているのだけれど)を実感させてくれる。
太い倒木の上にはうっすらと雪の衣が被さり、そこに小さな動物の足跡が残っている。たぶんニホンリスかな。ちょっと止まってそれからまた先へ進んでいった様子がわかる。
のんびり歩いていると、目の前を小さな影がすっと横切った。小鳥。枝に止まってキョロキョロしているが、鳴かないようだ。薄緑色で、目の周りがわずかに白い。野鳥に詳しい人ならすぐ分かるのだろうが、私たちには難しい。ルリビタキの雌かもしれないと、知人に教えてもらって図鑑を見るとそっくりだ。小鳥に出会えるのも冬山ならではの楽しみだ。葉が茂っている季節にはなかなか見つけることができない。
冬芽や、枝に残った木の実を見つけながら山頂へ向かう。木の実はもう少ない。見つけても、縮んでシワシワ。「もうないね」と言うと、「次の世代を作らなくちゃいけないんだから、いつまでも残っていないよ」と夫。なるほど、確かにそうだよね。それぞれの方法でタネを飛ばし、芽を出さなければね。
実りの季節には豊富に枝の先に残っていた実の、その名残を見つけては喜んで写真を撮る。木の実を撮りながら山頂に到着。青空が気持ち良い。だが北の空に湧く雲が黒姫山、妙高山を隠している。私たちは今年の初登頂の記念写真を撮って、来た道を下ることにした。
追記)夜にぱらついた雪は山にはあまり積らなかったようだ。様子を見に行こうと、今日も駒弓神社から登り始める。雪は積もっていないが、寒さはとても厳しい。登山道脇の草や落ち葉に霜が降りて光っている。水分の違いなのか、霜の形も様々で面白い。白く半透明に光を反射している。
山道を登り始めてしばらくした頃、夫が立ち止まる。手が凍えそうだと擦り合わせている。手袋は2枚重ねているが、薄めのものだから寒気が染み込んでくるらしい。しばらく擦り合わせるようにして暖を取り、再び歩き始める。歩くうちにだんだん暖かくなってきたようだが、次はスキー用の手袋がいいかもしれない。それにしても今日の寒気は強い。私もいつもより一枚多く着込んでいるが、歩いても脱ごうという気にならない。
寒いからどんどん歩く。パワーポイントから志賀、菅平方面の山々を眺める。気温は低いけれど、今日はこの後晴れてくる予報だ。
山頂に登ると飯縄山の向こうに黒姫山も妙高山もくっきり見えている。背景は決して青空ではないのに、山はくっきりと浮かび上がっている。空気が乾いているのかもしれない。
山頂は寒いので記念写真を撮って早々に降りよう。まだ時間が早いので、久しぶりに前方後円墳の方へ回ってみよう。雑木林の中は白く雪が残っている。たくさんの倒木が積み重なるように倒れていて、森が泣いているように見える。折り重なった木々に乗った雪は溶けず、その白が寂しさを物語っているようだ。
倒木の中を降りて、六号古墳の下に出る。積み重なった木々の影を見ていくとわずかに粘菌らしいのが見える。ムラサキホコリの既に胞子を飛ばした跡らしい。近寄ってじっくり見ていると、その近くに針でついたような点々が見える。目を近づけてみると、点々には極細の糸のような柄がついているみたいだ。「これ粘菌?」という私の声に夫がやってきて「粘菌みたいだね」。なんという小ささだろう。
雪の残る道端には気の早いオオイヌノフグリが一輪、凍えそうに咲いていた。電柱の上から何を見ているのか、じっと動かないノスリもなんだか寒そうに見えた。