26日)深夜から降り出した雪が降り続いている。日が登ってもどこか薄暗い。窓の外を見ると風に煽られた雪が踊るようにチラチラしている。今日はやめた方がいいよと夫。そうだねぇと呟きながら何度も窓辺に立つ。
洗濯も済んで、窓辺に立つ回数が増える。あ、ちょっと止んだよ、日がさしてきた、行ってこよう。雪景色が見たいという私を駒弓神社の駐車場まで送ってくれた夫は、呆れ顔で「気をつけてね」と言って帰っていく。夫は昼前に用が控えているので一緒には登れない。
駒弓神社にお参りして、歩き始める。雪は止むようで止まない。パラパラと落ちているが、朝のようには多くない。歩き始めるとすぐ、思わず息を呑む。森が白く輝いている。なんと神々しい。神社の森だからではないだろう、自然からの贈り物だ。これが見たかった。素晴らしい。どんどん登っていく。水分の多い重い雪が降り続いているから、木の枝に積もった雪はそのまま積もり続ける。まだ落ちてこない。気温も低いのだろう。
今日は森の雪景色を見るのが目的だから、足が速い。草の芽もキノコも粘菌も、白い衣の下になっているから、見えない。一面の雪の上には足跡もない。人の足跡がないのはわかるが、今日は動物の足跡も見当たらない。多分明け方になってから多く積もったのだろう。動物たちが活動した夜はまだそれほど積もっていなかったのかもしれない。
振り返ると自分の足跡だけ。ガニ股という形容がぴったりの外股でドコドコ歩いている。素敵な足跡と言うには抵抗があるが、たった一筋の足跡も面白い。登っていくと赤松の森がある。モノトーンの世界に赤い幹が生々しい。
山頂に到着、やっぱり周囲は灰色一色、飯縄山も見えない。時々小止みになってはまた降る雪、今日は一日こんな天気らしい。何気なく山頂の看板を見ると、何か白い幕を被せたようになっている。幕がずれて落ちそうじゃないかと思ってもう一度見ると、それは幕ではなくて積もった雪だった。ずり落ちそうになっている様子を見ると、とても雪には見えない。雪は小さな塊がパラパラと落ちてくるのに、集まればまるで最初から繋がっていたようにくっついている。こういう面白いものを見ることができるから、雨の日も雪の日も侮れない。
雪は止みそうで止まない。薄陽がさして明るくなったと思うとまた落ちてくる。美しい世界は飽きないが、そろそろ帰ろうか。雪の帽子を被った木の実を見つけながら来た道を降りる。ついに誰にも会わないまま駒弓神社に「ただいま」の挨拶をして家に向かった。
29日)暮れも押し迫った。明日は神奈川に住む息子の家族がやってくる。今日は今年の登り納めになるだろうか。先日降った雪はその後の好天で消えたかもしれないが、行ってみよう。駒弓神社に挨拶して登り始める。木々に積もった雪はすっかり消えてしまった。太い枝にわずかに残るくらいか。
パワーポイントに上がると、善光寺平が朝靄の中に沈んでいる。朝靄の上には志賀から菅平方面に続く山並みがほんわかと浮かんでいる。空気が暖かいので、山を眺めていると気持ちよい。しばらく山を眺めてから先へ進む。日が登るにつれ、空気が澄んでくるようだ。昨日も良い天気だったから登った人が多いらしく、雪には足跡がいくつも残っている。雪に残る足跡は人間のものだけではなく、ノウサギや、シカかイノシシか、そして一直線に続くのはテンかタヌキか、なかなか正体がわからない足跡がたくさん見える。
雑木林は冬の日差しがキラキラと差し込んで気持ちよい。白く残る雪も歩く妨げにはならない、積もった落ち葉が締まってむしろ歩きやすいくらいだ。
山頂への最後の登りをゆっくり進むと妙高山が白く見えてくる。そして一気に開ける空間に飯縄山がくっきり浮かび上がる。見事な青空だ。飯縄山の右に黒姫山、妙高山が見え、さらに右に目を向けると斑尾山が山頂部を見せている。どっしりと大きい。
今年も残り数日になった。新しい年もまた元気に山頂に立てると良いねと話しながら来た道を戻る。少し遠回りをして、善光寺平を見下ろしながら歩く。道端には刈り払われたクズやオオブタクサが茶枯れて山積みになっている。外来種の勢いはすごいが、クズも負けていないようだ。「クズの葉痕は面白いよ」と言いながら探すが、枯れ過ぎていて見つからない。落ちた葉の長い葉柄の付け根を見ると、ここもまた面白い形だということに気づく。陽気な顔に見えるのだ。
自然の中にはまだまだかくれんぼしている面白いことがたくさんありそうだねと話しながら、私たちはのんびり車に向かった。