とうとう雪がやってきた。と言っても街は雨、裏山だけ白くなった。朝散歩に行ってきた夫が「地附山の上が白くなってるよ」と言う。山の上の雪を見たくなって、公園が開くのを待って出かける。以前なら朝一番で歩き始めたのだが、このところの熊ニュースで、早朝や夕方はつい控えるようになっている。
途中で朝採りリンゴを買って帰ると言う夫に公園まで車で送ってもらう。公園あたりの道は雨の後のように濡れている。上の広場に出ると四阿の屋根に白いものが残っているが、雪の名残はそこだけ。
まだまだ赤や黄色に染まっている森の中を歩き出すと、ポタポタと賑やかな音がする。木々の上に残った雪が朝日を浴びて溶け、雫となって落ちてくる。道に張り出した枝からも絶え間なく落ちてくるので、まるで雨の中を歩いているようだ。
気まぐれな雫は雨と違って、頭上の枝が密なところはポタポタ激しいが、空間が開いているとポツリ、ポツリ。森の中は落ち葉の上に落ちる雫が賑やかで音楽を聴いているようだ。
パワーポイントまで上がると、残っていた。草の上、木のベンチが白い。先日覚えたばかりの黄色いキノコ、ツノマタタケが寒そうだ。
落ち葉を踏みながら山頂に着くと、銀色の世界が広がっていた。木々の枝がうっすらと白く化粧した様子は霧氷にも似て、日の光が当たるとキラキラ輝いている。ちょっと積もっただけなのに魔法にかかったように空気まで踊っているようだ。
飯縄山の上には厚い雲が広がっているが、裾がチラリと見えて、赤色が美しい。白く薄化粧をした山頂の輝きの中でしばし佇んでから祠に挨拶する。 山頂のベンチには若い男女が座って、楽しそうに話している。朝早くの山頂で若者を見かけることは珍しい。時々山の名前が聞こえてくるから、山が好きな仲間なのだろう。ふと見ると、ベンチの端に小さな雪だるまが寄り添っている。雪だるまと若者たちの寄り添う姿を眺めながら山頂を後にした。
2日後、最後の紅葉見物かなと雪が消えた地附山へ登った。青空が広がって気持ち良いが、11月も後半になると太陽はずいぶん斜めから差してくる。斜めの日差しが作る影はまだ色が濃い落ち葉の上に長く伸びていて面白い。
登山道の上に積もった落ち葉は少しずつ丸まってきた。これから雪に押され、来年の春には土と一体化していくだろう。
まだまだ美しい、最後の紅葉を楽しみながらゆっくり歩く。落ち葉を踏み締めて歩く道は気持ち良いけれど、木の根や石ころが落ち葉に埋もれているので、要注意だ。私たちは足元に気をつけながら進む。
眠りの季節に入った山には花の姿は見られないけれど、植物たちはすでに来春への準備を始めている。木々の実も冬芽もそうだが、草花もロゼットになったり、地下茎を膨らませたりしている。道端のサイハイランは花の跡の茎が立ってその隣には濃い緑の葉が存在感を示している。
植物だけではなく昆虫なども同じなのだろう。私の目には見えていないだけのことなのだと思う。道に落ちていたボコボコした膨らみは、ヌルデにつく虫瘤ヌルデノミミフシではないだろうか。いくつも抜け出したような穴が空いている。冬はどうやって過ごすのだろう。
赤に、黄色に、オレンジに、樹下には落ち葉の絨毯ができている。そして時々緑のまま落ちて白っぽく脱色している落ち葉の道もある。マメ科の植物(ネムノキなど)は根で栄養補給ができると聞いているが、見上げる木はハンノキの仲間だ。マメ科ではないけれど、ハンノキの根も窒素固定を行っているそうだ。必要とする栄養を自家補給したり菌根菌の助けを借りて供給してもらったりできる。多くの木は働きが終わった葉から樹木本体へ栄養が移って、緑が消えて落葉するが、ハンノキは葉から栄養を移さないで緑のまま脱落するそうだ。何度も歩いた森の中にまだまだ知らないことが多い。そして発見があるたびにワクワクする。
あっちを見、こっちを振り返りしながら山頂に登ると、雪はすっかり溶けてしまい冬枯れの気配が濃い。雪はもう全くないよねと話しながらいつもの記録写真を撮ろうとしたら、木のベンチの端っこに小さな雪の塊がころんと転がっている。2日前の雪だるまさんだ。小さな雪の塊が、もう冬はそこまできているよと言っているようだった。