友と語る夜は楽しいものだ。ぐっすり眠って夜が開けて、さて今日も青空が見える、どこへ行こうか。久しぶりに夫も山歩きが楽しめそうだと言う。体調が戻ってきて気持ちは絶好調でも、しばらく山歩きをしていなかったから、足の筋肉は少〜し労わりながらのほうがいいだろう。そして、気がかりな熊。花の季節も終わりだし、慣れたところ、人もいるところへ行こう。
車に乗って出発。戸隠は元々熊さんの住処、お邪魔しま〜すと言いながら人間がウロウロしている場所。森の奥に熊はいるだろうが、散策路までは好んで近寄らないような気がする。とはいえ、もちろん熊鈴は鳴らして歩く。ご挨拶だ。
途中青空が綺麗に広がって、真っ白な北アルプスの頂も見えてきたので、寄り道をして展望を楽しんでいくことにした。
急な階段を上がって「湯ノ峯夕陽展望苑」と標柱のある高台へ登ってみた。以前ここから富士山が見えたので期待したが、今日は八ヶ岳方面に雲が広がっていて見えない。綺麗に見えていた北アルプスも眺めているうちに雲がふわふわ増えてきた。
あまりのんびりしていないで、目的地に行こう。森は薄黄色のヴェールを広げたように美しい。その中に続く一本道を走って森林植物園の駐車場に車を停める。車は楽だ。最寄りの路線バス便が一気に減って、時間や停留所に左右された戸隠歩きをしたばかりだったので、森林植物園に車を停めてのんびり歩き始めることのありがたさが実感できる。
まず中社まで戻ってから池巡りをしようかと話していたが、雲が多くなってきたので、鏡池に先に行くことにした。名前の通り、池の面に戸隠山が映る池だ。青空ならさらに良いと、雲が広がらないうちに行こう。
湿原の中の木道を歩いて周辺道路に出てから、ぐるりと森林公園の淵を回っていく。沢水の流れが澄んで美しい。木の実も食べられたか、落ちたか、ずいぶん少ないけれど、まだ枝先に赤く青く光っているものを見つけると嬉しくなる。
綺麗な沢水を越えて、急な階段を登ると鏡池の水面が右手に広がる。池の向こうにゴツゴツした戸隠山が聳える姿は何度見ても素晴らしい。ほとりのベンチに座っておやつを食べながら見ているうちに風が凪いできたらしく、逆さ戸隠山が見えてきた。数日前に雪が積もったらしいが、今日は溶けている。岩肌にわずかに残る雪がコントラストを際立たせて険しい。
さて、鏡池の風景を堪能したので、先へ進もう。森の中へ続く道を少し登り、硯石を通って小鳥ヶ池に出る予定だ。カラマツの葉がハラハラと音を立てるように降ってくる。風にも波があるのか、思い出したようにパラパラ〜と降りかかるのが面白い。木々は赤に黄色に染まった葉を枝いっぱいに広げている。笹の緑とのコントラストも、空に広がる大らかさもずっと見ていたいようだ。
今年は森の木の実などが不作で熊も郷に出てくると言われるが、足元にはドングリの実がたくさん落ちている。すでに根を出しているのもあるので、友人とじっくり見る。「これは根か、芽か」などと謎かけのようなことを話しながら観察する。
友人の声は澄んでよく響く。冗談のように「熊よけになるからおしゃべりしながら歩こうね」などと言っている。風景を眺めたり、ドングリの根の出方を見たりしている時は口数が少なくなる。そんな時、夫が「スイッチオンにしてください」と笑う。私たちは「ハイ〜」とふざけながら大笑い。そしてまた賑やかに歩き始める。
これから冬に向かうというのに、足元には花芽が膨らんでいるものもある。そんなフッキソウやツルシキミの花芽を見つけてびっくりするのも楽しい。
右に展望が開けてきた。硯石だ。鬼女の伝説をざっと話しながら荒倉山を眺め、盗賊おまんの話をして硯石を覗き込む。落ち葉がいっぱいで、自分の顔が映らないのは幸せかなぁと笑い合う。
さらに深い森の中を、若者に時々追い越されながら進んで、ようやく小鳥ヶ池に到着。池のほとりには私たちだけ。私は何回かこの池のほとりを歩いたけれど、夫も友人も初めてだ。あいにく風が出てきたので、逆さ戸隠山は見えないけれど、空気が清々しい。
寒いので今日は坦々麺を食べて帰ろうと意見が一致。「戸隠なのに蕎麦ではなくて坦々麺?」「蕎麦は何度も食べているよ」「蕎麦ガレットも食べたし」、と賑やかに言い訳(?)しながら、辛い麺で体を温めた。