一気に空気が冷え込んで、長野は夏にさよならをした。ジクジク続く雨に恵まれてキノコが一斉に傘を持ちあげている。だが、私が知っている食べられるキノコは見つからない。山道を歩きながら、いろいろなキノコに目を楽しませてもらっているばかり。
先日、夫と二人でゆっくり歩いているときにタオル地のハンカチを落としてしまった。地附山の山頂から一回降り、物見岩に向かって少し歩いたところで粘菌を観察し、再び地附山に登り返したところで気がついた。登りながら汗を拭いていたから、山頂稜線でキノコや木の実を観察しているときに落としたのだろう。戻るには時間がなかったので、その日はそのまま帰ったが、山にゴミを置いてきたような気がするから回収しに行こう。
ハンカチを落としたのは17日、物見岩から上がって粘菌のその後も観察しながら地附山に登ったのは2日後の19日。物見岩では登坂訓練をする若者がオーバーハングの岩に取りついている。たった2日の間に粘菌はずいぶん姿を変えてしまった。そして、ずいぶんじっくり探したつもりだが、ハンカチは無かった。動物さんが持って行ったか、誰かに拾われたか、ゴミになっていなければ良いとしよう。
山は実りの季節を迎えている。木々の実もはじめは葉の色と同じで目立たないが、だんだん赤に黒に濃い群青色にと、それぞれの色に染まってくる。食べられる木の実が膨らんでくると、嬉しくなって歩きながら何粒か口に放り込む。あまりたくさん実らない木の実は申し訳なくて採らないが、ナツハゼはあっちにもこっちにも黒くなった実がぶら下がっているので、たっぷり味わえる。サンカクヅルは大きな葉に隠れた実があまりに少ないので、登るたびに一粒ずつ味見をさせてもらう。
ミヤマガマズミは赤い宝石のように光っている。これからの季節、目を楽しませてくれる。コバノガマズミはちょっと遅れて赤くなってくる。サルトリイバラとサルマメはよく似ているので私は間違えてばかり。本には葉が違うし、ツルも違うので間違えようがないと書いてあるが、ほぼ枯れて小さくなった葉をつけたまだ小さいサルトリイバラは一見サルマメに見えてしまう。
じっくり森を見ながら歩いていると、季節が変わっていくことを感じる。秋の花が開いて、夏賑やかに咲いていた花が実をつけている。野草の実は洋服にくっついてくるものも多く、煩わしいこともあるが、実りの季節だなぁと実感する。
地附山にはいくつかのルートがあり、それぞれのルートに特徴がある。久しぶりに金刀比羅宮に回ってみたら、見慣れないキノコがポツポツと顔を出している。
柄に特徴があるキノコは調べたらセイタカイグチという名がすぐ出てきた。こんなに分かりやすいキノコだけれど、今までしっかり見たことがない。赤く光っている小さなキノコも、真っ白な巨大なキノコも藪の中を歩けばたくさん顔を出している。
キノコだけではもちろんない。昆虫、蝶、そして鳥も賑やかだ。蝉の声が静かになってきたのは、やはり朝晩の寒さによるのか。南へ渡る鳥の姿を求めて空を見上げている人にも会う。
9月も終わりだなぁと言いながら山道に入ったのは27日。このあとの数日は用が重なり山を歩けそうにないからと、ゆっくりじっくり歩く。森へ入るとすぐ、ヌルデの虫瘤に目が留まる。栗や胡桃の実が大きく膨らんでいるので、同じような実に見えるが、これはヌルデノミミフシという虫瘤だ。一週間ほど前に大谷地湿原の奥では、もっと大きなのを見た。この虫瘤は昔から「五倍子(ごばいし)」と呼ばれ、生活に使われていたらしい。タンニンを多く含むので薬用にも使われたし、鉄を溶かしたものと混ぜて「お歯黒」にしたそうだ。時代劇に出てくる「お歯黒」は、「どうして?なぜ?」という風習だが、自然のものを使っていたんだ・・・とこれまた驚く。
以前ビールのホップに似ている実を見つけたところで花を探すが、もうほとんど枯れてしまっている。かろうじて花粉を揺らしているのを一つ見つけた。これはカラハナソウ、ホップの仲間だ。以前夫と、ビール作ってみようかなどと話したが、おいしくないらしいから、お土産にはしない。ホップに似た実がぶら下がっている。
イシミカワの花も1、2㎜、なかなか咲いている様子を見られない。花の形はいつも驚くほど美しい。
自然の奥深さに目を見張りながら歩く山道、これからも何度でも訪ねたいと思ってしまう。センブリもウメバチソウも開き始めた。次は夫と来よう。