2023年11月下旬に桝形城跡に登った。紅葉がきれいだった。チェーンソーの音を響かせていたイケさんと話をして別れた。それからしばらくして旅立ったイケさんの思い出が強すぎて、桝形城跡は私の中で神域となり、大切な場所と封印された。
イケさんが旅立って一年が過ぎた。思い出の詰まった山に行って心の中のイケさんとおしゃべりをしてこようと、封印を解いて桝形城跡に向かった。
数日前の寒波で積もった雪はその後の好天でだいぶ溶けたが、まだまだ山は雪道だ。そして好天の朝は気温が低く、雪道は滑りやすい。今季初めて軽アイゼンをつけた。
まずいつもの道を地附山に向かう。午後から会議があるので、朝早く家を出たから雪は締まっている。日中も日が差さないようなところは凍っている。だが、一面氷ではないので小さな軽アイゼンでも十分だ。ザクザクと雪を噛んで気持ち良い登りが続く。降った雪が多かったので、登山道は真っ白だ。雪が溶けて地面が見えるようになってから凍ると、アイゼンを履くのがためらわれるが真っ白な時は便利だ。
地附山の山頂は空気さえも締まっている。数日前に登山道を外れた雪面に踏み込んで遊んだが、その後誰もそんなことはしなかったのか、私の足跡が窪んで残っている。面白いのでもう一度同じところに踏み込んでみようと思ったら、雪面が凹まない。表面が凍っていて足が潜らないのだ。雪国ではこの現象を『凍み渡り(しみわたり)』と言う。私が子供の頃は広い田んぼの上をどこまでも自由に歩けて面白かった。積雪1メートルを越える雪原でも自由に歩けたが、それは日が出てくるまでの話。
凍み渡りを楽しんでから、桝形城跡に向かう。地附山には前日までの足跡がたくさん窪んで道ができていたが、桝形城跡の登山道には足跡らしいものは残っていない。私はゆっくり登り始める。登ると言ってもそれほど距離があるわけではない。ただ、どこにもイケさんの面影が潜んでいる。イケさんが大切にした山域だ。倒れそうな木を一人で伐採し、切って積み重ねていたところ。キノコを採って歩いていたところ。珍しい花を見つけると一緒に指差して目を輝かせたところ。粘菌を発見して大喜びしたところ。思い出せばキリがない。
一歩一歩上がって、桝形城跡の山頂についた。もうイケさんには会えないのだということがゆっくりじっくりしみ込んでくる。
でも私の中に生きているイケさんの顔は実にイキイキとさまざまな表情で自由自在だ。私が苦手な樹木を、その枝ぶりで、葉の形で、実の色で教えてくれたあの時の呆れた表情、得意げな表情。びっくりした表情、みんなそのまま蘇る。
雪の中でたった一人歩きながら、きっと百面相をしていただろうな、私。誰も見ていなくてよかった。城跡の主郭からは木の間越しに隣の三登山、遠くの志賀高原などが見える。木の葉が茂ってくると見えなくなる、今だけのプレゼントだ。しばらく山頂を歩く。ゆっくり周囲の一つ一つに目を止めながら。アズキナシの花が今年も咲くかな、ネズミサシの実は何個ついたかな・・・などと。勉強家だったイケさんに負けず、私もちょっとずつ、ちょっとずつ自然のことを学び続けようと思うが、一人で学び続けるってなかなか大変なことかなぁと思うこの頃だ。
まぁいいか。ほら出た、いい加減な本性!でも本当にまぁいいか。自然の中に立って気持ちよい息をするだけでイケさんに近づけるような気もするのだから。
凍りついた雪の表面に縦横に走っているノウサギやイノシシ、鹿などの足跡を楽しみながらではあったが、午後の会議に間に合うように慌ただしく帰った。
2日後にもう一度山道を歩いたのは、横目で見て通り過ぎた冬芽や高いところにぶら下がっている木の実などをゆっくり撮ってこようと思ったから。
登り始めのリンゴ畑では農家の男性が梯子に乗って剪定作業をしている。いつも気持ち良い挨拶をしてくれるが、農家の仕事は大変だなぁと思う。どんなふうに剪定するのかわからないけれど、リンゴの冬芽はふかふかの毛皮を着たようにツンと立っている。
雪解けの水が流れる山道を、汗をかきながら登って山頂に着くと、目の前に青空が広がった。濃く澄んだ青空が綺麗なその日は、久しぶりに日本海沿岸の空が晴れたのか、妙高山が真っ白い姿を綺麗に見せていた。