太平洋の波近いところから友人がやってきた。山道を歩くのは好きだけれど、雪の中を歩くのは怖いという。たまたま友人がやってくる数日前に長野にも雪が積もった。今年初めての20cmの雪、裏山の上部では25〜30cmになった。
歩くのは好きだからと、長野駅から我が家まで歩いてきたが、山道を歩くのはまだ難しいだろう。久しぶりのおしゃべりに花を咲かせて眠り、翌日は行けるところまでの散歩をすることにした。
登山用の靴ではないので、山道に入る直前まで行って、見晴らしを楽しもう。幸い、空は青い。家からゆっくり歩き始めて、リンゴ畑の下の雪道に入る。りんごの枝の剪定をしている男性がハシゴの上から「こんにちは」と声をかけてくれた。私は何度も歩いている道だが、友人は初めて歩く。
りんご畑の周りの森には鳥の影が濃い。友人は目が良いのか、すぐ見つけて「あそこ」と指差すが、私のカメラはなかなか追いつけない。エナガ、シジュウカラ、コゲラなどが見える。少し離れたところにはイカルが何羽か枝をついばんでいる。止まっているのは楓の枝のように見えるが、何を食べているのだろう。
しばらく野鳥観察を楽しんでから駒弓神社を目指す。雪に慣れていない友人も、真っ白い世界が嬉しいようで、元気に足を運んでいく。階段の雪は踏まれて足形がついて凍っているから、手すりにつかまって登っていく。駒弓神社に到着、「合格祈願に御利益があるそうだよ」と私が話すと、さて何の合格をお願いしようかしらと笑う。
駒弓神社にお参りして、いつもは地附山に登っていく道を少しだけ登ってみる。森の中は一面に雪の世界、その白い雪の上に、前に歩いた人の足跡が続いている。足を乗せてもズブズブもぐる事はないが、慣れていなければちょっと怯むかもしれない。
少し森の中に入って雪の登山道の雰囲気を味わってから降りることにした。木々の向こうに善光寺平の広がりと霞む山々が美しい。
雪の上には木の葉や木の実が落ちている。春も近くなった雪は湿っていて、枝に乗った雪が落ちる時に一緒に落ちてくるものもあるのだろう。普段あまり目を止めないものも足元にあると目を惹かれることがある。
遠くの山を眺めたり、足元の森の落とし物に目を止めたり、私たちはのんびり雪の中を歩いて街へ向かった。
最後に地附山公園への坂の途中から善光寺平を見下ろす。冬期閉園中の公園には行けないが、十分見晴らしを楽しむことができる。山間の盆地と思うとその広さに驚くほど善光寺平は遠くまで広がっている。
街へ降りると昼時になったので、善光寺近くの蕎麦屋さんに向かう。美味しい蕎麦でお腹を満たし、今度は城山に登ってみよう。
地附山の麓にたくさんの野鳥がいたので、城山公園にも期待しながら歩いてみたが、小鳥の姿はあまり見えなかった。植木屋さんが高い梯子に乗って松の手入れをしている。年間何回の手入れが必要なのか詳しくは知らないが、何だかいつ来ても松の剪定をしているような気がする。
公園を通り抜けて城山に登ってみる。県社(けんしゃ)と地元の人に愛されている城山だが、その山頂の社まで行く人は案外少ないのではないだろうか。そういう私も数えるほどしか登っていない。雪が降って真っ白になった山頂を歩いて、社の裏に回ってみると、大峰山、地附山が手にとるようだ。
さっき歩いてきた駒弓神社はあの辺かなぁ・・・と、指差しながらしばらく山を眺めてから、城山公園を通って家に帰ることにした。
春になればソメイヨシノが満開になり賑やかになる城山公園も今は静かだ。私は友人をそっと斜面の外れに案内する。三本の桜の木が小さなピンクの花を開いている。花開いてから急に寒気が強くなったので、開いた花が茶色く縮こまってしまっているものが多いが、時々まだきれいなピンクの花も見える。
公園の端に立つユリノキも昨年の実がまるで花のように立っている。梢が高くて見えないけれど、春の準備も始まっているのだろうか。
かろうじて背伸びをすれば見える枝にヤドリギがついていて、私は来るたびに楽しみにしているが、小さな蕾のようなものが見えている。
本当に春はそこまできているみたいだねと、友人と顔を見合わせながら家に向かった。