しばらく用が重なり山に行けない日が続いたが、朝焼けの空が青く澄んできたのを見て、裏山へ行ってみることにした。何回か山は白く染まったが、日中の暖かさで溶けた。だがいよいよ我が家の庭にも白いものが残るようになって、雪の季節が来たことを実感する。
家から歩いて行こうかと言う私と、ちょっと車も動かしておきたいという夫。もちろん楽な方に傾き、車に向かう。家の前の道路がしばらく工事中で、愛車はちょっと離れた駐車場に停めてある。
駒弓神社の参道は白くなっているが、日が登ってきたので凍ってはいない。登り始めると、木々の梢に凍りついていた雪が溶けて雨のように降ってくる。時々小さな氷の塊も一緒に落ちてくるから要注意だ。
登山道は昨年愛護会の人が手入れをしてくれたので、歩きやすくなった。崩れてきた道に木の横板を止め、緩やかな階段状になったので、足が安定する。
ポタッポタッ、時々ザーッと、雨か雪か氷の粒かわからない物が落ちてくる中をぐんぐん登る。倒木があっても雪を被っているので、粘菌がみつからない。もちろん花もない。そんな森の中に、時々光る木の実や冬芽を見つけると嬉しくなる。
斜めの太陽の光が反射して赤、青、緑に、まるで森の中に宝石を散りばめたようにキラキラしている。そしてこの光はこちらが歩いて動くたびに煌めきを撒き散らす。目の前に広がる世界がキラキラと変化していくのを眺めながら歩く。まだ登山道には雪が積もっていないし、凍りついてもいないので歩くのには困らない。
煌めきの森、素晴らしい冬の贈り物だ。
しばらく登ると、山道が緑色になってきた。葉脈のはっきりした緑の葉が一面に広がっている。先日登った時は赤やオレンジ色の葉が敷き詰められていたのに。葉柄がしっかりしていて葉の表面に艶があるこの葉はミヤマハンノキらしい。急に冷えて凍ったために樹上に残っていた葉が落ちたのだろうか。
木々は白く化粧をしているが、その下から真っ赤な実がきらりと光る。ガマズミの仲間もみんな葉を落とし、実だけが寒そうだ。小さなネジキの実も濡れて光っている。
私たちは木々の梢を見上げながら歩こうとするが、森の中では降ってくる光の粒が多くて上を向いて歩けない。まだまだ時々雪崩のように小さな氷の粒が降ってくるから油断ができないのだ。
パワーポイントからは浅間山の火口から白い煙が上がっているのが見える。雄大な山の連なりを眺めてから山頂へ向かう。
山頂も真っ白だ。人もいない。北の飯縄山は雲をかぶって、裾野だけ見えている。黒姫山も妙高山も雲の中。
ベンチの雪を払い、山頂のおやつタイムを楽しもうと思うが、寒い。今日は小さな敷マットを持ってきたので、尻の下だけは大丈夫だが、足の先から手先から、全身に冷気が刺してくる。
動いていれば寒さを感じない。山頂周辺を歩きながら、木の実や冬芽を撮影する。リョウブの冬芽は暖かくなると傘が開くように裾を広げるが、今はしっかりと包んでいる。
木々はこんなに寒い中、すでに春の芽吹きの準備をしているのがすごい。トチノキの冬芽はネバネバした液で包まれているのでうっかり触るとペタリ。一口に冬芽と言っても、葉を包んでいる芽、花を隠している芽、いろいろある。中には花と葉を一緒に包んでいるのもある。
ツノハシバミはすでに雄花が伸びて、雌花は小さくポツリと丸まっている。森の中に隠れている、それぞれの姿を見つけて喜んでいるが、私が見つけられるのはほんの少し。森の中にはもっともっと様々な秘密が隠されている。少しずつでも見えるようになりたいものだ。
今年の初雪山だと、積もった雪に手形を押して遊ぶ。暖かいところに住む子供達が長野に来ると、雪景色の中で家族の手形を並べて喜ぶ。今日は夫と二人で、子供たち家族の真似をしてみた。たった二つの手形はさびしいね、まぁいいか。
山頂で写真を撮ったり煎餅をかじったりしていたら、毎日登っているヤマさんがやってきた。何回か会ったことがある男性と一緒だ。毎日登っているだけあって、ヤマさんが知らない人はいないのではないかと思うくらい地附山の登山者とは仲良しだ。しばらく話をして、彼らは先に降りていく。
眩い光の中を楽しむのも寒さには敵わない。私たちも降ることにした。明日からまた数日用があるので、今日はゆっくり山の美しさを楽しんでから帰ろう。麓に降りてくると、雪がぐんと減った。登山道にはまだ紅葉の落ち葉が散り敷いている。赤い落ち葉とわずかに残る雪の姿が、冬到来を語っているようだ。