「髻山に久しく行っていないね」「粘菌観察に通ったこともあったけれど」という会話が数回あった。そう言えば春にセリバオウレンの花を見に行ってから行っていないようだ。
早朝や午後に用があってもさっと行ってくることができる幾つかの山の一つ、髻山。登山というより山散歩コースなのが嬉しい。時には物足りない思いもするのだが。
ゆっくり9時近くに家を出て、若槻大通りを北上、三登山の下を走って行く。車を停めて足元を整えて歩き始める。家から30分余りで山に入ることができるのは嬉しい。
りんご畑が広がる緩やかな斜面を登って行くとため池があり、水辺の草が逆さになって鮮やかだ。もくもく湧いている雲と隙間から覗く青空がどこまでも深く映っている。
さらに登ると小さなため池がいくつか集まっていて、ガマの穂が風に揺れている。葉も茎も茶色になってなびいているが、まだ穂は爆発していない。
里山の紅葉もそろそろ終盤か、茶色の木の葉が風に煽られてひらひら舞っている。日の光がさせばもう少し赤や黄色に輝くのだろうが、あいにく雲の隙間は狭い。茶色に染まった森の中の道をのんびり登っていく。
期待していた粘菌にはなかなか出会えない。倒木の後ろをのぞいたり、藪の中の木をひっくり返してみたりするが、見つかるのは小さなキノコばかり。カワラタケの仲間や、ビョウタケの仲間がびっしりついている木もある。中には煤をこすりつけたような黒くて粉っぽい塊もある。キノコなのか、苔なのか、それとも地衣類なのか、得体の知れないものだ。
登山道の脇は深い森でカラマツなどの大木が何本も倒れている。近くまで入っていけば粘菌も見つかるかも知れないが、ここ数日の激しい雨で森もぐちょぐちょに濡れているから藪漕ぎはやめた。
以前ハチノスケホコリが見つかった木をじっくり見て行くと、1cmくらいの赤い塊が見えた。ハチノスケホコリが胞子を飛ばした跡の蜂の巣のような塊だ。他には見つからない。
道には落ち葉が敷き詰められて茶色の絨毯だ。カラマツの小さな葉がハラハラと散ってくる。森の中にはハッとするような光るものが見えることがある。花だったり、小さな虫だったり・・・今はキノコだ。「碁石が落ちてるよ」と夫が笑う。まさに白い碁石が二つ。綺麗に光っているのはキノコ。
かと思えば、木のひだの中に紫色のぐにゃぐにゃした物が、今にも動き出しそうに挟まっている。これはキクラゲの仲間だろうか。一つ一つ見ているとキリがない。
あまり人に会うことが少なく、特に冬には誰もいない髻山だが、今日は二人連れの男女に会った。ゆっくり歩いて、時々森の中に熊鈴の音を響かせている彼らはキノコ採りらしい。私たちが切り株に出ている可愛いキノコの写真を撮っていたら、森から現れた彼らが「それはクリタケですよ」と教えてくれた。普通は数本が株になっているものが多いそうだが、このキノコは一本きり。でも首を傾げながらも裏表をじっくり見て、「やっぱりクリタケだ。一本だけでも味噌汁に入れると美味しいですよ」と言う。
クリタケは美味しいキノコと聞くが、毒のニガクリタケと間違えることも多いという。見分けがつかないので自分たちだけでは採らないのだが、今日は安心してカバンに入れる。
先に行った彼らと別れ、ちょっぴり森の中の粘菌探しをしてから山頂を目指す。
馬かくしからはちょっと急になるが、距離は短い。滑らないように気をつけて登って行くと、上から熊鈴の音が響いてくる。先に登っていったキノコ採りのご夫婦が降りてくるようだ。
山頂の肩ですれ違い、私たちは山頂へ。朝は濃かった雲が薄くなり、青空の向こうに志賀の山々が見えている。ゲレンデらしいところが真っ白になっているが、全体的にはまだ白く染まっていない。
山頂のベンチに座って、持ってきたおやつを食べる。夫が「本物はどっちでしょう」と笑いながら両手に茶色いお饅頭をかざす。お饅頭と見えた一つは、さっき採ってきたクリタケ、本当にそっくりだ。思わず大笑い。
もっとのんびりしていたかったが、風が冷たい。広い山頂を一回りして、志賀方面の山々にバイバイと言ってから降ることにした。
楽しみにしていたクリタケは、ちょうどいただいた野沢菜と炊き合わせて食べた。たった一個だったけれど、存在感のある歯応えとちょっと滑りのある食感がなかなかうまい。伊豆の友人が送ってくれたシークワーサーで締めた庭の菊の酢の物と、山仲間が持ってきてくれた大根のサラダが似合う食卓となった。