お彼岸の連休最後の日は青空が広がった。我が家からは遠くの山も見えている。こんな日はアルプスを眺めに行こうかと、聖山(ひじりやま)へ行くことにした。夏に息子家族が来て聖湖周辺や三峯山を歩いてきたが、彼らは聖山には登らず高原散策とスカイライダーを楽しんで帰ってきた。私たちは聖湖から奥に入り、聖山に登ってこよう。
おにぎりを持って茶臼山の麓から稲荷山を通り、山に入っていく。途中の千曲川展望台から下を眺める。田毎の月で有名な棚田は黄色く染まり、大きく畝っていく千曲川がその向こうに悠々と見える。
カーブが続く道を上り詰めると目の前に聖湖が広がる。連休だからか、車が多く、釣り糸を垂れる人が見える。
私たちはさらに山道を登る。一時は賑やかだったかと思われる別荘地の中の道を進む。今は荒れている感じだ。かくれくぼの丸い看板を見てさらに進んで三和峠に着く。先客の車が2台停まっている。端に寄せて我が家の車も停め、歩き始める。下は青空だったのに、霧のような雲が流れている。だが、登り始めると再び青空が見えてきた。
前日の雨が残る道は滑るので要注意だ。急な、土が剥き出しの道をゆっくり登る。道の両脇は深い森、時々開けるが、全体的には笹が密生している。笹が茂ってくると、小さな山の花が生息の場を追われるのではないかと気にかかる。今はサラシナショウマが白い花穂を掲げている。丈が低い個体が多いので、イヌショウマかとも思ったが、葉の形が違うようだし、花に柄があるので、やはりこれはサラシナショウマらしい。
さまざまな木の実が落ちているのを楽しみながら歩いていると、黄色い小さなキノコが目に入った。「サンコタケだ」まだ出たばかりのようなスマートなサンコタケ、その後もっと上でまた見つけた個体は成長したものだった。私はなるべく匂いを嗅がないようにしていたが、夫は「やはり臭いよ」と笑っていた。
歩いていると足の下で木の実が潰れる音がする。大小様々などんぐりがたくさん転がっている。クリも、トチノキも、コブシやヤマボウシも、山道は山の恵みの宝庫だ。ヤマブドウの実を口に含むと酸味があって元気が出る。ミツバウツギはまだ青い実がぶら下がっているが、カンボクの実は赤く透けるように輝いている。
長い稜線を歩きながら足元の小さな花を数えるが、あまりに小さ過ぎて、私のカメラ技術では魅力的な写真が撮れない。
イヌタデ、ハナタデ、タニソバなど、ミズヒキ、ヤマハッカなど、そしてチヂミザサは一面に広がっている。時々黄色く光って見えるのはダイコンソウにアキノキリンソウ。足元には小さな花が多いが、笹の上に飛び出して咲いているのはトリカブト。白っぽい花を咲かせている個体が多かったが、時々濃い紫色のものもある。
花やキノコを見ながら歩いていると、笹の間にきらりと光るものが見える、昆虫だ。宝石をあまり見たことがない私が言うのも変だが、美しく光る姿はやっぱり「宝石のよう」だ。家に帰って調べたら、アカガネサルハムシという名だそう。
山頂近くなると、ミヤマママコナやハナイカリも咲いている。山頂に飛び出すと、ハンゴンソウが黄色い広がりになっている。だが、楽しみにしていたアルプスの展望はなかった。灰色の雲が頭上に被さり、北の長野市方面はほとんど覆われている。その雲が見る間に南側にも流れ、麻績方面の黄色く稔った田の広がりがあれよあれよという間に閉ざされていく。
流れの早い雲は一気に山頂を通り過ぎるのではないかと期待しながらベンチに腰を下ろす。木のベンチは午前中の太陽の光を受けてポカポカと暖かい。おにぎりを食べながら雲を眺めていたが、晴れそうにないので、下ることにしよう。森の中にもガスが流れ込んでぼんやり煙ったようになっている。
幸い雲は上空にかぶさっているだけで雨にはならない。滑らないように気をつけながらゆっくり降りる。ふとつかまった木を見ると丸いキノコのようなものが二つ並んでいる。「サルノコシカケの赤ちゃんかな」と言いながらそっとつつくと柔らかく、胞子らしいものが飛ぶ。これは粘菌かもしれないよ。ちょっと大きめの銀色に輝く玉はチチマメホコリらしい。
白樺の倒木に生えてきたツノシメジや、大きなコブのようなサンゴハリタケに目を見張り、濃い青緑の菌に覆われた倒木にびっしり生えたロクショウグサレキンに歓声をあげたりしながら峠まで来ると、下は青空だ。
なんだか悔しい気持ちがあったのか、帰り道で車は脇道へ入り姨捨駅の前で停まった。鉄ちゃんの夫曰く「せっかく近くまで来たんだから、スイッチバックの駅を見ていこう」。