暑いのと野暮用が重なったのとを言い訳にして、裏山にご無沙汰している。神奈川から来た友人が帰る日、午前中に行ってみようと出かけた。
山の上は風が吹けばかなり涼しいが、森の中の道にはポケットのような空間があるらしく、時々無風でモワ〜っと暑くなる場所が現れる。汗びっしょりになりながら、それでも自然のさまざまが愛おしく、二人であっちを見たりこっちを見たりしながら歩いた。
友人は粘菌やキノコにも興味を持っているようだが、一人で山道を歩いていてもなかなか見つけられないと言う。それは誰でも同じこと、私や夫も、繰り返し山に入り少しずつ自然に近づいてこその発見もたくさんある。しかし、回数を重ねることが全てではない。たった一回歩いてみたら、素敵な自然の姿に出会えたなんてことはよくある話だ。
自然の中にある食べられるものを見つけるのが楽しそうな友人に、まずは胡桃の木を見せてあげよう。以前に訪れたときも見たけれど、この日も胡桃の若い実が葡萄のようにぶら下がっているのを見ることができた。
少し歩いていると栗の実も転がっている。風で落とされたのだろう、まだ小さくて綺麗な緑色だ。木の上にはツノハシバミの実がツンツンとツノを伸ばしている。ツノハシバミは生食できるのだが、まだちょっと早いかな。
以前夫と見つけたチャダイゴケの話をしながら歩く。タニソバがまだ咲いていたのでしゃがみ込んで指差す。ここで見つけたんだよと言いながら花の隣を見ると、いた、チャダイゴケ。ほとんど空っぽになった茶碗が欠けたようになっているが、まだ小さくて元気なのも見つけた。「見た見た、チャダイゴケ」と、友人は嬉しそう。
さて、午後には帰りの新幹線に乗らなければいけないから、長居はできない。山頂で一息ついたら降ろうか。「去年、地附山で青い蜂を見たね」と言いながら周囲を見回す。ツマグロヒョウモンが花に止まってひらひらと羽を動かしている。小さなアブかハチかわからない虫がたくさん飛んでいる。
ワレモコウがずいぶん開いているのを見て、「これは花?それとも実?」と言う友人に小さな花の姿を指差して説明していると、目の横を青い筋が通り過ぎた。スーッと一直線に飛ぶのは、やはり・・・ルリモンハナバチだ。綺麗な青い色が見える。しばらくマツムシソウの花の上を動いていたが、また真っ直ぐ森の方へ飛んでいった。 幸せを呼ぶと言われる青い蜂、今年も会えたねと顔を見合わせながら私たちは家に向かった。
友人が帰ってから台風接近もあってか、激しい雷雨の日が続く。数日山歩きをしないと体がうずうずしてくる。「今年はまだ青い蜂に会っていない」と夫。私と友人が登った時に姿を見たが、写真は撮れなかった。まだ雨の気配は残るが幸い雨粒は落ちてこない、行ってこようか。
雷雨の凄さを物語るように、何ヶ所かに倒木が見える。雷が落ちたのか、激しい風で弱っていた木が倒れたのか。山道には落ち葉やまだ若い木の実がたくさん落ちている。
粘菌を探そうと草の中に踏み入ると、朝まで降っていた雨露がズボンをぐっしょり濡らす。雨の後は空気が洗われてスッキリと爽やかではあるのだが、物皆濡れているというおまけもついてくる。
夫が楽しみな粘菌も豪雨に流されてグズグズになっているのが多い。木の下側になっているところにかろうじて美しい姿を保っているのもある。
いつもより少し早めに山頂に到着。マツムシソウが今年は早いのか、そろそろ終わりのようだ。ワレモコウの赤と、キキョウの紫が綺麗だ。幸い雨は落ちてこない。青空が広がっているが、北の方は雲が多い。
山頂稜線を奥へ、モウセンゴケの実とウメバチソウの蕾を見てくる。蕾はまだ3ミリ程の白い球だ。
しばらく待っているが、青い蜂は来ない。名前の分からない蜂やアブ、チョウたちが飛び交っている。
リュックを置いて、あっちを見たりこっちを見たり、ベンチに座ってみたり、暖かくなるにつれ賑やかになってきた山の空気の中でうろうろする。
今日はもう諦めようと、リュックを背負う。「帰ろうか」と話したその時、目の前の花に青い光が。どこから現れたんだろう。飛んできた軌跡が全く分からなかった。ルリモンハナバチ、幸せを呼ぶと言われ、ブルービーの愛称で呼ばれる蜂。まだちょっと小さく見える青い蜂に目を凝らし、花から花へ飛んでいく姿を追いながら「今年も会えたね」「元気で大きくなって」と心の中で声援を送っていた。