猛暑の中、以前住んでいた神奈川から友人がやってきた。朝の空気は神奈川よりやや涼しいと嬉しそうだが、日中太陽が登ればやはり暑い。どこか涼しいところへ行こう。なんだか、毎度お馴染みの理由付けで動き始める。夏は仕方ないか・・・。
長野白馬道路を走っていると、アルプスの上には厚い雲が覆い被さっている。目の前の五竜、八方、それぞれ裾野のスキー場あたりは見えているが、稜線の上部は真っ白だ。それでも青空が見えているから行ってみよう。白馬岳が見えれば素敵なのに・・・と言いながら栂池高原に向かう。
長野に引っ越してから行った小さなスキー場から見た雄大な雪景色が目に焼き付いている。私たちが行ってからしばらくして廃業になったらしいが、もったいないと思ってしまう。リフトの最上部から広い豊かな雪の平原を歩くと旧八峰キレット小屋が美しい姿で立っている。さらに奥へ進むと一気に空間が開け、雄大な北アルプス北部の山々が目の前に聳えている。滑るよりも雪の原を歩きながらアルプスの大展望を堪能した。
今日は曇っていて、すぐ近くの白馬の稜線も見えないのが残念だ。雄大な白馬の山並みを友人に見せてあげたいと思うが、天気は自由にならない。
気を取り直して歩こう。アザミやサラシナショウマが大群落になっている。トリカブトの紫も彩を添えている。アザミは背が高い、タテヤマアザミだろうか。現在自然園に咲く花を写真入りで紹介したプリントを手に持って見比べながら歩いていくが、この雄大な自然の中の花々を全て掲載することはできないだろう。
セリ科の花は数種類咲いているが花がそっくりでなかなか見分けがつかない。葉の形は違うだろうかと見てみるが、う〜ん、首を捻るばかり。センキュウと名のつくものも数種類、降参です!
一緒に撮ってきた葉の写真を見比べたりして特定してみるが、次回見てすぐ分かるかどうかは疑問。まだまだ自然の世界は奥深く遠い。似たようなウドの仲間も身近に咲くが大きなシシウドの花を見上げながらこれは本当にシシウドだろうか、ミヤマシシウド、オオハナウドなどとどこが違うのだろうかと首を傾げている。
自然園の入り口あたりにも多かったチョウジギクや、オニシオガマは独特な姿でわかりやすい。山の中で知り合いに出会ったように嬉しくなる。白馬大雪渓を登った時に初めてチョウジギクを見つけ、その独特な花の姿にびっくりしたものだ。
ゆっくり歩いて広い湿原に出る。晩夏から初秋の湿原のお花畑は、地味な色合いでで静かに広がっている。ニッコウキスゲやクルマユリ、コオニユリなどの目立つ花は終わり、小さな実になって立っている。イワイチョウもほぼ終わってツンツン実を立てている。モウセンゴケの赤い葉の広がりを見ると、そこに10cmほどの茶色い柄が立っているのを見ることができる。5個ほどの小さな実をくっつけている。
今、広い湿原にはイワショウブが清楚に花開いて目を楽しませてくれる。ウメバチソウも群生し、緑の広がりの中に純白の点描が美しい。
木道を歩いているとつい足元の小さな花に目がいくが、遠くを見れば高山らしいオオシラビソの紫の球果があり、誰かがヴェールを引っ掛けたようなサルオガセが揺れていたりするのも楽しい。
あっちを見たりこっちを見たり、私たちの歩調はとにかくゆっくりだ。白馬方面に初めて来たという友人も、高層湿原の伸びやかな空気を楽しんでいる様子。色々な花を見つけては指差し、名前を確かめながら歩いていく。
やがて湿原を通り抜け、風穴のある山道に向かう。大きなキヌガサソウが花を終わって実を膨らませ始めている。輪生する大きな葉の真ん中に一個、大きな花を咲かせるとても存在感のある花姿だ。
道の両側に垂れ下がるツルニンジンに私は大喜び。別名ジイソブだ。「同じ仲間にバアソブというのもあるよ。そっちはまだあまり見たことがないからまた見たいなぁ」などと解説しながら一つ一つ花の中をのぞいて歩く。バアソブの花の中にはそばかすのような点々があるが、やはりこれはジイソブ。こんなことをしているからちっとも進まない。私たちはどんどん追い越されながら、立ったりしゃがんだりして歩く。
風穴の岩穴からは今も気温の低い風が吹くのだろうか。岩の上にはゴゼンタチバナやミツバオウレンの花びらが数個しがみつくように残っていた。他の場所ではみんな散って、実が膨らみ始めていたけれど。ここには冷たい空気が流れてほんの少し季節が遅れていたのだろうか。
再び湿原の木道歩きを楽しんでから木々の間の道を楠川に降りる。赤や群青色の木の実が目を楽しませてくれる。真っ赤なウスの形をしているのはウスノキ。2個並んで仲良しはオオヒョウタンボク、細い糸でぶら下がっているようなクロツリバナ、そして友人が「ブルーベリー」と叫んだクロウスゴなどなど。
オオカメノキ(ムシカリ)やナナカマドなどの実もすでに赤く色づいてにぎやかだ。これらの木は身近な山にもたくさん実をつけているが、まだ緑色が残る。標高の違いが目に見えるようだ。
楠川からは木の実を見ながら緩やかに登っていく。ミヤマアキノキリンソウ、オヤマリンドウなどが目を楽しませてくれる。ツルニンジンもいっぱいぶら下がっている。いっときぱらついた雨も上がり、雲が薄くなってきたようだ。 浮島湿原についた時はちょうどお昼時間になっていた。今日はおにぎりを持ってこなかったので、チーズパンや煎餅で質素な軽食お昼となった。だが、湿原の広がりを眺めながら木のベンチに座り、おしゃべりを楽しみながらの昼食は、これも又良しかな・・・だ。
休憩した後は浮島湿原をぐるりと見回して、今日はここまでと決める。
再び花を見ながらゆっくり戻る。湿原を周回できるところは来た道と違う道を歩く。「あ、ここにこの花咲いてたね」「また会いましたね」帰り道はどこか懐かしいような心持ちで花に会う。
楠川を渡り、ワタスゲ湿原を一際ゆっくり歩く。時々霧が晴れて山肌に流れる滝が遠くに見える。
入り口近いミズバショウ湿原に来ると、空が青くなってきた。帰り道ではあるが、青空は気持ちを浮き立たせてくれる。雲の間の小さな青空に元気をもらいながら自然園入り口に到着。大きな木のベンチに座ってしばしお別れタイム。この涼しい空気をたっぷり味わってから帰ろう。下界はきっと猛暑が続いている。