戸隠にレンゲショウマが咲き始めたらしい。会いに行ってこよう。連日30℃を越す暑さ、今日は夕立の予報が出ている。雷が鳴る前に久しぶりの戸隠を歩いてこよう。
近づくにつれ上空に雲が湧いているのが見えてくる。戸隠山の稜線は雲の中だ。家を出る時は青空が広がっていたが、山の中は天気が崩れ始めているらしい。
駐車場に車を停め、歩き出す。目当てのレンゲショウマはまだ蕾がたくさんぶら下がっている。優しい薄紫の花びらは丸くて控えめな感じがする。森に入って行くとハンゴンソウ、ヨツバヒヨドリ、オトコエシなどの大型の花がそろそろ終わりか。地味な花ノブキも花から実へ完璧な造形美で圧倒される。
花を眺めながら高台へ向かう。コバノフユイチゴの実が真っ赤に光っている。ズダヤクシュの実は茶色にツンツン飛び上がっているし、トチバニンジンの実は赤と黒のツートンカラーがおもちゃのようで可愛い。山はそろそろ実りの秋なのだと実感する。
出発する時は元気だった夫がなんだか調子が出ない様子。高台園地のベンチでゆっくり休む。鳥の声、ひらひら舞う蝶の姿、座ったままでも森の中は楽しめる。夫が休んでいる間に私は園地周辺をぶらぶら歩いてみる。レンゲショウマ、マルバダケブキ、コバギボウシ、クガイソウ・・・花々の彩りを眺めながら時間はいくらあっても余ることはない。
しばらく休んでから湿原に降りていく。もう咲いているかと思っていたサラシナショウマはまだ蕾だった。気の早いのがわずかに咲いている。ヒュウガセンキュウはたくさん開いてきた。メタカラコウはすでに黄色い花が終わり、黒い実になっている。のんびり歩いていると、アズマレイジンソウがたくさん見えてきた。そして、見たかったツルニンジンは・・・まだ蕾だった。
緑の湿原に広がる大きなセンキュウの白と、サラシナショウマの白、ミゾソバの花は小さいピンクの玉のようだ。ツリフネソウも、キツリフネも細い糸で吊り下げられたように揺れている。シキンカラマツの紫と黄色が、まだかろうじて森に彩りを加えている。
ベンチのあるところにザックを置いて、周辺の草むらをのぞく。今日は遠くまで歩かず、周辺の小さな花々を観察して過ごそう。いつも気をつけてあちらこちら見て歩いているつもりなのに、さっさと歩いているのだろうか。多分いつもは見過ごしてしまっている草花が目に入る。ナンバンハコベがそろそろ終わり、花弁が一枚かろうじて残っている。真ん中に緑の実が膨らんでツヤツヤしている。もっと花が残っている個体はないかとのぞき込んでいると、キラキラ光るような小さな毛玉が見える。これはタニタデの実だ。残念ながらこちらも花は終わり。
自然の移ろいをみんな見ようと恐れ多いことを望むなら、そこに住まなければならないだろう。いや、我が家の庭の変化ですら見逃すことがあるから、全てを見たいなどというのは傲慢なのだ。できるだけ近づいて、奥を覗き込んで少しずつ自然の知り合いを増やしていくしかないのだな、きっと。
花だけ見るとミゾソバそっくりなタニソバも、全体の姿はずいぶん違っている。背高になるミゾソバと地面に近いタニソバ、そして、花の根元をのぞいてみると、タニソバの腺毛は先端の赤く光った球が美しい。
しかし暑い。木陰のベンチに座って、涼をとる。冬には何度か訪れた戸隠スキー場。孫たちと訪れた時は青空だったのに、時々強烈な風が吹き荒れ、地吹雪で前が見えなくなる。一瞬止まって、また吹雪が薄くなってくると滑り出す。強い風にいつも寒い寒いと言いながら滑っていたが、真夏の森の中にいると、雪に覆われた季節が恋しい。なんと贅沢な思いだろうと苦笑いする。
とはいえ、四季折々の姿を楽しみ、その変化していく1ページ1ページに目を見張り何度も足を運べる大きな自然が身近にあることを幸せだと思うこの頃だ。
さてゆるりと腰を上げて帰ろうか。みどりが池の淵には細いイトトンボが群れ飛んでいる。青く光る大きな目玉がかわいい。交尾しようとしているのか、繋がって飛んでいるのが見える。トンボは交尾する時ハート型になるが、まだ真っ直ぐだ。草に止まってくるりと丸くなろうとすると、別の個体がやってきて体当たりする。「ほうほう、トンボの世界も三角関係ですか」などとつまらないことを言いながら見ている。「この暑さの中で熱中症にならないようにね」と呟きながら車に向かった。