息子夫婦は盆と正月の少し長い休日に長野へやってくる。
孫たちも長野の自然に触れるチャンスを楽しみにやって来るので、裏山に登ったり、戸隠や黒姫、斑尾、志賀などの高原に遊んだりすることが多い。今年は私と夫は用があって、一緒に出かけられなかったが、帰る前日だけ予定が合うので、みんなでどこかへ出かけようと話していた。しばらく晴れていたのに、台風が接近して、その日は雲が多い天気になってしまった。白馬の高原で涼しい風を楽しもうと考えていたが、山の上は雨模様らしい。
高原も好きだが、川遊びも好きな家族はヒスイ峡へ行こうかと言う。息子たちは何回か行ったらしいが、私と夫はまだ行ったことがない。
新潟県糸魚川に流れる姫川は翡翠の産地として知られている。その姫川の支流、小滝川(こたきがわ)に明星山の岸壁が落ち込んで川原になっている一帯が小滝川ヒスイ峡。昭和31年に国の天然記念物に指定されたそうだ。
白馬を回って、もし晴れていたら目的を山に変更しても良いか・・・などと言いながら走る。目の前に見える北アルプスは山裾だけ見えていて、山頂部は雲に隠れている。やっぱり高原は雨かな。
道の駅小谷で休憩、美味しい釜炊きのご飯で昼食。隣接する災害復興公園には大きな恐竜モニュメントがあった。豪雨で姫川流域に発生した土石流で大きな被害があった小谷村。その災害からの復興記念がなぜ恐竜かというと、小谷村は日本最古の恐竜の足跡が発見されたところだそう。
さらに進んで、左折すると山道をぐんぐん走る。深い森の中の曲がりくねった道は狭いが、ほとんど車がいないからどんどん進む。高浪の池を過ぎると道は下りになり、やがて下に川原が見えてくる。
駐車場に車を停めると、目の前に聳える明星山の大岩壁がほぼ垂直に聳えている。上級のロッククライマーの名所らしい。孫は岩壁を見上げながら、「ねぇ、どうやって登るの?ロープがないよ」と言う。確かに見上げてもコースがわからない。「自分でロープをつけて登るんだよ」と息子が言うが、想像ができないようだ。アスレチックが大好きな孫だが、大きな自然の姿に目を見張っている。
下に見えている清流に降りていくと、雨とも言えない霧のような雨が落ちてくる。傘は持っているが、濡れるほどではない霧の中にいるような雨。時々止んで、また思い出したように落ちる。夏の熱暑の中ではミストを浴びたような感じか。
孫ははしゃいで水の中に入る。一箇所大きな岩に堰き止められたようになっている流れの緩やかな場所があるから、そこで冷たい水に足をひたす。「ひゃ〜冷たい」と言いながら嬉しそうな孫の顔を見ていると、自分たちもその自然の恵みに浸ることができるような気がする。
広い川原は流れに洗われた丸い石が重なっている。見上げると首が痛くなるような明星山の岩壁が崩れてできたという川原。明星山の足元には巨大な岩の積み重なりがあり、冷たい水の流れが飛沫をあげている。
翡翠は緑色という思い込みがあるから、見渡しながら緑色の石を探す。だが、実際は白い石が多いのだそうだ。現在も巨大な原石がいくつも転がっているらしい。宝石の原石は磨いて初めて輝きが出るものだが、ここの翡翠は川の流れによって磨かれるため、原石のままでも美しいのだそうだ。だが、ここでの採取は禁じられている。ここから姫川を下って糸魚川の海岸に流れ着いた石は持ち帰ることができるので、ヒスイを探して海岸を散策する人も多いそうだ。
息子が孫に聞いている、「海岸で石拾いする?」。答はわかりきっている。糸魚川をまっすぐ北上して翡翠海岸に向かう。ヒスイ海岸という案内を見ながら狭い駐車場に車を停める。遠くにまっすぐ引かれた水平線が息を呑むほど美しい。波が大きく寄せていて、その白く弾ける水際を傾いてきた陽に向かって親子はゆっくり歩いていく。時々水に洗われた石を手にとり、「ヒスイかなぁ」と見せ合っている。
私と夫は暑さに閉口して積み上げられたテトラポットに腰を下ろして休んでいる。昔、真冬に親不知海岸を歩いたことを思い出す。誰も歩いていない海岸に残った雪の上に水鳥の足跡がくっきり残っていたっけ。人は誰もいなかった。暗い空は重々しく海と手を繋ぎ、今この光のシャワーを弾き飛ばしている海と同じとは思えない。
大きな波が来るたびに逃げ、走り、緑色に輝く石を拾って笑い、両手にどろんこの石ころを持って、全身で海と戯れた孫は大満足で帰りの車に乗り込んだ。
帰りは高速で一路長野へ向かった。