今年の梅雨は毎日しっかり降る梅雨だ。空気が湿っぽい日が続くのは長野では珍しい。これだけ雨が続けばキノコがたくさん出るだろう。
毎日体を動かすことで体調を整えようと、休日の月曜日、裏山へ向かった。前日にやってきた神奈川の後輩が早朝に発ったので、一日ぽっかり空いたから。
歩き始めるとすぐドクベニタケがたくさん見える。小さな円を描くように生えているのはフェアリーリングと呼ばれる現象だ。雨が続いたからか、赤い色が褪色してしまっているのが多い。もう少し早く来れば綺麗なのが見られたのにね〜と話しながら歩く。
ニオイワチチタケも顔を出している。まだ若いからか、カレーの匂いはあまりしていない。このキノコは枯れてくると周囲にカレーの匂いを漂わせる。
山道を登っていくと、道の脇の草の中にたくさん目につくのは巨大などら焼きを並べたような茶色のキノコ。これが何か、似たものが多くて正体がわからない。ニガイグチの仲間か、フウセンタケの仲間か。名前がわからないが、食べられそうにない気配は濃厚だ。
さらに、立ち腐れ状になっているのは、テングタケ。まだ顔を出したばかりのものは茶色い傘に真っ白いつぶつぶをたくさんつけていて、とても可愛らしい姿なのだが、大きく傘を開いてヘタレているのは惨めだ。道の側にたくさん倒れている。
森の奥を見ると、純白のキノコが大小さまざま、あっちにポツリ、こっちにポコポコと伸びている。デストロイヤー・エンジェルと呼ばれるドクツルタケと、タマシロオニタケ、ササクレシロオニタケなどというよく似た白く美しく、そして毒を持ったキノコたちだ。
空気が湿って、気温が上がってくると粘菌も活動が活発になるようだ。森の中に分け入って、倒木の裏などを覗き込む。半透明に輝くツノホコリや変形途中の粘菌を見つけると大喜びだ。
早朝から入ったのか、私たちが登る頃大きな袋をぶら下げて降りていく人たちが何人かいる。「キノコ採りの人かな」、「何も残っていないね、きっと」と話しながら歩いたが、数本ヤマドリタケモドキを見つけることができたので、私たちは大喜び。
一日置いて、一人で山に入る。夫には所用があって、留守番だ。キノコの成長が著しい。たった一日置いただけでも傘が大きく広がっている。その変化を見ながら山道を一回りしてくる。こんな日は小さなキノコにものんびり挨拶しながら歩くことにする。
再び二人で歩いたのは、またさらに一日置いて。食べるキノコより、見る粘菌に誘われて歩いている。しかし雨の量が多い今年はキノコが多い。巨大なキノコにカビがついて白くなったり黄色くなったりして、くにゃくにゃになっているのがたくさん見える。へたれている巨大キノコを見ながら私が「お茶碗の中におはじきを乗せたようなキノコ見てみたいね」と話すと、夫も「見たいね」と言う。
話しながらふと見るとミゾソバに似た花が咲いている。似ているけれど、どこか違う。近づいてみると、花の色が白い。そしてようやく開きかけた中に見える葯は青いようだ。これはタニソバかな。もっとよく見ようと近づく。何枚か写真を撮って、ふと周りを見ると、5ミリくらいの小さなキノコらしいものがいくつか散らばっている。「あ、これ、さっき話していたキノコじゃない」と私。「チャダイゴケっていうキノコでしょ」と喜びの声。近づいてきた夫が覗き込み、「そうだ。よく見つけたね」。近くにはまだ白い幼菌もたくさんある。私たちはしばらく見とれていた。
帰りに数本のヤマドリタケモドキを見つけて、この日も大喜びで帰り、ペペロンチーノを楽しんだ。
雨の間を縫って出かけようとすると遠出はできず、翌日は一人で歩いてくる。前日に真っ黒いキノコを見つけて、家に帰って調べたら、これは食べられるキノコとわかった。オニイグチという。「あのキノコを拾ってくるよ」と冗談を言いながら出かけた。前日に捨て置いた黒いキノコはまだ転がっていたが、さすがにこれは持って帰れない。ふと見ると隣に可愛いヤマドリタケモドキがぽっつりと顔を出している。こっちはお土産になる。
ふうふう言いながら下を向いて歩いていると、傘をすぼめたような灰色がかった白いキノコがポツリと立っている。これはヒトヨタケではないかと中を覗こうとして手が触れると、傘はパックリ割れた。やっぱり中は黒い。
途中雨がぱらついたが、傘をさすほどでもなく、粘菌の撮影をしながら一巡り。帰り道で、なんと例の黒いキノコ、オニイグチに出会った。まだ元気だ、これはお土産になる。そしてその近くにはヤマドリタケモドキも数本出ている。雨でキノコ採りの人が少なかったのかもしれない。
オニイグチは黒いが、洗って切ると、切り口が赤くなる面白いキノコだ。たった2本なので、野菜と一緒に炒めよう。ヤマドリタケモドキは後日アヒージョにしようかと、楽しみながら家に向かった。
雨の間の青空に、涼を求めて高原に出かけ、数日ぶりに地附山に出かけたのは梅雨明け後だったが、雷雨の影響か、長野の夜は肌寒いくらいとなった。雨続きの裏山のキノコや粘菌はどうなったかと、ドキドキしながら歩き始める。大きなキノコは腐れてべちょべちょになっているものが多いが、白い天使の毒キノコたちは元気だ。森の奥にニョキニョキ立っている。
数日続いた雷雨の影響で、いつもは乾いている地附山の山肌も湿っぽい。粘菌の活躍には嬉しい環境だろうか。積み重ねてある伐採木の切り口を覗き込むと、小さな小さな白い花火のようなものが見える。「これは粘菌かな」。一つ一つ綺麗に並んで軸があるから粘菌みたいだけれど、白い糸のようなものが出ているのは見たことがない。拡大して見ると、これはどうやら胞子を飛ばした後の粘菌の頭からカビが生えてきたみたいだ。不思議な世界、花火みたいで可愛いミニチュアの世界だ。
少し遅めに出かけてきたので、数人降っていく人とすれ違った後は誰にも会わない。山頂でのんびり過ごし、スキー場後で再びのんびり過ごす。この季節とも思えない涼やかな風の中で「昼寝がしたいなぁ」と夫が苦笑い。「ビニールを敷いてあげましょうか」と話していたら、カメムシがやってきて夫の顔に止まる。カメムシに好かれてもなぁ・・・と苦笑い。
重い腰を上げて再びゆるゆると歩き始める。帰り道、相変わらず倒れた木々の影や藪の中を覗きながら歩いていると、「あ、サンコタケだ」。腐り始めたような落ち葉の積もった中に鮮やかな黄色とオレンジ、「サンコタケが2個あるよ」と言いながら近寄った私は思わず「臭い」。やっぱり臭いんだ。でも地附山で出会ったことが嬉しくて、近寄って何枚も写真を撮ってしまった。