珍しく体調を崩してしまった。冷房が効いているところに一日いると何かが狂う。たまたま雨も続いたので、窓ガラスと睨めっこして日を過ごした。
ようやくわずかの晴れ間を見つけて山靴を履く。こういう時はやっぱり地附山。私の熱が下がるのと入れ違いに風邪は夫に移り、まだちょっと鼻が変、喉が変と、夫は留守番。
「体調の崩れに一番効く薬は山道を歩くこと」と思い込んでいる私は一人で山に向かう。何回か見に行ってまだ蕾だった、キササゲの花が開いたのではないかと気が気ではない。
キササゲの花は満開だった。見上げると、緑に透ける大きな葉の上にクリーム色の花が広がっている。目を凝らしていると、目の前にポトリと落ちてきた。落花だ。今落ちた花を手に取って見る。細かい模様は自然の造形とは思えないくらい密だ。しばらく眺めていた。
激しい雨や雷が去ったあとだからか、歩いている先の森でバーンと音がして大きな木の上部が落ちてきた。枯れてどこかに寄りかかっていたのだろう。7、8メートル先の森がしばらくガサガサとうるさかった。頭の上に落ちて来たら大変だ。
雨が続いたからか誰にも会わない。山頂で飯縄山を眺めてから、カキランを探しに行く。森の中にひっそり咲くカキランは近づいて見るととても華やかで美しいのに、緑の草の中に埋もれていると何故か見えにくい。ようやく見つけたカキランはまだ蕾も多い。一株咲いていた花をそっと撮影する。この季節は夏の花への移行期か、ギボウシなどの目立つ花はまだ蕾が多い。もう少し経つと賑やかになるのだろうけれど。
自然は待ったなしに変化していくので、会いたかった花も、今年見逃すと1年待たなければならない。つい気持ちが欲張りになってしまうのは、待つ時間がだんだん少なくなっていることをどこかで実感しているのかもしれない。今年はネジキの純白の花に会いそびれた。以前見つけたシソバタツナミソウはその後探しても見つからない。来年はどの花に会えるだろうか。
花は少ないが、キノコは多い。道の側に巨大になってヘタレているのもたくさんあって面白い。
さて、粘菌は・・・木の影を覗き込むといるいる。小さなポツポツが重なるように群れてびっしり立っている。夫へのお土産と、これも近づいてカメラを向ける。だが、粘菌はあまりにも小さくてなかなかきれいに撮れない。
3日経って、少し違う道を歩いてみようと、再び一人で出かけた。オオバノトンボソウが開いている。トンボというより、オタマジャクシに見えてしまうのは私だけか。粘菌のお土産写真も撮って「そろそろ粘菌が活躍してきたよ」と、家に帰って夫に話す。
今年は梅雨の雨が多いようだ。乾燥気味の長野でも毎日のように降っている。
さらに3日後、梅雨の間の雲の切れ目を見つけて、ようやく体調も戻ってきた夫とゆっくり歩く。ちょっと遠くの山も魅力的だが、体調を整えるには無理は禁物。こんな時はやっぱり地附山だ。ギボウシが咲き出した。倒木を積み重ねたところには白い粘菌がたくさん顔を出している。ツノホコリの仲間だ。一面にびっしり生えている黒い毛のような粘菌はクモノスホコリの仲間か、3日経つと、もう胞子を飛ばしてしまっている。イクラのように真っ赤なツプツプだったウツボホコリは暗紅色になり、薄茶色になって胞子を飛ばす。変化が早いので、気がつくと見逃してしまっていることも多い。
そして、キノコも大量に顔を出している。色さまざまに森の下を飾っているが、私たちが登り始めた頃、膨らんだ袋を持って降りて行った人たちが美味しいキノコをみんな採って行ったのか、食べられるキノコは見つからない。ようやく一個見つけたヤマドリタケモドキが今日の夕食のお供になるだろう。
食べられるキノコはなくても、濃い青色のヒメコンイロイッポンシメジに会えたので、私はニコニコだ。夫は初めて見る粘菌を見つけて、これまたニコニコ。これで風邪も治るかなぁと言いながら、満開のネムノキやエゾアジサイの花の中を家に向かった。