空模様があやしい。雲の間からときおり青空がのぞくが、雲の流れは早い。午前中は雨が来ないようだから、森の中を歩いてこよう。
七曲りを登って飯綱高原から戸隠に向かう。森の緑はどんどん濃くなっていく。雨の日も続いたから緑がみずみずしい。そしていつ来ても戸隠への道は雑多な広告が見えず、気持ち良い。
いつもの森林植物園の駐車場に車を停めて靴を履き替える。駐車場は半分くらい埋まっているが、県外ナンバーの車が圧倒的に多い。今日も鳥を観察に来た人が多いのだろうか。残雪の脇にはまだ水芭蕉も見える。
みどりが池の向こうにいつもは見えている戸隠山が、今日は灰色の雲に隠れている。湖面に目をやると、すごい速さで鳥が走っている。機械仕掛けのおもちゃを見るようだ。鳥は池の真ん中あたりに来ると突然水中に潜った。カイツブリだ。とても小さいので、鳥に詳しくない私は、はじめカルガモの子供かと思った。向こうの倒木の上でカルガモがのんびり羽繕いをしていたから。だが、黒と赤茶色の鳥はどうやらカルガモではないらしい。もう一度水面に出たのを見ると、カイツブリだ。
しばらく鳥の動く様を見、カエルの合唱を聞き、池のほとりに立っていたが、森の中に行ってみよう。
キラキラ光っているのはズダヤクシュ、喘息の薬になるそうだ。一面に咲いて、風に揺れている様子は波のようだ。光が揺れている。クリンソウはようやく蕾を開いてきたところか。ヒトリシズカがまだ白い花を見せている。
小さな花を見ながら森の道を登ってビオトープを歩く。いくつか散らばっている湧水の池の間を草の露に濡れながら歩く。水中に漂っていたアカガエルの卵はすでに見えない。みんなカエルになってどこかへ散って行ったのか。一面に咲いているシロバナヘビイチゴの花の中に、一つ二つ昨日までの雨を残して半透明になっているものがある。
私が小さな花を見つけるたびに、「わぁ〜」とか「きゃ〜」とか言うから、今日のように人が少ない森がいい。人がたくさんいると、喜びの声を出せないから、と言うのは冗談だけれど・・・。
クルマバソウや、ツクバネソウが目立たない花を咲かせている奥にギンリョウソウが今年はたくさん顔を出している。ちょっと前に来た時にはツルシキミが咲いていたあたりにヒメモチの花が見える。とても似ているので、間違えてしまいそうだ。
そして嬉しいことに今日はコケイランをたくさん見ることができた。下から開き始めて、上はまだ蕾、目立たずすっくと立っているのがいい。ササバギンランも咲き出している。
湿原の木道は相変わらずちょっとかしいでいるが、そんなことは知らないよと言っているように鳥の声がにぎやかだ。鳥も意味を持った声を出しているそうだが、本当に話し合っているように聞こえる。しばらく木道に佇んで鳥の声に耳を澄ます。アカゲラが何羽も飛び交いながら、時々羽を広げて何かパフォーマンスをしている。肉眼でもこんなにたくさんの鳥を見ることができるのだから、戸隠が人気なのも当然だろう。
今日は奥社の参道を横切ってささやきの小道を歩いてみようかと話していたが、随神門に近づく頃にポツリポツリと雨粒が当たってきた。傘をさして歩けないわけでもないけれど、森の中の散策に傘は似合わない。また来ようと話しながら、随神門から引き返すことにした。久しぶりに歩く奥社の参道は、雨模様にもかかわらず人が多い。道の脇のせせらぎにはラショウモンカズラの紫と、コンロンソウだろうか、純白の花が綺麗だ。葉っぱしかないように見えるウワバミソウの葉の付け根に小さな花が咲いている。目を近づけて見ても花の形がよく見えない。
鳥居から湿原の道に入り、みどりが池に戻る。降ったり止んだりしている雨はまた止んでいる。青空が少しだけ見えてきた。お天気を見てか、カルガモの親子が池の面を静かに横切っていく。小さな子供たちはお母さんの周りを先になったり後になったりしてついていくが、この子達のうち何羽が無事に親鳥になれるのだろう。微笑ましい姿を眺めながら自然の厳しさをふと思っていた。