あまりの快晴に、行き先を近所の里山から白馬山麓へ変更して、見事な雪山の風景を見に出かけた。まだ真っ白な北アルプスの雄大な峰々を眺め、福寿草の芽吹きを見、雪解け水の流れと爽やかな空気を堪能した。
お腹が空いて11時前におにぎりを食べてしまったので、一回りした時はまだ12時を過ぎたばかり。見てきた花々を話題にしながら車に向かう。そう言えばこの辺りにはザゼンソウが咲かないんだねと話す。「ザゼンソウは居谷里(いやり)湿原に行けば咲いているでしょう」と私。「寄ってみようか」と夫。
姫川源流から居谷里湿原へは大町の方に走らなければならない。長野に帰るには反対方向だ。青木湖、木崎湖のほとりを走ってから山に入っていく。「遠回りになるよ」と言うと、「それほどでもないでしょう」という夫の気分は青空効果か。
国道148号線を南下する。この辺りは分水嶺になっていて、道沿いの流れは姫川に注いで糸魚川で海に入る。 一方、青木湖から木崎湖への流れは農具川というらしいのは初めて知った。この流れは高瀬川と合流し、その後犀川となり、千曲川に流れ込んで新潟まで流れていく。こちらは大きく迂回して日本海へ注ぐことになる。
木崎湖のほとりを左折して稲尾沢沿いに少し走ると居谷里湿原の駐車場だ。狭い駐車場だが、他に車はいない。
湿原はまだ一面茶色。だが、ここには雪は残っていないようだ。歩き始めると高いところに柳の花穂が見える。明るい緑が揺れる様子は春を感じさせてくれる。
突き当たりの小高いところに居谷里神社の祠があるので、お参りしてから湿原の淵を進む。一面茶色いように見えるが、ザゼンソウの仏炎苞がポツポツと見えてくる。赤紫の仏炎苞は中にたくさんの花が集まった肉穂花序(にくすいかじょ)を包んでいる。ところがくるりと丸まって、こちらに背中を向けているのが多い。「お〜い、こっち向いてよ」などと言ったところで動くはずもなく、ゆっくり歩いていくとあった。横向き、前向き、そしてやっぱり後ろ向きの花たち。
ザゼンソウの花は発熱することで知られているけれど、花の向きについては何か意味があるのだろうか。虫が来そうな方向に開いているのかな。発熱の仕組みもまだはっきりとはわかっていないそうだが、不思議な植物だ。文献によると発熱する植物は100種類もあるそうで、びっくりだ。ただ、気温が氷点下になるようなところで発熱するのは珍しいらしい。ザゼンソウの仲間のヒメザゼンソウは発熱しないけれど、ナベクラザゼンソウは発熱するそうだから、一体何が違うのだろう。
いくつかの研究論文を読んでみたが、私にはまだはっきり理解できないので首を傾げながらこれからもザゼンソウに会いに行こうと思っている。
とにかく20度に保って発熱することで、花を温かく保ったり、臭いを拡散したりしているらしい。臭いを拡散することで昆虫を誘引して花粉を運んでもらおうというわけだ。
ザゼンソウの花って、仏炎苞の中にぽちっと立っているボンボンみたいなもの。水芭蕉の花と同じ両性花で、先に雌しべが成熟し(雌性期)、それから雄しべが成熟してくる(雄性期)仕組みらしい。そして発熱するのはこの雌性期の時で、雄性期になると終わるそうだ。
水芭蕉の花は細長くて苞に包まれていないので見やすいけれど、ザゼンソウは仏炎苞にしっかり包まれているのでよく見えない。しかも湿原の中に咲くので、歩けるところから遠くに咲いていることが多い。見えにくいが、肉穂花序の中にある一つ一つの花は、4枚の花弁で囲まれているというから、目を凝らして見る。
ザゼンソウの花を探しながら湿原のほとりを歩いていく。春先になってから雨や雪が多かったせいか水路の水量が多い。見上げると、枝が赤く染まっている木がある。ハナノキだ。まだあまり目立たないけれど、青空に赤が映える。
橋を渡って水路に沿って下ってみるが、花の芽吹きが見られないので、散策路に戻り駐車場に引き返す。
湿原の中に金網の枠が作ってあった。「野生動物食害調査中」と書いた看板がついている。この辺りにも鹿がやってきて野草を食べてしまうのだろうか。調査のための枠にしては範囲が狭いような気がするのは素人考えかもしれない。どんな結果が出るのか気になるところだ。
金網が張ってある場所を過ぎて進む。途中「居谷里一番水」を通る。水は注ぎ口からちょろちょろと流れている。森の向こうに雄大なアルプスの峰を見あげながら、車に戻った。